佐々木さとる⇄斑山羊

時々、佐々木さとるは詩を書いたり、斑山 羊は短歌を詠んだり、斑山羊は俳句をひねったりし…

佐々木さとる⇄斑山羊

時々、佐々木さとるは詩を書いたり、斑山 羊は短歌を詠んだり、斑山羊は俳句をひねったりします。 生来ぼんやりとしているせいか、書くのもnoteにupするのもうまくコントロールできなくて不定期になってしまいます。

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[詩]おくりもの

「あれはいかん、人でなくなる」 インパールを生き延びた祖父が云った。半世紀が経って、その言葉が呑み込めた。

[詩] ぬらぬら

それまで先代に会ったことはなかった。使うひとの書き癖を見て万年筆のペン先を整えてくれる名人。父の書き癖は強く、長く使い込まれたペン先には父がそのまま映り込んでい…

池の鯉をひねもす眺むる如月 三首

春立ちぬ  湧き水いまだ朝に冷え   ゐねむるごとく鯉ゆらめけり 図書館の  池に親子の錦鯉   泳ぎかはして日影に映ゆる とりどりの  錦のまゝにねぐらへと   鯉…

旧Twitterに公開した俳句 十句 (2019年:4/15)

違和感で引き返せない春の日日 花つぼむ粗忽にひらく色もよし イエメンの子ら逃水にうづくまる ぐにぐにと変な気持ちの虻孵る 春の日や屋根の上には虎一尾 入学を待ち…

[詩] 遠い目

〈春は暑い〉と祖父はよく言った。躑躅色の広がる庭から戻ってくると、汗だくになった日本手拭いの頰被りを取りながら、離れの縁に腰をおろした。汗がながれる。書斎人では…

製鉄マンM先輩への挽歌

鋼鉄を作りて国を栄えさせ       人もりたてしリーダー逝きぬ 住友の本流を生き       住友の人間として身罷られけり 本流の真ん真ん中を歩まれき     …

[詩] 君を見送る

石が好き、と言ったな 秀才の君が そう口にしたせいで もう諦めるほかはなかろう、と 皆んなでがっかりしたのを 知らないだろう ゆく手につづく 曲がりくねった長い道、い…

[詩] すごいもの

下りながら 着くかも知れない底のことを 気にかけながら 慎重に足をはこぶ 上りながら どこかで途切れてはいないかと 気をもみながら 両足に力がはいる 歩みをすすめれば…

新聞に掲載された短歌と俳句(2020年)

【新聞歌壇】 酒とゐて人と語らふ時間には     思ひもよらぬ地平を得しに 平成の向こうの昭和の映像は     ことなる国の歴史のごとし 息を吸ひ   鼻腔をとほ…

[詩] 消える

この駅を出るともう店がないからもう少し買い足しておこう、と言ってJ氏は売店に寄る。板チョコはエネルギー補給にも使えるし、包み紙の銀紙があとで役に立つからな、ほら…

新聞に掲載された短歌と俳句(2019年)

【新聞歌壇】 空つぽの   まつ白なままの時にゐて     ぽかんと過ごす子どもが消えた 新年の   パブに集へばにぎはひて     いつもの肴にいつものエール 公…

[詩] 筆と石鹸

大きな赤い屋根のうちに先生は住んでいた。一階の扉が大きく開くアトリエで、古代ギリシャ人みたいな髪と髭をしていつもひとり絵を描いていた。 〈見たままに描くんだ〉と…

[詩] 声

テレビを突然消したものだから茶の間は混乱した。今夜、皆で歌番組を見ていると、爺の左手が急に電源を切ったのだ。姉や母や婆が〈いいところなのに〉と口々に小声を尖らせ…

[詩]名前

お彼岸には一族が集まることになっている。と、言っても集まるのはせいぜい十余人。立ち居が不自由になってきた伯父伯母は年を追うごとに減って、とうとう一人になってしま…

2023年「短歌研究」誌上に掲載された歌、十八首

出張の明けて迎ふる週末の          博多の朝はゆるうはじまる 菅公の宮は常世にさきはへば          参りて檜皮たてまつりけり 立冬の宵を過ぐれば武…

[詩]息子の太い腕

まだ日も落ち切らない夕方。 いつものパブの薄暗い店内にはもう一人二人の客がいた。機嫌などと言うものはとうに忘れてしまった店主が、パイント・グラスに視線をむけて〈…

