見出し画像

若者が恋に悩むのはいつの時代も同じ 若きウェルテルの悩み

ナポレオンが繰り返し読んだゲーテの本、と聞いて、難しい本なのだろうと勝手に決めつけていたのだが、全くそんなことはなかった。最近、古典と呼ばれるものを積極的に読むようになったのだが、古典と呼ばれるものこそ現代を生きる人間に強いメッセージをくれるのだと改めて思った。

若きウェルテルの悩み ゲーテ

ナポレオンが繰り返し読んだ、若者の恋物語

ヨーロッパ中でベストセラーとなり、出版当時主人公ウェルテルを真似て自殺者が急増したと言われている、「若きウェルテルの悩み」。思春期にこれを読んでいたら自殺まではいかないにしても、ウェルテルと自分を重ねて恋の苦しみについて今の何倍も悩み苦しんだかも知れない。眩しいまでの青春、そして苦悩。若者が恋に悩むのはいつの時代も同じなのだろう。

ナポレオンがエジプト遠征の際にこの本を持っていったという逸話がある。ナポレオンはゲーテの大ファンで、彼に対面した際に「ここに人あり」と言った、というのは有名な話である。

恋をすると世界が輝いて見える

ウェルテルはロッテに出会ったワールハイムの豊かな自然の中で感性が解放され、自分の恋心が育っていくさまを敏感に感じながら、生きる意味を見出したのだろう。恋をすると世界が輝いて見える、とよく言うが、実際ウェルテルが自然を称えるシーンは何度もある。ロッテという心を通わせることのできる美しい女性に出会い、人生で感じたことのない幸福と喜びををウェルテルは享受したのだろう。

世界が、文字通り輝いているのだ。人間の力では到底立ち向かうことのできない雄大さ、瑞々しい生命の芽吹き、太陽と月と地球が規則正しく軌道を描いて奇跡のような朝と静かで優しい夜を繰り返すことへの感謝。愛しい女性が暮らす土地であるというだけで、ウェルテルにとってワールハイムは賞賛すべき場所なのだろう。これでもか!と自然の美しさを書き連ねた書簡を友人ウィルヘルムに送っている。書簡小説という形をとっているので、ウェルテルがそれを書く姿もロッテと言葉を交わすシーンも彼自身がウィルヘルムに宛てた手紙の中でしか語られないのだが、語られない時間にもロッテを崇拝し、陶酔しきっているのがわかる。彼女に婚約者がいることは分かってはいても、その気持ちを抑えることはできない。側から見たら異常なまでに舞い上がっているのではないか?と心配になる程だ。

しかし、若者の恋とはそういうものなのだよなぁと自身を振り返っても思うのだ。目が合ったとか話をしたとか、そんな些細な出来事一つを1週間のお守りにできるほど、恋に感情を振り回される。それが青春なのだ。勿論そうではない若者がいることも重々承知しているが、一時的に「何か」に全てを支配されやすい時期であることは事実だろう。

悲劇の先に

この作品を読み自殺してしまう者が増加したことによって、この本が「精神的インフルエンザの病原体」を呼ばれるようになってしまった、というのは悲しいことである。叶わぬ恋をした若者たちがウェルテルに自己投影してしまう気持ちはわからないでもない。事実、自殺しようとまで思い悩んだ恋を題材にゲーテが書いた書物なのだから。

婚約者のいるロッテのことを一度は諦めて公務へ戻るウェルテルだが、やはりロッテへの愛しさが止まずワールハイムに戻ってきてしまう。そこにはすでに結婚したロッテとその夫アルベルトがおり、昔のような親しい距離感では彼女に接することができなくなっている。第一部が天国だとすれば第二部は地獄への転落のようだが、この物語を書くことでゲーテ自身が気持ちの整理をつけたのだとすると、非常に納得がいく展開ではある。

ウェルテル自身の性格からなのか、それとも単に人間関係の問題か、冒頭から彼は厭世的ではあるのだが、第二部で起こる事件によってそれは決定的となる。さらにロッテとの関係も絶望的になり、心通い合わせることのできる唯一の女性のことを思いながらもウェルテルは自殺してしまう。

この世の全ての、叶わぬ恋を引き受けて

衝撃的だったのは、彼が自殺しようとしていることを分かった上で、ロッテが拳銃をお使いの少年に渡していること。そして、死ぬ直前に書いた手紙にすら、美しいワールハイムの夜空の描写が描かれていたことである。ウェルテルはロッテへ手紙を残しているが、思いの丈と自殺の決意を綴るのは彼女にとってあまりにも残酷ではないのか。この点についてはウェルテルの世界を一度俯瞰して、ゲーテの立場に立って考えてみるべきなのかも知れない。ゲーテ自身がこの恋を美しい思い出としてどこかに閉じ込めておきたかったのであれば、こうするしかなかったのではないか。実際、この小説を書き上げたことによってゲーテ自身が失恋自殺の危機から脱出できた、という見方があるくらいである。そしてそれは作者の都合だけではなく、全ての叶わぬ恋をする若者たちの感情を封じるための一つの手段だったのかも知れない。

この世の全ての叶わぬ恋を引き受けて、ウェルテルは自殺したのだ。読了後、私は本を閉じながらそう思った。

上手くいくことばかりではない。本を閉じ、現実世界を見れば時が流れている。生きてる限り新しい一日がやってくるのだ。




この記事が参加している募集

読書感想文

励みになります。