act:25-水神様の祟りと御宿の謎のおばさん【前編】
今日オレの家に、不思議なおばさんがやってきた。隣町の御宿に住む人で、加持祈祷はもちろん、いろんな占いができる人だということだ。
小柄で物静かな和装のそのおばさんは、うちに着くなり「あぁ、」とひとこと漏らしたのをオレは聞き逃さなかった。
実はここのところ我が家は不運続きだ、この数年で目がまったくみえなくなったバァチャンが、縁側で1年前に足を滑らせてそのまま寝たきりになり、ますます元気がなくなり妖気を発するようになってきて、挙句の果てに母さんに「あぁ~マリコさん(母の名)、アタシぁ~もうすぐ頭の上で鐘がなりますよ(※1)、もう私の世話しなくて済みますよぉ、よかったですねぇ~」などと、まるで呪いの言葉みたいな縁起でもない憎まれ口をしょっちゅう垂れ流すようになるし‥、
さらに我が佐奈田家の親戚一同を盛大にまきこんだ伯母一家の大離婚騒動が勃発するし‥、
さらにさらに母さんの鴨川の実家のジイちゃんが中気(※2)で倒れ、先ごろ意識がなくなったかと思うとそのまま死んじゃったりするし‥。ついこの前、そんな鴨川のジイチャンの葬式に家族全員で行ってきたばかりなんだ。
そこに追い打ちをかけるように、小さいころから体が弱かったオレ自身も今年は例年になく体調がよろしくない、いつも以上に風邪をこじらせたり気管支炎をおこしたりで学校を休んでばかりで、この鴨川のジイチャンの葬式も、オレは病み上がりでヘロヘロになりながら行ってきたんだった。
他にも父さんが仕事で取材先に向かう途中に追突事故をおこしたり、はたまたスピード違反で捕まったりと…
いや、これは父さんの運転が雑だからだな。
「どうも最近、我が家はおかしい」
科学万能20世紀の新聞記者らしく、普段は迷信ごとをまったく信じない父さんだが、これだけ我が家で立て続けにロクでもないことがおこるとさすがに不安になったようで、父さんが普段出入りする夷隅支庁(※3)の麻雀仲間、倉野のおじさんの紹介で、冒頭の御宿のおばさんが我が家にやってきたってわけだ。
迎えに行った父さんの車から物静かに降りた御宿のおばさん「鈴木さん」は、出迎えたオレたちに軽く挨拶したあとに不意に我が家を見上げて、そしてひとこと洩らすようにいったんだ。
「‥あぁ。」
なんだなんだあぁ~~って!オレは聞いたぞ聞こえたぞ!
おばさんは、一瞬遠い目をして確かにそうつぶやいたんだ。
そして母さんに向くと「お宅に、井戸はありますか?」と、穏やかな口調で質問した。
母さんがハッ!として、ためらいがちにおばさんに答えた
「‥えぇ、実はありましたが、使わないし危ないので去年埋めたところです。」
井戸?うちの井戸がどうしたというのだ、埋めちゃってもうないぞ?
オレが外で遊んでて我慢できなくなって、便所がわりに何度か裏庭の井戸にションベンしたのがまずかったんだろうか?
そういや隣のユーイチも、あの井戸でオレと一緒に踏み台並べて何度も連れションしてたよな。
うちの井戸は赤茶けた陶器の井筒で、なんちゅうか汚い色で便所っぽいから、抵抗なくションベンができるんだ。
いやいや待てよ、それともあの井戸に、死んだカブトムシやカエルや金魚、ヘビなどを無造作に放り込んでたのがダメだったということか?
いずれにせよこの不思議な雰囲気のおばさんは、家に入る前からいきなりこんな質問を母さんにしたんだ、あの井戸に対して少なからず後ろ暗い思いがあるオレがビビらないわけがない!
なんでも御宿のおばさんがいうには、この家全体を黒いもやのようなものが覆っているんだそうだ。
残念ながらこのオレには、いつもの大正時代建築のボロ屋敷にしか見えないが、このおばさんには何かオレとは違うものが見えてるようなんだ。
ほほぉ黒いもやかぁ、黒いもやねぇ‥、
おっかねぇじゃねーか!!
オレは裏庭の井戸に対する数々の私的な所業を思い出しながらも、背筋に冷たいものを感ぜずにはいられなかった。
御宿のおばさんは、母さんに続いて家に入ると、まずはうちの神棚の前で何かモニョモニョ呪文をいいながら手を合わせて一礼した。次に仏壇の前にも座り、そこでも手をあわせて一礼し、置いてあったお線香に火をつけ、線香立てにあげた。
それから家の中を、父さんや母さんに案内されながら、ゴニョゴニョと独り言を言いながら見て回り、ときどき手で不思議なしぐさ(※4)をしている。なんだあの手のしぐさは?魔法でもかけているのか?