[詩]おくりもの

[詩]おくりもの

「あれはいかん、人でなくなる」
インパールを生き延びた祖父が云った。半世紀が経って、その言葉が呑み込めた。

[詩] ぬらぬら

[詩] ぬらぬら

それまで先代に会ったことはなかった。使うひとの書き癖を見て万年筆のペン先を整えてくれる名人。父の書き癖は強く、長く使い込まれたペン先には父がそのまま映り込んでいる。名人はそれを見るなり〈なるほど〉と小声で言い、さっき店の入口で私に書かせた名前や住所の文字に、ちらりと目を遣った。
〈ニブ・ポイントは、金ペンの先に付けられている硬い合金の玉っころでね。そいつを削ったり磨いたりして、使う人の書き癖に合わ

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池の鯉をひねもす眺むる如月 三首

池の鯉をひねもす眺むる如月 三首

春立ちぬ
 湧き水いまだ朝に冷え
  ゐねむるごとく鯉ゆらめけり

図書館の
 池に親子の錦鯉
  泳ぎかはして日影に映ゆる

とりどりの
 錦のまゝにねぐらへと
  鯉は往にけり春の夕ぐれ

旧Twitterに公開した俳句 十句 (2019年:4/15)

旧Twitterに公開した俳句 十句 (2019年:4/15)

違和感で引き返せない春の日日

花つぼむ粗忽にひらく色もよし

イエメンの子ら逃水にうづくまる

ぐにぐにと変な気持ちの虻孵る

春の日や屋根の上には虎一尾

入学を待ちつつそんなに眠るのか

キャンパスを不慣れにありく新入生

隣人と殺し合うこの星の春

逃れても逃れても鬼、春の果

しづかなるチャーチにひとり聖週間

[詩] 遠い目

[詩] 遠い目

〈春は暑い〉と祖父はよく言った。躑躅色の広がる庭から戻ってくると、汗だくになった日本手拭いの頰被りを取りながら、離れの縁に腰をおろした。汗がながれる。書斎人ではない老人の弛んだ首筋は、よく日に焼けている。
庭仕事をねぎらって祖母がお茶を運んでくる。もっと冷えたのはないのか、などと爺が言うものだから押し問答になる。それも毎年のこと。茶碗を片してしまうと水屋から、そろそろお相撲がはじまりますよ、と声が

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製鉄マンM先輩への挽歌

製鉄マンM先輩への挽歌

鋼鉄を作りて国を栄えさせ
      人もりたてしリーダー逝きぬ

住友の本流を生き
      住友の人間として身罷られけり

本流の真ん真ん中を歩まれき
       技術堂々M先輩はや

(2018年)

[詩] 君を見送る

[詩] 君を見送る

石が好き、と言ったな
秀才の君が
そう口にしたせいで
もう諦めるほかはなかろう、と
皆んなでがっかりしたのを
知らないだろう

ゆく手につづく
曲がりくねった長い道、いや
途切れてしまう細い道、いや
高みへとつづく一筋の道を登れ
火口を探り、海溝へ挑んで求めよ
未知の石を手に入れよ

君が聞くのは
惑星の出自の物語
抱きしめようとした幼なじみを
黴の湿地に置き去りにしたまま……

峠への急な坂をお

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[詩] すごいもの

[詩] すごいもの

下りながら
着くかも知れない底のことを
気にかけながら
慎重に足をはこぶ

上りながら
どこかで途切れてはいないかと
気をもみながら
両足に力がはいる

歩みをすすめれば
どんなに低いところへでも
ずっと高く遠い頂にさえ
たどり着ける

地核に向く重力ベクトルを
踏み板で細分すれば
外の見てみたい光景へと
自力で近づいてゆける

魂の残り香と
寂しみの重さを
忘れてしまわないように、また
階段の手

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新聞に掲載された短歌と俳句(2020年)

新聞に掲載された短歌と俳句(2020年)

