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バルセロナの出会い(フランス恋物語㊺)

Plan

6月23日。

先週スペイン・アンダルシア地方のコルドバグラナダを旅したところなのに、間を空けず、次はバルセロナに行こうとしている。

それもこれも、パリに住んでいるからできることなのだが。

バルセロナは、友人のエリカちゃんと一緒に行くことが決まっていた。

「あぁ、これで寂しい一人旅ともおさらばだ!!」

そう安心していたのに、エリカちゃんは数日前に胃腸炎を発症し、バルセロナ行きをキャンセルせざるを得なくなった・・・。


私はスペイン語が話せないし、「バルセロナは治安が良くない」と聞いたので、急遽日本語対応ができるガイドを現地で雇うことにした。

ネットで探すと、「日本語堪能、バルセロナ在住のフランス人」というガイドの経歴に目が留まる。

そのサイトは完璧な日本語で書かれており、ガイドはフランス人女性の名前だから安心だ

5月にジョゼフアランとのゴタゴタで恋に疲れた私は、「6月は恋愛はお休みしたい」と思っていた。(グラナダで出会った日本人の大学生とは一夜を共にしてしまったが)

私は迷わず、2日間のプライベートガイドを申し込むことにした。

Barcelona

出発当日の朝。

パリのシャルルドゴール空港から、一路バルセロナへ向かう。

パリ⇔バルセロナのフライトは1時間半、そして”時差なし”という、外国とは思えない近さだ。

通貨が同じユーロだから両替不要、入国・出国手続きなしという、EU圏同士の気軽な移動に感動する。

違うのは、言語ぐらい。

私は改めてヨーロッパの人々が羨ましくなった。

Yves

10時過ぎ、バルセロナ空港のゲートを出たところで、ガイドと待ち合わせの約束をしていた。

わかりやすいように、私の名前を書いたプレートを持って待っててくれるという。

ガイドの名前はイヴで、私は宗教画の「アダムとイヴ」から出てくるような妖艶な美女を想像していた。

「イヴ・・・イヴはどこだろう?」

ほどなくして、自分の名前を書いたプレートを持った人物を見付けた。

・・・しかし、そこに立っているのは男性だった。

もしかしたら、ドライバーかな?と思いながら声をかけた。

「あの、ガイドをお願いしているパリから来たレイコです。」

その男性は紳士的に、そして極めて日本的に礼儀正しく挨拶をした。

「レイコさん、初めまして。イヴです。よろしくお願いいたします。」

イヴはまさかの男性だった。


空港からバルセロナ市内へは、イヴの運転する車で移動することになった。

イヴって名前、私はずっと女性だと思いこんでました。半年間フランスに住んでいたのに全然知らなくて・・・。フランス語圏だと、男性名になるんですか?」

そうです。英語だと”Eve”、フランスだと”Yves”という綴りになります。『アダムとイヴ』のイメージで、日本人のお客様は、会うまでは私のことを女性だと思っている方が多いです。」

そう言って、イヴは笑った。

「今回、『サグラダファミリアなど、ガウディを中心としたバルセロナのモデルニスモ建築を巡りたい』という要望を受けました。こちらでコースを組んでおきましたが、それでいいですか?

「はい、もちろんです。よろしくお願いします。」

後部座席に座った私は、バックミラーに映るイヴの顔をチラチラ見ていた。

自己紹介で年齢は32歳と言っていて、私より少し年上だ。

典型的なフランス人顔の彼は、もっと濃い顔をしているスペイン人男性の中では目立ってわかりやすい。

語学は、フランス語と日本語の他にも、スペイン語、英語、イタリア語も話せると言っていた。

語学が苦手な私には、すごいとしか言いようがないスキルだ。

日本語が完璧なのはもちろんのこと、日本で働いていた経験もあって、非常に礼儀正しく、対・日本人の接客態度も心得ているようだった。

会ってすぐに、「バルセロナの日差しは強いです。白人は瞳の色素が薄く紫外線のダメージを受けやすいので、サングラスをかけてもいいですか?」と、わざわざ私に許可を求めてきた。(もちろん私は快諾した)

