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地元志向が強くなった今、東京にいる意味を問い直す

東京での生活を始めて、1年ちょっとが経つ。上京した日、新居の窓から見えた夕焼けは、今でも忘れられない。あの時は、目に見えるもの全てが、眩しく輝いていた。

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地元にいた頃は、自分がどこで生まれて、どこで育ったのかなんて気にすることはなかった。「自分は大分出身だ」と強く意識するようになったのは、上京してからのことだ。東京は地方出身者の集まりと言われるけれど、結局のところ、都会育ちの人が多数派を占めている。「マイノリティ」側の立場に置かれたからこそ、自らのアイデンティティを問われることになったのだ。

そういう環境の中にいるからか、地元を大切に思う気持ちはますます強くなっていると思う。大学の授業で、学期の初めに自己紹介を求められることがよくあるが、その時には堂々と、大分出身であることを宣言する。フットサルのサークルでは、必ず大分トリニータのユニフォームを着てプレーする。方言もまだまだ抜けていない。この前は塾の生徒に「スマホなおして!」と言ったら、ポカンとした顔をされた(「なおす」は方言で「片付ける」の意)。

そして最近は「地元に戻って働きたい」とまで思うようになった。「じゃあ、なんで東京に来たの?」と、自分にツッコミたくなる。もともと、明確な将来のビジョンは持っていなかった。でも、自分の意志で東京の大学を目指し、進学することを決めたのだから、東京という場所に対する憧れは多少なりともあったんだと思う。その憧れは、まぼろしか何かだったのかもしれない。

 「きっと、誰の心にもあるんだよ、上京してきた人の心にはね。上京でなくてもいい。東京に観光に来たことがある人でも、テレビや雑誌でなんとなく見てるだけの人も、みんないつの間にか東京のイメージを刻み込まれてて、現実とは少し違うその場所に、ずっと変わらず憧れ続けてるんだよ。それが、東京。まぼろしの東京」

あのこは貴族/時岡美紀

東京で、たくさんの人に出会った。中学校や高校で成績が良かったこととか、生徒会長をしていたことは、自分の誇れる部分だと思っていたけれど、そんな人はいくらでもいた。自分は「田舎のいち学校」という狭いコミュニティの中で天狗になっていただけで、実はたいしたことないんだと思い知らされた。

「地元に戻りたい」と思うようになったのは、これから先ずっと、東京で頑張っていけるという自信がなくなってしまったからかもしれない。地元に帰って、昔のようにちやほやされたいという不純な思いも、心のどこかにあるような気がする。そうやって、またぬるま湯につかろうとするのは「逃げ」だと思うし、地元もそんなに甘い世界じゃないことは分かっている。戻るのならせめて「東京で学んだことを生かして、地元に貢献したい、恩返ししたい」と、心の底から思えるようにしたい。

少なくとも、大学を卒業するまでのあと1年半は、東京で過ごす。いずれ地元に戻るとしても、東京に出てきたという選択は間違っていなかったと、いつか思えればいい。不確かでも、自分の選んだ道は繋がっていたんだと思えればいい。不安になることも多いけれど、とりあえず東京でしかできないことを、頑張ってみようと思う。「大丈夫僕は。うまくやれているよ」と自分に言い聞かせながら。

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