【新聞歌壇】

酒とゐて人と語らふ時間には
    思ひもよらぬ地平を得しに

平成の向こうの昭和の映像は
    ことなる国の歴史のごとし

息を吸ひ
  鼻腔をとほる音にきく
    身体のこゑと心のこゑと

今帰仁(なきじん)の
  古酒(くーす)とアグー豚しゃぶを
    島の塩(まーす)で夕陽といただく

詠みてなほ
  納まりきらぬ緒ののびて
    仕舞ひかたをばもとめさまよふ

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[詩] 消える

[詩] 消える

この駅を出るともう店がないからもう少し買い足しておこう、と言ってJ氏は売店に寄る。板チョコはエネルギー補給にも使えるし、包み紙の銀紙があとで役に立つからな、ほら五枚買えたぞ、と満足そうに品を受け取る。すぐに山の方へと歩き始める。向こうの橋の袂から沢を登るんだ、と指でさしつつ先を急ぐので慌ててついて行った。

J氏は近所に住んでいる。親子ほど年が離れているものの子どものいないせいか、いろいろなことを

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新聞に掲載された短歌と俳句(2019年)

新聞に掲載された短歌と俳句(2019年)

【新聞歌壇】

空つぽの
  まつ白なままの時にゐて
    ぽかんと過ごす子どもが消えた

新年の
  パブに集へばにぎはひて
    いつもの肴にいつものエール

公園の
  ベンチでごろりとする
    前に揃えて靴を脱ぐ行儀の子

しじみ飯
  朝から二膳しじみ汁
    これもおかわり宍道湖の幸

学食で
  天井見ながら一人メシ
    心は実験室に残して

しづかなる
  山の木立ち

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[詩] 筆と石鹸

[詩] 筆と石鹸

大きな赤い屋根のうちに先生は住んでいた。一階の扉が大きく開くアトリエで、古代ギリシャ人みたいな髪と髭をしていつもひとり絵を描いていた。

〈見たままに描くんだ〉と、教えた。なめらかに筆を動かして艶のある色を塗った。太めの筆の少し上をつまむように握ってパレットで色をつくると、筆の先から色彩がひとりでに流れでてゆく。〈目に入るけしきに空白はないだろう。だからどの色も大切にしてキャンバスを埋めてゆくんだ

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[詩] 声

[詩] 声

テレビを突然消したものだから茶の間は混乱した。今夜、皆で歌番組を見ていると、爺の左手が急に電源を切ったのだ。姉や母や婆が〈いいところなのに〉と口々に小声を尖らせる。何が我慢できなかったのか、爺はもう土間に降りようとしている。〈点けてもいい?〉と中学生の姉。もう少し待ちなさい、と父。〈戦争から戻ってかれこれ三十年にはなるのにねえ〉蜜柑を取ろうとしていつも通りに婆が尻をあげる。女の声高い歌謡曲がつっと

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[詩]名前

[詩]名前

お彼岸には一族が集まることになっている。と、言っても集まるのはせいぜい十余人。立ち居が不自由になってきた伯父伯母は年を追うごとに減って、とうとう一人になってしまった母は車椅子で参加する。齢百と言われればそうとも見える老人もいる。幾人かの若い人は、どこの誰かもう判らない。
菩提寺の奥に墓所がある。並んでいる墓石には、苔生したのも雨風に徹底的に丸められたのもある。殆んどの世話は寺男に任せているのだが、

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2023年「短歌研究」誌上に掲載された歌、十八首

2023年「短歌研究」誌上に掲載された歌、十八首

出張の明けて迎ふる週末の
         博多の朝はゆるうはじまる

菅公の宮は常世にさきはへば
         参りて檜皮たてまつりけり

立冬の宵を過ぐれば武蔵野の
         月かげ冴えて窓のまばゆき

月だにも予告の通り蝕まれ
         神なき此岸の夜はふかまる

月蝕てふ事件起こりし天空に
         冬日のぼりて晴れわたる朝

川魚はすがたのままに皿に並み
  

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[詩]息子の太い腕

[詩]息子の太い腕

まだ日も落ち切らない夕方。
いつものパブの薄暗い店内にはもう一人二人の客がいた。機嫌などと言うものはとうに忘れてしまった店主が、パイント・グラスに視線をむけて〈いつものですね〉と一言も発せず訊いてきた。
大した仕事のある身の上でもないが、その日のことなどを思いだしながら、晩飯前にここへ寄って一人エールをぐずぐずやるのが習いなのだ。
娘は去年遠くへ嫁いだのよ、と女房だったのがこの前言って寄越した。そ

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