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憧れの人、ヴィクトル(フランス恋物語㉒)

Victor

パリ生活開始初日の夜。

4月3日なら会えるよ。

ヴィクトルから、シンプルなメッセージが私の携帯に届いていた。

「明後日・・・遂に憧れのヴィクトルに会える!!」

私はすぐに返事をして、明後日の夜にヴィクトルとカフェで待ち合わせる約束をした。

ヴィクトルは別格的存在のフランス人男性だ。

私が日本にいた時、ヴィクトルの存在は渡仏のモチベーションをかなり上げてくれた。

さっきまで電話していたラファエルには申し訳ないけれど、私は憧れの人に会える楽しみで、寂しい気持ちはどこかに吹き飛んでしまっていた。

一目惚れ

私はベッドに潜り、長い間忘れていたヴィクトルとの甘く切ない記憶を思い出していた・・・。

それは、まだ私が東京に住んでいた2年前のこと。

ヴィクトルを初めて見かけたのは、咲紀ちゃんの結婚式のアルバムだった。

咲紀ちゃんはフランス人の夫・ジャンと挙式し、その写真にはジャンの友人であるフランス人がたくさん写っていた。

その中に一人、モデルのような美しいフランス人男性に私の目は釘付けになった。

「咲紀ちゃん、この人誰!? めっちゃカッコ良くない!?」

ちょうどこの頃の私は前の夫と離婚した直後で、「男尊女卑な日本人男性はこりごり」「フランスに行ってレディファーストなフランス人と恋をしたい」と思っていた。

「この人はジャンの友達のヴィクトルで、わざわざパリからお祝いに来てくれたの。カッコイイから結婚式でも目立ってたよ。確か、ゲーム友達って言ってたかな。」

ゲーム友達・・・それなら、もしかしたら日本に興味がある人なのかもしれない。

私はヴィクトルに何とかお近づきになりたくて、咲紀ちゃんにお願いしてみた。

「ヴィクトルとメル友になれないかな?ダメ元でジャンに聞いてみてくれない?」

一目見ただけで、私は美しい彼に恋してしまったのである。

メル友の恋

数日後、咲紀ちゃんから嬉しい報告があった。

「メル友の件、ジャン経由で聞いてみたら、ヴィクトルが”Avec Plasir”て言ってらしいよ。良かったね!!」

フランス語と言えばボンジュールやメルシーぐらいしか知らなかった私が、”Avec Plasir”が「喜んで」という意味だということをここで覚えた。

最初の一歩を踏み出せたことに舞い上がったことは、いうまでもない。

その時の私はまだフランス語学習を始める前だったので、ヴィクトルとは英語でメールのやりとりが始まった。

しかし私は英語も大の苦手。

こんなのでメールの会話ができるのだろうか!?

憧れの人とのメールを続けたい一心で、翻訳サイトを駆使し、私は苦手な英語と苦戦苦闘した。


実際始めてみると、言葉は不十分ながらも、ヴィクトルとのメールのやりとりは楽しいものだった。

ファイナルファンタジーが好きというのは予想通りだったが、「アルザスの実家に帰ったら乗馬をする。」という記述に王子様のような姿が思い浮かび、あまりにカッコ良すぎるその光景に私の憧れはますます募った。

