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トゥールからパリへ(フランス恋物語㉑)

Le 1er avril

4月1日。

遂にトゥールを発ってパリに行く日が来た。

トゥール最後の夜もラファエルのアパルトマンに泊まり、翌朝大学に行く彼と一緒に家を出て、一旦ホームスティ先に戻った。

ホームスティの家では自分の部屋でゆっくりと荷造りをしながら、出発の時間まで待たせてもらうことにした。

1月から3ケ月間過ごした、ホームスティの部屋。

ここで色々悩んだりしたなぁ、もうここで寝ることはないのか・・・と思うと、ちょっと感慨深くなった。


トゥール駅までは、ムッシュウが車で送ってくれることになっている。

出発の時間になると、ここでお別れとなるマダムに、思い付く限りの感謝の言葉を述べ、最後の挨拶をした。

「ラファエルと仲良くね。」

マダムは最後までラファエルがお気に入りのようだった。


ムッシュウの運転する車で駅に着くと、私たちは車を降りた。

重い荷物を降ろしてくれたムッシュウにお礼を言い、最後にお別れの挨拶とビズをして別れた。

1月1日に迎えに来てくれた時は握手だったのが、今回はビズに変わっていた。

少しはフランス生活が板に付いてきたかな・・・。

天使の抱擁

私が取った電車のチケットは、午後12時17分発。 

その10分くらい前には、ラファエルが授業を抜け出して駅まで見送りに来てくれる約束になっていた。

今日は大学の課外授業で”Palais de justice”(裁判所)の傍聴見学があるのに、それを休んでまで来ると言う。

見送りは嬉しかったけど、本来真面目な学生である彼にそこまでさせるのはすごく申し訳なく思った。


改札前でしばらく待っていると、走ってくるラファエルの姿が見えた。

「こんな美しい男の子が駅に見送りに来てくれるなんて、ドラマみたいだな・・・。」

他人事のように感動している自分がいる。

ラファエルが目の前に来ると、私は満面の笑みでこう言った。 

「Merci de m’avoir accompagnée. Je suis tres heurese!」
(見送りに来てくれてありがとう。私はとても幸せ!)

私たちは強く抱き合い、時間を惜しむようにたくさんのキスをした。

心の中で、「彼と会うのはこれで最後かもしれない」と思いながら・・・。

パリのアパルトマン

トゥールからTGVに乗って約1時間、パリのモンパルナス駅に到着した。

私は今日から生活するパリの地に降り立った。

パリは去年の大晦日入国した後、ホテルで一泊して以来だ。

鉛色の空と人がいなくて閑散としていたあの時の景色を思えば、今日のパリはまるで別世界だ。

春の陽光を浴びたパリの街はまぶしくて、そこかしこに花も咲き乱れ、まさに”華の都”という言葉がピッタリの街だった。


私は恐る恐るメトロに乗り、引っ越し先のアパルトマンの最寄駅に向かう。

そのアパルトマンは、パリ20区の中でも比較的治安が良いと言われているマレ地区にあり、駅から徒歩1分の場所だと聞いていた。

一人暮らしの女性の身としては大変ありがたい立地だ。

今日からお世話になるアパルトマンは、大家さんがフランス人、奥様が日本人という日仏カップルで、同じ建物内に自身の部屋と賃貸用の部屋を持っているという。

賃貸の部屋は、日本人女性優先で部屋を貸していると聞いた。

奥様とは事前に何度かメールでやりとりしていて、建物に着いたらロビーで待ち合わせをするという約束をしていた。


着いてみると、その建物は「いかにもパリのアパルトマン」という、歴史が感じられるオシャレなものだった。

「ここが私がパリで住む、新しいアパルトマンか・・・。」

少し緊張しながらインターホンを鳴らすと奥様の声がして、オートロックの施錠が開かれた。

入ってすぐの所には管理人室があるのも見えて、便利そうだ。

ロビーで待っていると、いかにも”パリ在住マダム”という感じのお上品な奥様が迎えに来てくれた。

「こんにちは。これからよろしくお願いします。」

「よろしくね。わからないことがあったら何でも聞いてね。」

久しぶりに母親世代の日本人女性に会えたことに、私はすごく安心感を覚えた。


奥様の案内で、これから自分がが暮らす部屋を見せてもらう。

この建物でまず驚いたのが、エレベーターが手動で扉を開け閉めする旧式の物だったことだ。

「びっくりしたでしょ!?このエレベーター、昔からずっと変わらないの。」

手際よくエレベーターの扉を閉めながら奥様が微笑む。

「映画に出てきそうですね。趣があって素敵です。」

私は素直な感想を述べた。

奥様の案内で、最上階である7階の廊下を進む。

私の部屋はラッキーなことに、一番奥の角部屋だった。

しかも、窓からは遠くにエッフェル塔が見えて「いかにもパリに住んでいる」という気分になれる。

家具付きで生活に必要な物はほぼ揃っているし、バスルームにバスタブがないこと以外は満足いく間取りだった。

予想以上に素敵な部屋を用意してもらえて、私は何度も奥様にお礼を言った。

「また、うちにも遊びにいらしてね。」と奥様はおっしゃった。

素敵な大家さんのおうちにご縁があって、本当に良かったと思った。


トゥールでの3ケ月間ホストファミリーと暮らしていて、不便に思うことも多かったので、これからは自分のリズムで生活し、自炊で好きな物を食べられることがとても嬉しかった。

特に日本食に飢えていたので、パリなら日本食の食材を売っているスーパーや日本料理屋がたくさんあるのも嬉しい。

いい部屋にも巡り合えたし、パリの新生活には期待しかなった。

・・・今日の朝までトゥールで暮らしていた自分が、すごく不思議に思えた。

天使からの電話

その日は疲れていたのと荷解きがしたくて、夕方パン屋に行った以外は部屋から出なかった。

夜、ベッドに寝そべって本を読んでいると、ラファエルから電話があった。

「Allo,Reiko. Ça va?」

ラファエルとはいつもショートメッセージで話していたので、電話で会話するのはこれが初めてだ。

電話で話すのは表情もジェスチャーも見えないから、外国語で話すのはハードルが高い。

私は電話でもフランス語で会話が成り立つのか不安だった。

でも、ラファエルは私のフランス語が聴き取りにくくても根気強く何度も聴き直してくれたり、自分の知っている日本語の単語を出してくれたりして、なんとか会話することができた。

その愛情がありがたい半分、多分そんなに続かないだろうなぁと冷めた見方をしている自分もいて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

とにかく成り行きに任せるしかない・・・。

続く時は続くし、ダメ時はダメだし、先のことは考えずににいよう。

そう自分に言い聞かせた。

憧れの人

ラファエルと電話を切って携帯を見ると、あるフランス人男性からメッセージが入っていることに気付く。

・・・それは、私が東京に住んでいる時メールでやりとりをしていたメル友で、当時憧れの気持ちを持っていたヴィクトルからだった。

ヴィクトルからのメッセージには、こう書かれてあった。

「4月3日なら会えるよ。」

2日後、私は憧れの人と会うことになるのである。


ーフランス恋物語㉒に続くー

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