そこまで丁寧な彼の態度に感心し、「この人なら安心してガイドを任せられそうだ」と思った。

Sagrada Família

初めに、予約してあるサグラダファミリア近くのホテルに寄ってもらい、そこで荷物を預けた。

ホテルを出て一番に向かうのは、やっぱり気になるサグラダ・ファミリアだ。 

ずっと憧れていたサグラダ・ファミリアが視界に入った時、私は感嘆の声をあげた。

サグラダファミリアの周りをゆっくり歩きながら、イヴから外観についての詳しい説明を受ける。

でも、「中の見学は明日朝一番の9時が空いていてお薦めです。チケットも予約して取ってあります。」と言うので、明日の楽しみに取っておくことにした。

Casa Batlló

サグラダ・ファミリア前を出発すると、イヴは、”カサ・ミラ”と”カサ・バトリョ”へ私を連れて行った。

【Casa Milà】(カサ・ミラ)
ガウディが54歳の時の設計で、バルセロナのグラシア通り(Passeig de Gràcia)にある建築物である。
1906年から1910年にかけて実業家のペレ・ミラとその妻ルゼー・セギモンの邸宅として建設された。
1984年にユネスコの世界遺産に登録された。
カサ・ミラは直線部分をまったくもたない建造物になっていて、壮麗で非常に印象的な建物である。
【Casa Batlló】(カサ・バトリョ)
  1877年建設。
バルセロナ、アシャンプラのグラシア通り43番地に位置する。
大繊維業者ジュゼップ・バッリョ・イ・カザノバスの依頼を受け、1904年から1906年にかけて、ガウディはこの邸宅の改築を行った。
この改築でガウディは、建物に5階と地下室を加え、玄関広間を広げ、階段や内壁を作り直し、各部屋に曲線的なデザインを持ち込んで、タイルやステンドグラスの装飾を施した。

どちらも素晴らしい建物だったが、特にカサ・バトリョは、水を想起させる色彩が綺麗で印象的だった。
  
建物全体に香水のような匂いがして、ずっとここにいたいと思わせる空間だ。

イヴの話によると、カサ・バトリョの正面の壁面はモネの睡蓮をイメージしたという。

「本当ですか? 私、先月ジヴェルニーに行ったところですよ。」

私が興奮気味に話すと、イヴも少し驚いたようだ。

「そうなんですね。私もジヴェルニーに行ったことがあります。素敵な所ですよね。」

その共通点に、私は不思議な縁を感じた。

Almuerzo

ランチは、イヴお薦めのスペインレストランに連れて行ってもらった。

お任せのシーフードコース料理はどれも美味しく、魚介類好きにはたまらない。 

前菜はパスタのパエリア、メインはアンコウの串焼きが出て、名物のデザートという”クレマ・カタラーナ”は、クレーム・ブリュレのようだった。

先週行ったアンダルシア地方も魚介が美味しかったけど、バルセロナの料理はより洗練されている気がする。


私は食事をしながら、バルセロナに来た感想をイヴに語った。

「先週、コルドバとグラナダに行ったのですが、うだるような暑さのアンダルシア地方とは違って、バルセロナは風が爽やかでちょうどいい気候ですね。

開放的な都会の雰囲気も好きだし、直感で『ここなら、住んでもいい』って思えるくらい、私はバルセロナを気に入りました。

私がバルセロナを絶賛したことに、イヴは嬉しかったようだ。

「私と一緒ですね。

私はフランス人でパリ出身だけど、バルセロナの温暖な気候と街の雰囲気が好きで、ここでガイドを始めました。

レイコさんにバルセロナを気に入ってもらえてとても嬉しいです。」

私たちは微笑み合って、意見の一致を喜んだ。

Cripta de la Colònia Güell

食事を終えると、イヴお薦めの「ガウディが手がけた、コロニア・グエル教会堂」を見に、バルセロナ郊外へ車で向かった。

【Cripta de la Colònia Güell】(コロニア・グエル教会)
1898年、ガウディは工業団地内の教会堂の建設を依頼されたが、計画案作成に10年も要し、着工は1908年であった。
それから6年後の1914年、ガウディはサクラダ・ファミリア聖堂に専念するため、建設から退き助手たちに任せた。
1915年、半地階部が落成し、教会堂として利用された。
それから仮設の屋根などがつけられたが、1916年に建設は完全に中断した。1955年から教区教会堂となった。
現在も上層は未完成である。

 「この教会は地下の礼拝堂が出来た段階で、資金難のため工事は中断され未完に終わってしまったんです。

でも、この建築の構想がサグラダファミリアの設計に生かされているので、一見の価値はあります」

運転しながら、イヴが詳しく説明をしてくれる。

彼の説明を聞きながら、「本当に完璧な日本語だなぁ」と私は感心していた。


 コロニア・グエル教会堂に実際入ってみると、ガウディがこの教会を作るにあたり、随所で自然をモチーフにしているのがよくわかった。
  
この教会はガイドブックにも載っていなかったので、ここの存在を教えてくれたイヴに感謝した。

Parc Güell

私たちは再びバルセロナに戻ると、グエル公園へ着いた。

【Parc Güell】(グエル公園)
ガウディの夢が作り上げた分譲住宅で、グエル伯爵とガウディが1900年から1914年にかけて建造。
60軒が建設予定だったが、2人のいきすぎた奇抜なデザインや自然の中で生活する価値観は人々に理解されず、売れたのは2軒のみで買い手はガウディとグエル伯爵の2人だけだった。
グエル伯爵没後は工事が中止され、市の公園として寄付された。
現在はバルセロナの人気観光スポットになっている。
1984年に世界遺産に登録。  