ヴィクトルに「あなたの写真が欲しい」とリクエストしたら、彼は快く送ってくれた。

なんと、彼は本業のITの仕事の他にも、モデルのバイトもやっているらしい。

「モデルみたい!」と思った私の直感は、あながち外れていなかったのである。

ヴィクトルは、そのモデルの仕事で撮影したと思われる写真もたくさん送ってきてくれた。

写真の彼は、まるで若かりし頃のアラン・ドロンを彷彿とさせる。

その美しさとカッコよさに私は歓喜し、ますます彼に夢中になっていった。

ジーンズのポスターのような上半身裸のものもあり、その鍛え上げられた肉体はまさに彫刻のようで、思わず溜息が漏れた。

いつの間にか、寝る前にヴィクトルの写真を眺め、夢に彼が出てくるのを願うまでになっていた。


私たちがメールを始めて1ケ月経った頃、ヴィクトルは「次のヴァカンスに、男友達と日本に遊びに行く予定だよ。」と言ってきた。

「ヴィクトル様が、日本にやってくる・・・!?」

てっきり自分がパリに行かない限り会えないと思っていたので、彼が来日するというニュースは福音だった。

チャンスとばかりに「東京を案内したいから、是非会いましょう。」と申し出たら、「いいね。」と嬉しい返事が返ってきた。

とうとう憧れのヴィクトル様に会える。

これはもう本格的にフランス語を勉強するしかない。

・・・「離婚したら渡仏してフランス人の彼氏を作る」という夢を持っていた私だが、ヴィクトルとの出会いはその夢を本格的な目標に変えた

遂に、フランス語会話スクールの門を叩いたのである。


ヴィクトルに「フランス語の勉強を始めた」と言ったら喜んでくれ、しばらくして私たちのメールは英語からフランス語に変わった。

憧れの人と交わすフランス語のやりとりは、学習意欲を上げてくれる。

勉強につまずいた時も、「フランス語がペラペラになった自分がパリに住み、ヴィクトルとラブラブで付き合っている図」を想像するだけで、大きなモチベーションになった。

「あんなモデルのような人と付き合えるのなら、苦手な語学も頑張れる!!」

・・・我ながら、恋の力は凄いと思った。

失恋

しかし、頭がお花畑だった私にも、悲しい失恋の時が訪れる。

ある日、いつものようにヴィクトルに写真をせがんだら、彼は今までとは全く違うニュアンスの写真を送ってきた。

それは全身ヌードで、まるでゲイ雑誌に出てくるような雰囲気の写真だった。

しかも、メールにはその撮影の様子が詳細に書かれている。

「僕の友人(男)のカメラマンが、どうしてもと言うから、裸の写真のモデルになったんだ。初めは恥ずかしくてイヤだったんだけど、撮ってみたら意外と楽しかったよ。」

「友達・友人」をフランス語で書くと、"un ami"(男性名詞)、"une amie"(女性名詞)と男女の見分けが付くので、そのカメラマンは男性というのがわかる。

密室で楽しそうに写真を撮る男性カメラマンと、被写体の美しい男性モデル・・・。

なぜか、その写真とエピソードをかけ合わせると、仲良く睦み合うゲイカップルの風景が頭に浮かんだ。

もしかして、ヴィクトルはゲイじゃないの!?

美しすぎる人ってゲイが多いって言うし・・・。

そんな疑惑が、私の頭から離れなくなってしまったのである。


あくまで”メル友”の立ち位置を逸脱しないよう、私はヴィクトルに彼女がいるかどうか聞かなかった。

でも、今まで彼女の話題は全く出てこなかったので、なんとなくフリーなのではないかと解釈していた。

1枚の写真からヴィクトルのゲイ疑惑を持ってしまった私は、「もしかして、一緒に来日する友人というのはゲイの彼氏なのではないか!?」とまで思うようになっていた。

気になって仕方がないので、ヴィクトル来日が1ケ月前に迫った頃、私は思い切って聞いてみた。

失礼な質問をすることを許してください。
もしかして、あなたはゲイですか? あの全裸の写真を見て、そう思ってしまいました。

今思えばめちゃくちゃ不躾な質問だが、その時は一刻も早くその疑惑を晴らしたかった。

すると、今まで3日後ぐらいには来ていたヴィクトルからの返事が来ない。

私は「とんでもないことを聞いてしまった」と、自らの過ちを激しく後悔した。

失礼なことを言って本当にごめんなさい。
その質問には答えなくていいので、またメールください。今まで通りメル友でいてもらえますか?

謝罪のメールを送ると、2週間ほど経ってヴィクトルから返事が来た。

君からのメールを見てすごく驚いたよ。
でも、もう僕は怒ってないよ。

ひとまず許してはもらえたが、ゲイ疑惑については肯定も否定もしないので、私はよけいモヤモヤしたのであった・・・。


その後気まずくなったのと、自分に東京の彼氏ができたことで、いつしかヴィクトルとのメールは途絶えた。

こうして、私のメル友への恋は終わったのである。

そして、パリ。

そんな気まずい感じでメル友関係がフェイドアウトしてしまった私とヴィクトルだが、咲紀ちゃんの夫・ジャンの計らいでお互いの近況は何となく耳に入っていた

私の渡仏が決まった時に、ジャンはヴィクトルに「レイコがワーキングホリデービザが取れて、フランスに1年間住むらしいよ。」と伝えたら、「いいね。」と言っていた・・・という情報を、渡仏前に咲紀ちゃんから聞いた。

「もう、あの時の憧れとか恋愛感情はないけど、私にとっては恩人のような人だし、せっかくパリに行くんだから、会えるものなら会ってみたい。」

そんな気持ちから、私はトゥールに住んでいる時、思いきってヴィクトルに久しぶりのメールを送ってみた。

ご無沙汰しています。
ワーキングホリデービザでフランスに住んでいます。
今はトゥールに住んでいますが、4月にパリに引っ越します。
パリに行ったら会ってくれませんか?

・・・その返事が、「4月3日なら会えるよ。」だったのである。

果たして、そのヴィクトルとの初対面はどんなものになるのか!?

それは、想像を遥かに超える驚くべきものだった・・・。


ーフランス恋物語㉓に続くー

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