やがて御宿のおばさんは、うちの死にそうなバァチャンの部屋にも入ると、バァチャンに声をかけて様子をうかがったが‥、でもバァチャンは寝ていた。来客だというのに寝てるとは失礼極まりないバァチャンとは思うが、実際のところバァチャンは毎日が既に夢うつつみたい、そりゃー仕方がないよな。
御宿のおばさんは、そんな寝ているバァチャンの布団の周囲を刺すような目で一旦見たあと、今度は頭から足先まで舐めまわすように一通りジッと見て、続いてこの部屋の天井に視線を移して、またジィィッと見てから、脇にいた父さんに振り向き、ポツリと言った。
「おばあさまは年が明けた春ごろまでは‥、ご用意を‥。」
え?なんだって?今なんて言った?
春ごろまでだって??
ヤケに意味深に言葉を切ったな、ついでに何だご用意って!!
つまりそれって、春を越えたらウチのバアチャンあの世行きってことか?死の宣告なのか!?
トンでもねぇこと言うおばさんだ!!
父さんと母さんに振りむいたら、案の定2人とも驚いてたようだった。
さぁーそしていよいよ問題の裏庭だ、ここにはちょうど一年ぐらい前に埋めた古井戸があったんだ。父さんを先頭に御宿のおばさん、母さん、そして呼ばれてないけどオレと弟のクニオがゾロゾロと続いて裏庭に集結した。おかげで狭い裏庭はギッチギチ、窮屈で仕方がない。
大多喜町のこの辺りは、その昔は水にずいぶん苦労したところだそうで、そのせいでこうしてウチにも井戸が掘られていたんだそうな。
そもそもこの家は、元から我が家のものではない、地方新聞の千葉日報社が「千葉日報大多喜支局」兼「社宅」として借りたもので、後に千葉日報に勤める父さんが地元の貸主から直接買ったものだ。その際この井戸も標準装備でついていたものなんだ。
でも現在では夷隅川から取水する水道があるし、もはや井戸なんて使わない。それにオレたち子供もいるために危険だろうということで、去年埋めたんだった。
そういや埋めるときには確かお寺の御前様(※5)がやってきて、井戸の前にお供え物を並べて念仏を唱えてたっけなぁ。
そんなことをボンヤリ思い出していると、突然おばさんがゲホゲホゲホッと妙に咳き込みはじめて、なんとその場にしゃがみ込んでしまったんだ!
「井戸の・・、神様よ(ゲホゲホゲホ)」
御宿のおばさんは、母さんに水とお米、塩を用意してと頼むと、そのまま地面に正座して、何やら掛け声とともに手をあわせると、いきなり大きな声で謎めいた呪文を唱えはじめた!
うわ!これってマジに水曜スペシャルや心霊番組のあなたの知らない世界(※6)が取材にくる展開じゃないか!なんだかスゲェぞオレの家、こりゃーテレビで有名になれそうだ!
そのうち母さんが言われた通りに水をコップにいれ、そしてお米と塩を小皿に盛って運んできた。おばさんはそれを受け取ると井戸のあった辺りに次々と並べ、更に聞きなれない呪文を唱える。
いやぁーなんだか恐えぇ、この展開自体も怖いけどさ、でもそれ以上に圧倒されるのは御宿のおばさんのこの気迫と豹変ぶりだよな、まるで何かが取り憑いたようで、これが何より怖えぇ!
さっきまで物静かだった人とは思えない何かが、その痩せこけた小柄な体からあふれ出しているんだ。信じられないほどの圧力を感じる!
おばさんは目を吊り上げて顔を真っ赤にし、両手を強く合わせたまま一心不乱に呪文をあげる!永遠に続くかのような怒涛の勢いだ!
そして唐突に「イェイ!キェイ!!」と奇声をあげては人差し指と中指をそろえて空を斬る!相変わらずハンパなく声デケぇ!!
それよりなにより、この普段から聞きなれない不気味な呪文を気合たっぷりの声で盛大に裏庭でやられると、まるでウチが大々的に誰かに呪いをかけているようでとっても恥ずかしい!こんなオレの家でも世間体ってモンがあるんだ!
