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受験と就活と

咲きたい場所で

学校の先生になりたいという思いは、小学生の頃からずっと持っていたけれど、それを明確な目標にしてきたわけではなかった。中学校や高校の担任から「あなたが教師になるのはもったいない」と言われたこともあったし、将来のことは、大学生の間に考えればいいと思っていた。そうこうしているうちに、気づけば大学3年の冬を迎え、自分は結局、地元で教師になるという覚悟を決めつつある。

民間企業に就職するという選択肢は、いつの間にか頭の片隅に追いやられてしまった。そもそも〈利益をあげる〉という作業に、貪欲に取り組める気がしない。塾でアルバイトをしていても、社員が営業成績について話しているのを聞くと、うんざりしてしまう。大企業に就職するために、今の大学に入ったつもりもない。綺麗事に聞こえるかもしれないけれど、やっぱり自分を突き動かすのは、誰かの役に立ちたいという純粋な気持ちだ。

大学の同級生は、民間企業への就活をする中で、もがいたり悩んだりしている。それを傍目に、地元に戻って公務員を目指すというのは〈逃げ〉だと思うこともあった。でも、自分が咲きたい場所で、花を咲かせればいい。東京で学んだことを地元に持って帰って、子どもたちに伝えたいし、少しはそういう教師がいないと、地方と都会の差は埋まらない。今は、そんな真面目なことを考えている。

今しかできないこと

大学受験に失敗した時、高校の同級生が遠い存在になっていく感覚を味わった。友達は、LINEのステータスメッセージを🌸の絵文字にして合格を匂わせたり、SNSでは髪を染めたことを報告したりしていて、自分の手の届かない場所にいるみたいだった。それだけでなく、コロナのない大学生活を経験できていることへの羨ましさもあった。彼らと自分が違う立場にいるということを受け入れるのには、少し時間がかかった。

そんな高校の同級生の多くは今、すでに就活を終えている。妬みや羨望みたいな感情は、もう湧いてこない。むしろ、数年前まで同じ教室にいたみんなが、どんな社会人になるのか、少し楽しみでもある。彼らの最近のSNSの投稿からは、残り少ない大学生活を謳歌してやろうという気概が伝わってくる。「大学は人生の夏休み」と言われるくらいだ。大学生でいられるうちに、今しかできないことをやっておこう気持ちは、もちろん理解できる。

どこまでが就活か

斜に構えている自覚はあるけれど、「就活を始めたのはいつ頃ですか」という質問に、違和感を抱いてしまう。自己分析や業界研究を始めたとか、インターンに参加するようになった時期を答させるのが、その質問の意図だろう。でも「キャリア教育」という言葉があるように、小さい頃、自分の将来について考えたりしたことも、広義で言えば就活だったと思う。今の自分をつくっているのは、他でもなく、過去の自分だ。

生徒は物じゃない 人間だ
俺たちが導いてやらなきゃならない
脆くて未完成な人間なんだよ
3歩先しか見えていない彼らに
長いレールを敷いてやる
未来を信じて 行く先を案じて
どの道を進めば
それが彼らにとっての最善なのかを考える
寄り添って 寄り添って
一緒に答えを探す
それが教師の務めだろ

柊一颯/3年A組

教師を志す自分にとって、教員免許を取るための授業を受けたり、教員採用試験の対策をしたりすることだけが、就活ではないと思う。残念ながら、子どもを傷つけるような教師や保育士がいるのも事実だけれど、誰かを教育するという立場に、生半可な気持ちで身を置くわけにはいかない。子どもたちにとっての道標となるために、やらなければいけないことは山ほど思いつく。実際に経験を積みながら身につけていくことも多いだろうけれど、〈今しかできないこと〉だってある。

大学で勉強できるのも、今のうちだ。教育学部ではなく、文学部で教師を目指しているということは、自分の強みだと思いたい。教育以外の学問分野にも首を突っ込んでいくことで、自分の引き出しを増やせている気がする。そして何より、自分の言葉を磨くことができている。教師の何気ない一言が、良くも悪くも子どもたちの心に残り続けることは、往々にしてある。だからこそ、言葉にはこだわっていきたいし、こうやってnoteを書く時間も大切にしたい。

まだ生まれていない子どもたちを相手にするような日も、いつか必ずやってくる。だから、今の時代のことをしっかり見つめて、彼らに伝えていかなければいけない。それも、〈先〉に〈生〉まれた教師の役割だ。W杯の光景を目に焼き付けることさえも、大事なことだと思う。そう考えると、日常のあらゆる瞬間が、就活になり得るような気がしてきた。たまにはそのくらい柔軟な考えを持ちながら、自分のペースで頑張っていきたい。

上を見ながら

カロリーメイトの受験生応援CMが公開されるのを、毎年楽しみにしている。今年は、スマートフォンの視点から、受験生の様子を見つめるという設定だ。CMを見て、いろいろなことを思い出した。合格者一覧に自分の受験番号が見当たらず、何かの間違いだと思って更新ボタンを押し続けた時も、合格の2文字を見てガッツポーズをした時も、そういえば、スマートフォンを握りしめていた。

来年の夏には、教員採用試験が待ち構えている。教育大学や教育学部の学生の方が、試験には強いだろうなあと、弱気になったりもしてしまう。そして、大学入試で1度失敗して以来、試験というものに対するトラウマも、やっぱりある。でもあの時のように、悔しい思いは絶対にしたくないし、あの時のように、家族や周りの人を悲しませたくない。ちゃんと上を見ながら、今度こそ乗り越えていきたい。

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受験の時のことを思い出しながら、今の気持ちを正直に吐き出してみた。かなり大口も叩いたけれど、こんなことを言っておきながら、1年足らずで教師をやめるかもしれないし、教員採用試験に合格できるかも分からないし、明日なったら気が変わっている可能性だってある。その時は、このnoteを引き合いに出して、笑ってくれればいい。どんな道を進んでいくかは、まだ分からないけれど、とりあえず自分の現在地点を、ここに記しておく。

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