グエル公園に着いたのは、夜8時頃。

日が長い夏のヨーロッパは夕暮れ時で、丘の上から眺めるバルセロナの街並みはとてもロマンチックだった。

この頃になると、私は今日一日一緒に行動しているイヴに対して、好意を持っていることを自覚し始めていた。

今まで出会ったどのフランス人よりも紳士的で、物腰も柔らかい。

日本語も完璧で一緒にいると安心するし、居心地の良さを感じる。

・・・そんな人と一緒に、今私は美しいバルセロナの街並みを眺めている。

「この気持ちを悟られないように、二人きりの時間をこっそり楽しもう」

私は心の中で、そう自分に言い聞かせた。

Cena

グエル公園の散策が終わると、サグラダ・ファミリア近くのバスク料理店でディナーを食べることになった。
  
バルのようにおつまみ感覚で小皿を少しづつ食べる形態で、私はここでも好物の魚介類ばかり食べていた。

イヴは近くの事務所に車を置いてきていたので、私たちはワインで乾杯し、何杯かのお酒も楽しんだ。

食事をしながら、「もう少し、イヴと親密になれないかな?」と少し期待を持ったが、彼はあくまでも”ガイドと客”という関係を崩そうとしない。

・・・さすが日本仕込みのマナーを心得ているだけのことはあるな。

私は自分のバカな期待を取り下げることにした。

HOGUERAS DE SAN JUAN

食事を終えると、ライトアップを見にサグラダ・ファミリアへ向かった。
  
光に照らし出されたサグラダ・ファミリアは遠くからでもよく見えて、昼とはまた違う表情をしていた。


サグラダファミリアに近付くにつれ、世界遺産の間近で爆竹を鳴らし騒いでいる人々の姿が見え、私は驚いた。

「あれは何ですか?」

隣にいるイヴに尋ねると、彼は丁寧に説明をしてくれた。

「明日6月24日がサン・ジョアンの祭りなのですが、バルセロナでは今日の前夜祭がメインなのです。

こうやって爆竹やロケット花火を点けたり、家具や木材を燃やして焚き火をしてお祝いするのです。」

「そうなんだ・・・。全然知らなかった。」

サグラダ・ファミリアの前でも、臨時のステージやテーブルセットが置かれ、地元民は飲めや歌えやの大騒ぎだ。

そして、鳴りやまない爆竹の音・・・。

異様な光景に危険を感じた私は、イヴにピッタリ寄り添って歩くようになっていた。

状況を察したイヴも、私と距離を取ろうとはしない。


・・・ふと、私の足元にロケット花火が飛んでくるのが見えた。

イヴは私を守ろうと、とっさに私の肩を抱き寄せた。

幸い、私の体にロケット花火が当たることはなかった。

しかし、それによって、私の恋心に火が点いてしまったようだ・・・。

Beso

抱き合うような形になってしまった私たちは、数秒間見つめ合った。

花火に照らされたイヴの顔はとても美しい。

昼間はサングラスで見えなかった琥珀色の瞳に、思わず吸い込まれそうだ。

瞳をずっと見つめていると、イヴの顔が近付いて、私の唇にキスをした。

「あれ・・・バルセロナ旅行は、色恋ナシで過ごすんじゃなかったっけ!?」

一瞬そんな思いが頭をよぎったが、イヴのキスがそれを掻き消した。

ライトアップされたサグラダ・ファミリアと花火に照らされながら、私たちは長いキスをした・・・。


「ホテルに送りますね。」

キスの後、イヴは私の肩を抱いて予約しているホテルの方向に歩き出した。

えぇ!!!!!!!!!!

これはただのお見送りなのか、それとも部屋でキスの続きがあるのか、一体どっちなんだ!?

あまりの急展開に、私の頭は混乱した。

Hotel

ホテルのロビーに着くと、イヴは私から身を離して言った。

「さっきは失礼いたしました。では、明日8時30分にここに集合でお願いします。」

茫然と立ちすくむ私を残し、彼は帰って行った。

・・・さっきのキスは、一体何だったんだ!?


その夜、イヴへの想いと、キスの余韻が残ってなかなか眠れなかった。

明日もイヴと一緒にバルセロナを観光するというのに、一体どういう態度で接したらいいんだろう。


翌日、イヴは驚きの行動を取るのだが、その時の私は知る由もなかった・・・。


ーフランス恋物語㊻に続くー


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