‥あぁそうか、呪いだったらいつも憎たらしいあのナガサ(※7)に、ついでに呪いをかけてくれないだろうか、オマケに取り巻きのトキとヤリタにもお願いしたい。
オマエら揃って御宿のおばさんの呪文でバクハツしちゃえ!(ニヤリ)
そんな不穏な考えが頭をよぎりはしたものの、この御宿のおばさんの只ならぬ雰囲気に完全に呑まれたオレたち家族一同は、唯々呆然とその場に突っ立っていることしかできなかったのである。
でもいつのタイミングからだろう、あれだけ激しかった呪文は徐々に穏やかになってきて、最後にはまるで嵐が過ぎ去るときのようにスーっと静かになり、やがて沈黙したんだ。
そしておばさんは井戸の跡に向かって正座したまま深々と頭を下げた、オレたち家族も釣られるように頭を下げた。
どうやら終わったようだった。
よかったよかった終わってよかった、正直オレもホッとした。
でもおかげで嫌な汗をかいたぜ‥。
しばらく井戸の前で沈黙していたおばさんが、ようやく口を開いた。
「井戸の神様がまだこちらにいらっしゃって息が苦しいと仰ってます。きちんと井戸祓いしてないか、息抜きをしなかったようね。水神さまの障りのようですね。」
御宿のおばさんが言うには、状況があまりよくなかったので、急遽、祝詞をあげて祈祷をおこない一旦は鎮めたが、日をあらためてしっかりと井戸祓いをする必要があるということだった。
そうかおばさん、また来るのか。アンタ恐いんだよな参ったなぁ。
それにしてもノリト?キトウ?どうやらさっきの呪文の名前らしい。かっこいいので覚えておこう。
あとで父さんに聞いたら、御宿のおばさんは、祈祷師と呼ばれる職業らしく、神通力で予知能力や人の未来も見えるんだそうな。へぇ、世の中には聞きなれない仕事がいっぱいあるんだな。神通力とは超能力のことみたいだ、そう考えるとやたらカッコイイじゃないか!超能力者といったらバビル二世だよな(※8)、御宿のおばさんと一体どっちが強いだろう?
ちなみにサワリの意味は最後まで分からなかったが、母さんに聞いたら、ようはタタリだということだった。つまり井戸の水神様の呪いという解釈でほぼ間違いなさそうだ、どうやら我が家は呪われてたようだ。
でもなぁ、いやはや困ったなぁこれは‥、きちんとお祓いせずに井戸を埋めたことが主な原因なんだろうけどさ、でもオレは思うんだ、水神様はオレたちが井戸にションベンしたことを一番怒っているんじゃないかって‥。
だってションベンなんてひっかけられたらオレだって普通に怒るもんな。
第一あんなところに神様がいるなんてオレは一切聞いてないぞ、いるならいると、なぜ先に言ってくれなかったんだ水神様!後出しジャンケンみたいで反則じゃないのか!?
本件の一切については、弟のクニオは一緒に聞いていたので十分共有はできているだろう、しかし問題はオレと一緒にこの井戸でションベンをよくしてたユーイチだな、ヤツは知ろう筈がない。
これはいかん、隣の家のユーイチにも危機が迫っている!今度はユーイチに水神の祟りがいくんじゃないか、いくにきまっている!
第一オレんちだけだと不公平じゃないか!
むしろユーイチにも水神様の祟りがいくべきだ!
かくなる上は水神様の祟りの実態をしっかりとユーイチに共有し、共に井戸の水神様に許してもらうための協議に速やかに取り掛かりたいと思う。
まぁ~なんだかんだ言っても、ユーイチは大多喜無敵探検隊の大切な同胞だ、何かあってからでは取り返しがつかないもんな‥、
よし早速このあとユーイチに伝えよう!
ほどなくして御宿のおばさんは、うちの家族に挨拶をして帰っていった。
もちろん来た時と同様に、父さんが車で御宿のおばさんの家まで送っていったんだけどね。
ユーイチは青龍神社にいた。家にいなきゃ大体ヤツはここにいるんだ、つくづく簡単なヤツだ。
ユーイチは、どこからか捕まえてきたアオガエルの口に、ほぐしたバクチクを1本詰めこみ、ちょうど導火線に火をつけようとしていたところだった。
「やめるんだユーイチ!これ以上、罪を増やすんじゃない!!」
思わずオレは叫んでいた!
よりにもよって、この時期にカエルをいじめるなんて以ての外だ!カエルは水、つまり水神様のシモベに違いない!
オレにはわかるんだ、きっと水神様に告げ口されるぞ!!
ユーイチはキョトンとした顔でオレを見た
「お、隊長どうしたんだ?‥そうか隊長もカエルを爆発させたいんだな?」
違うんだユーイチよ、いいかよく聞くんだ!
オマエはオレと同様に、井戸の水神様に祟られてるんだ!
