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離婚を決めた新婚旅行(フランス恋物語①)

プロローグ

28歳の時、夫との離婚が成立した。

恋する自由を手に入れた私は、”あの目的”を果たすため、再びフランスを目指した。

後悔だらけの新婚生活

新婚時代に話を戻そう。

遠距離恋愛を経て結婚した私たち夫婦。

夫32歳、私は26歳だった。

田舎の封建的な家庭で育った私は、男尊女卑の思想を振りかざす父親が大嫌いで、東京に住む彼の都会的で洗練された雰囲気が好きだった。

しかし、籍を入れた途端夫の態度は豹変し、男というだけで威張りちらす横暴な性格を露わにした。

「嫁に入ったんだから、うちのルールに従ってもらう」

私が最も嫌悪する言葉を、平気で口にするような男だった。


同居後しばらくして、「この結婚は間違いだ」ということに私は気付いた。

別れたがった私と、結婚生活に執着し続ける夫。

離婚を切り出してみても、話は平行線のままだった。

憂鬱な新婚旅行

そんな宙ぶらりんな気持ちのまま、私たち夫婦は夏のフランスへ新婚旅行に出かけた。

10日間のフランス旅行は夫のたっての願いで、パリモン・サン・ミッシェル観光後、南仏のニースモナコを回るというルートを取った。

初めての海外旅行ではしゃぐ夫の横で、「これが友達とだったら楽しかったのに」と、私は美しい街並みを悲しい気持ちで眺めていた。


パリ観光の2日目、私たちはルーブル美術館で絵画や彫刻を観た後、チュイルリー公園のベンチで休憩していた。

緑や花々を陽光が照らし、その風景はさっき見た絵画のようにとても美しい・・・。

行き交う人々を眺めていると誰もが幸せそうに見えて、「もしかしたら、この中で一番憂鬱な気持ちでいるのは、自分なのかもしれない」と思った。


そんな時・・・あるフランス人の家族連れの姿が目に飛び込んできた。

赤ちゃんを抱っこする優しそうな夫と、ちょっと気の強そうな美しい妻。

その頃の日本では”父親が赤ちゃんを抱っこする姿”をあまり見かけなかったのですごく新鮮に映って、私はそこにいる妻をとても羨ましく思った。


・・・すると、私にある決意が芽生えた。

「私は絶対夫と離婚する。」

「独身になったらフランスに行って、フランス人男性と恋をする!!」

やり残した夢

きっかけは中学生時代に遡る。

私は「ターミネーター2」のエドワード・ファーロングに一目惚れし夢中になった。

好奇心旺盛な私は海外にも住んでみたかったし、高校や大学で欧米へ留学し、エドワード・ファーロングのようなボーイフレンドとデートすることを夢想した。

しかし、「海外なんてとんでもない」という厳格な親の思想により、その夢は無残にも打ち砕かれた。

「この家にいる限り、海外に住んだり外国の人と付き合うことは無理なのか・・・。」

少女は、夢見ることを諦めてしまった。


大人になった私は、それなりに恋をした。

しかし、私が生まれ育った街では外国人と出会う機会がないので、付き合う相手は日本人男性に限られてくる。

そして今の夫と出会い、エドワード・ファーロング似のボーイフレンドの未練を残したまま、私は結婚してしまったのである。


私は少女の頃の夢を思い出し、胸が熱くなるのを抑えられなかった。

もう親元からは離れているし、離婚さえできれば、私は自由の身だ。

そうしたら、一度諦めたあの夢を叶えることができるのではないか?

私は20代でまだ若い。

一度の失敗で、自分の人生を棒に振りたくない。

何が何でも離婚して、またこの地に戻ってくるんだ。

・・・途方もない野望に、私は思わず身震いした。

福音

旅の終わりに、こんな出来事があった。

ニースの街では夜にイベントが行われ、私たちはメインストリートで大道芸人たちのショーを見ながら歩いていた。

沿道でたくさんの芸人たちが思い思いの芸を見せる中、全身を金色に塗りスーツを着たパフォーマーを見て、夫は歩みを止めた。

「玲子、あの人にチップを渡してきて。」

私は夫からコインを受け取り、恐る恐るその男に近づく。

足元の小皿にコインを入れると、男はロボットのようなパフォーマンスを一通り見せて、最後に握手を求めてきた。

手を差しのべると・・・男は私の唇にキスをした。

私は得体の知れない男にキスをされたことより、それを見た夫に叱られることを恐れた。

どう弁解しようかと夫の元へ戻ると、彼はこう言った。

「楽しかったね。そろそろホテルに戻ろうか。」

彼は妻の不手際を見逃していた。

この思いがけないハプニングは私にとって、「もしかしたらこの人と離婚できるかもしれない」という福音に思えた。

再出発

あの旅行から1年半後、私の粘り強い説得に根負けし、夫は離婚を受け入れてくれた。

それは、”フランス留学モード”に切り替った瞬間だ。

気が付けば、私は28歳になっていた。


独身に戻り一人暮らしを始めると、昼はOLで留学資金を貯め、夜はフランス語スクールでレッスンを受けるという毎日になった。

フランス留学に詳しい友人から「ワーキングホリデービザを取れば、1年間フランスに住めるし、仕事をすることもできる」という情報を聞き、ビザ応募条件の30歳になる2年以内に取るよう、具体的な目標を設定した。

その頃に恋人は出来たが、事情を説明して「フランスに行く時は別れてほしい」と都合のいいお願いをした。

まだ大学生だった彼は私の離婚歴に引いていたこともあり、そんなワガママを受け入れてくれた。

元夫は別れた後も私に執着し続け、「郵便物が家に届いた」という口実で突然家に来たりして、私を困らせた。

「この人との接点を絶つためにも、やはり私はフランスに行かなければ」と、強く思わずにはいられなかった。


満を持して、ワーキングホリデービザの申請書類をフランス大使館に提出した。

応募してから2週間後…。

高い倍率を潜り抜け、私は審査通過の連絡を受けた。

ワーキングホリデービザのルールで今年中に渡仏しなければならなかったので、大晦日にパリに着く飛行機のチケットを取った。

最後まで優しい恋人は「空港まで見送ってあげるよ。」と言ってくれたが、その申し出を断り、私は一人勇ましい気持ちで日本を飛び発った。


あの憂鬱な新婚旅行から3年後。

早いもので、20代も終わりを迎えようとしていた。

大晦日の夜シャルル・ド・ゴール空港に着くと、覚えたてのフランス語で税関の職員と会話をし、あの頃の自分とは違うんだなぁと実感した。

空港で乗ったロワシーバスは、私をオペラ・ガルニエ前まで運んでくれる。

バスが到着すると、私は一つ大きな深呼吸をして、パリの地をしっかりと踏みしめた。

3年ぶりに見るオペラ・ガルニエは、なぜか前とは全く違う景色に見えた。


ここから、日本では体験したことのないような、ロマンチックで刺激的な恋愛の日々が始まるのである・・・。


ーフランス恋物語②に続くー

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