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アンティークコインの世界 〜分類番号とは何なのか〜


今回は古代ギリシア・ローマコインの分類番号について触れていく。この分類番号とは何なのか?という質問をよく受ける。分類番号は研究及びコレクションをするにあたっては非常に重要となるものなので、貨幣界隈に足を踏み入れるなら必ず知っておきたい。そのためにも、まずはローマ帝国で発行された二枚の銀貨について比較してもらいたい。百聞は一見にしかず。最初にいろいろ言葉で説明するよりも、まずは見てもらった方が早いだろう。


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図柄表:トラヤヌス
図柄裏:ダキア人捕虜、戦勝記念柱
発行地:ローマ
発行年:104年
銘文表:IMP TRAIANO AVG GER DAC P M TR P COS V P P(最高軍司令官、トラヤヌス、尊厳なる者、ゲルマニア征服者、ダキア征服者、最高神祇官、護民官特権保持者、執政官五回、国父)
銘文裏:S P Q R OPTIMO PRINCIPI(ローマの市民と元老院、市民の第一人者)
額面:デナリウス
材質:銀
直径:19mm
重量:3.57g
分類: RIC222, RSC537a
状態:VF


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図柄表:トラヤヌス
図柄裏:ダキア人捕虜
発行地:ローマ
発行年:104年
銘文表:IMP TRAIANO AVG GER DAC P M TR P COS V P P(最高軍司令官、トラヤヌス、尊厳なる者、ゲルマニア征服者、ダキア征服者、最高神祇官、護民官特権保持者、執政官五回、国父)
銘文裏:S P Q R OPTIMO PRINCIPI(ローマの市民と元老院、市民の第一人者)
額面:デナリウス
材質:銀
直径:19mm
重量:2.75g
分類: RIC223, RSC537c
状態:VF


比較して閲覧しやすいようキャプションを抜いて、もう一度同じ画像を並べて掲載する。まずはじっくり眺めて見てもらいたい。


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両者はローマ帝国でトラヤヌスの治世である104年に発行されたもので、ダキア遠征の成功を祝った記念貨である。トラヤヌスの肖像と悲嘆に暮れるダキア人捕虜の図柄を刻んでいる。一見すると同じものに見えるが微妙な差異があるため、実は明確に分類番号が分けられている。

裏面の図柄に注目してみると、構図に微妙な差異があることがわかる。参考までに分類番号を明記した。「RIC」とは「Roman Imperial Coinage(ローマン インペリアル コイネイジ)」という書籍名の略称である。「RSC」とは「Roman Silver Coins(ローマン シルバー コインズ)」の略で、英国の貨幣学者 David Sear(デイビット・シアー)がまとめた古代ローマの銀貨を専門に分類した書籍である。この二冊は英国を代表する最も著名なローマコインカタログだ。貨幣界隈ではこのように書籍名を先頭に記し、その後ろに分類番号を示すのが慣習となっている。このルールを知っていれば、コレクターは自身のコレクションがどの書籍で分類されているのかが一目でわかる。


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分類番号:RIC222, RSC537a


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分類番号:RIC223, RSC537c

二枚の違いがわかるだろうか。構図も同じ、印字された銘文も同じである。両者ともに戦争で敗北し、捕らえられたダキア人が描かれている。銘文も「S P Q R OPTIMO PRINCIPI(ローマの市民と元老院、市民の第一人者)」という同様のものが刻印されている。だが、「RIC222」が戦勝記念柱の右下にダキア人捕虜が座っているの対して、「RIC223」では戦勝記念柱の真下にダキア人捕虜が座っている。この差異が分類番号を明確に隔てる要素である。

Searも明確にこの二枚を異なるものとして分類しており、「537」という同一の型番を振りながらも「a」と「c」というアルファベットを振ってやはり分類している。このようにローマコインは似たように見えても実は異なり、細かく分類されている。研究とは、まずはこうした分類から全てが始まる。

ローマコインの世界は、とても奥が深い。だが、現行の書籍では、つくりが簡易なカタログのため、ほとんどコインそのものに対する解説は記されていない。とはいえ、当然だが一枚一枚のコインには発行された経緯があり、刻まれた図柄や銘文も意味がある。それを知った時、本当の面白さ、奥深さに気づくことができるはずである。

私は古代ギリシア・ローマコインの解説書の手薄さという、この現状を勿体ないと以前から強く感じていた。これだけ興味深い要素を秘めているにもかかわらず、解説が不十分なために認知度が低い傾向にある。特に日本ではその傾向が顕著で、古代ギリシア・ローマコインの解説書はほぼ皆無に近い。それゆえ、今回のテーマである「分類番号」についても、その詳細は誰も教えてくれない。私も自身で調べているうちに、その意味にようやく辿りついた。聞きたくても知っている人が誰もおらず、日本語の書籍でも紹介がなく、欧米圏の書籍をあたる他なかった。日本ではそれくらい知名度が低く、教えてくれる人がいない。結果、日本のコレクターたちは自身で欧米の書籍を調べ、分類番号の法則性に気づいていく他ない。

だが、最もネックなのが、コインカタログは英国を中心とする欧米圏の書籍がほとんどのため、必然的に英語のスキルが求められる。英語を解していないと、なかなか前に進めない。コレクターの中には英語ができない人の方が悪いとはっきり言う人もいるが、私はそうは思わない。それは、他の言語を習得することの負担を理解していない心ない発言に思える。そんなことで、せっかく興味を持った人を挫折させたくない。英語を解していないのが悪いのではない。日本語で学べる環境を整えられていないのが悪いのである。そしてそれは、誰のせいでもない。日本が文化的に遅れており、たまたま先駆者となる者が現れなかったに過ぎない。

学びたくとも、学べないというのが現実である。だからこれから、日本語によって学べる環境を築いていく必要がある。それゆえ、この状況を少しでも打開するため、微力ながら書籍及びネットを通じて古代ギリシア・ローマコインに関する内容を発信している。そして、できれば従来のコインカタログではなく、新世代のコインブックをつくりたい。カタログではなく、ブックというところが重要だ。基礎情報を載せて並べるだけのカタログでなく、一枚一枚の歴史・文化・宗教的背景を事細かく記し、発行経緯や発行者についても解説したブックがつくりたい。それが私の大きなひとつの夢である。

日本ではマイナーな古代ギリシア・ローマコインが持つ魅力を伝えたい。その底なしの面白さを紹介したい。そう強く感じた、2017年の夏。アウグストゥスの錆びついたアス銅貨を手の平に何かが始まる予感を抱いた。たとえ東の風が吹こうとも、この探究は終わらない。


Shelk 詩瑠久🦋




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