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2020年6月の記事一覧

上昇気流

上昇気流

入梅 (つゆいり) 前のからっと晴れた日に T シャツを干すことくらい気持ちの良いことって他にあるかな?

入梅前の晴れた金曜日、僕は君が会社に行くのを見送ってから、部屋の窓とカーテンを全開にして、洗濯機に洗濯物を放り込んだ。 氷がたっぷり入ったサーバーにコーヒーを落としながら、頭の中で仕事の準備をする。ちりちりと氷が解けていく音がする。夏もすぐそこだ。

公園の上を通り抜け

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最高の夏のランチ、あるいは、カリフォルニア・ガール

最高の夏のランチ、あるいは、カリフォルニア・ガール

その年の僕の夏は、デイヴ・リー・ロスの歌う「カリフォルニア・ガール」で始まった。

僕は、単位を 2 つだけ残して留年していて、週に 1 回大学に行けばいいだけ、という暮らしを半年していた。仕送りを止められていたので、なるべくお金を使わないように、授業やアルバイトのない日は、あまり出歩かないようにしていた。

僕が下宿していたアパートはとても家賃が安いのにしっかりした 2 階建ての鉄筋のアパートで

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象との夏。―  あるいは、スウィート・ホーム・アラバマ

象との夏。―  あるいは、スウィート・ホーム・アラバマ

「ビールが美味い季節になってきたね」 と僕が言った。

「まぁ、僕の故郷では年中こんな感じさ」 と象は教えてくれた。

「夏が来ると、故郷が恋しくなったりしないかい?」

「年中、恋しいさ。でも、ここでこうやっているのも悪くはないよ。
暑い夏が来てビールを飲んだら、どこにいても君は僕のことを思い出してくれるだろう?
もし僕が忘れられて箪笥の隙間に落っこちて埃だらけになっていても、きっと君は僕を思い

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夜道の街灯と、君が教えてくれたこと

夜道の街灯と、君が教えてくれたこと

  ・・・

僕たちはあまり外食をしないほうだったけど、秋の夜には地酒を出す居酒屋にも行ったりした。

居酒屋の帰りはいつも、少し涼しくなった風に当たりながら、人がいなくなった古い商店街をテクテク歩いた。

まばらにある蛍光灯式の古い街灯は随分頼りなさげだったけど、僕は君とこの夜道を歩くのが好きだった。コインランドリーの大きなガラス戸の光でさえ、とても優しく涼やかに感じた。

電信柱にかかっている

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図書館に行くことについて

図書館に行くことについて

図書館、っていい響きですよね。静かで整然としていて。

いろんなことがすべてルールに則っています。
すべてのものは名札と番号が付けられ、きちんと整理されて、棚にしまわれます。『日本造船年鑑 補遺版』 から 『お父さんの英会話』 まで分け隔てなく。

そこには感情に左右されたりすることはひとつもありません。穏やかに、静かに、時間も整然と過ぎてゆきます。

図書館のように生きて、図書館のように老いて、

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ビスケットを食べる、ということ

ビスケットを食べる、ということ

彼がやってきたのは、たしか、和田阪神の最後のシーズンの秋だったように思う。(いや、彼女、か?何しろビスケットなので、僕には性別が分からないのだ。面倒を避けるために、便宜的にここでは男性としておこう。)
 
とにかく、だ、
彼は突然やってきた。

「やぁ、久しぶり。近くを通りかかったら、懐かしくなってね。」

と言い、

「君と僕の仲だから、ちょっと上がらせてもらうよ」

といきなり部屋に上がろうと

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諦める事は諦めない事より難しい

諦める事は諦めない事より難しい

「諦めないこと」が素晴らしいように言われることが多いけど、諦める方が余程難しいと思うんですよ。

よく「オレ、簡単に諦めちゃうんだよね」なんていう人がいるけど、それは「諦めてる」んじゃなくて、単に「努力するのを止めた」だけだったりする。努力するのは止めたけど、心のどこかでは「たなぼたで手に入らないかなぁ」なんて思ってる。それって、諦めてない。

「諦める」っていうのはそんな生半可なことじゃなくてね

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Isolation、夏の入り口の屋上にて。

Isolation、夏の入り口の屋上にて。

あれは、僕が大学に入りたてで、まだ「学生寮」に入っていた頃のことだ。
田舎の大学だったけど学生寮はさらに田舎にあった。
夜のアルバイト上がり、終バスまでに乗って帰るというプランはほぼ絶望的で、夜遅くに人のいない田舎道をとぼとぼ歩いて帰るのが日課になるようなところだった。
当時、寮にはエアコンがなく、夏になると暑すぎる部屋を出て屋上で風に当たっていたのだけど、周りは山と田んぼばかりだったのでそれでな

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