祟りという言葉にギョッとするユーイチに、オレはさっきまで御宿の祈祷師のおばさんから聞いたことを、そして急遽、うちの井戸の水神様に祈祷が行われたことを全て伝えた。どうやらあの井戸には神様がいたらしい。
そのうえで、オレとユーイチがあの井戸で何度も連れションしたことをしっかりと思い出させるように話したあと「これはまずいことになったぞ」という言葉で締めくくった。
案の定、ユーイチは青ざめていた、よく見たら涙目になっていた。
‥ヤツは、掴んでいたアオガエルを、力なくその場に手放したのだ。
どうやら事の重大さがようやく伝わったようだな、オレは隊長として嬉しいぞ。そうだユーイチよ、これは緊急事態なのだ!
さっそく水神様に許しを乞うための手段を我ら2人でしっかり協議検討しようじゃないか!なにより相手は「神」という巨大な存在だ、実はオレひとりじゃさすがに心細かったんだ。
でもこれで道連れができたぞ、よしよしフフフ、フフフフフ。
ちょうどそこにヒロツンがトボトボと町営駐車場の向こうからやってきた。アイツはいつも自宅の裏口から出て、そのまま町営駐車場を横切って青龍神社にやってくるんだ。
それから少しして、弟のクニオもヤッチャンを連れてやってきたぞ。
おやおや毎度の大多喜無敵探検隊の主要メンバーが集結したな。お面のケンちゃんは来るわけないんで問題なしだ!何よりちょうどよかった!せっかくだ、みんなにも水神様の祟りを静める案を考えてもらおう!
いいかよく聞いてくれ、残念なことに大多喜無敵探検隊のうち、オレを含めて3名が水神様の祟りの影響を受けているようだ。どうもウチの井戸を埋めたこと、そして井戸にションベンしてたことが水神様の怒りを買ったようだ。
うち一人、ユーイチへの祟りは少々遅いようだが‥、きっとこれから間違いなく公平公正に祟りが降りかかるであろう。なぜなら相手は神様だからだ。神はいつでも見ているのだ。
しかしこの先、大多喜無敵探検隊の隊員3名が水神様の祟りで万一活動できなくなった場合、この大多喜の愛と平和は、そして町の未来はいったい誰が守るというのだろうか!
‥もうお分かりいただけただろう、すでにこの事案はオレやクニオ、ユーイチという個人の問題ではなく、オレたち大多喜無敵探検隊の存亡にかかわる重大な問題、我ら全員に迫りくる危機なのである!
ゆえに皆で今後の対策を協議しようじゃないか!
オレは集まったみんなにそんな講釈をぶちまけた。
しばらくして、まずはヒロツンが声をあげた。
「お爺ちゃんがいってたけど水神様の祟りはとっても怖いんだって、かかわっちゃダメだよ」
いやヒロツン、オレたちは既にかかわってしまったんだ!人の話をよく聞いて、しっかり理解した上で発言してほしい。
次は、一緒に祟りを喰らってるであろう実の弟のクニオだ。
「アニキ、余計なことしないで、さっきの御宿のおばさんに相談したらどうだい?ユーイチと井戸にションベンしてたのを気にしてるんでしょ」
いやいやクニオよ、そんなの恐くて言えるわけないじゃないか!井戸にションベンしてたことがバレたら、さすがにあのおばさんもバチあたりだと怒り狂い、オレやユーイチにあの恐い呪文で強力な呪いを掛けてくるかもしれないんだぞ!オマエも見たろうあのおばさんの豹変ぶりを!あの人は無茶苦茶怖い人だ!実の兄がこれ以上苦しんでいいというのかクニオよ!
そして大多喜無敵探検隊の頭脳、一番の知識人ヤッチャンが語った。
「井戸の前で心からお詫びをしたら許してくれるんじゃないでしょうか。神様ってそんなに心が狭くないと思うんです、あとは神様が喜びそうなお供物をあげるとか‥」
え?ヤッチャン、水神様が喜びそうなお供物?お供えのことか!
でもオレには何をお供えしたらいいか、まったく想像がつかない!水神だから旨い「水」か、つまり砂糖水か?
いやいやそれじゃさすがに味気ないよな、お茶でも出そうか、それともコーヒー党かな?オレならコカ・コーラ、どっちかというとペプシコーラの方が嬉しいけどな!
そこでこれから祟られる予定のユーイチが満を持して語り始めた。
「オレならハートチップルが好きだ、あれは臭いけど旨いんだ、あとは尾高屋で売ってるヤマザキパンのスペシャルサンド!そして明治のカール、チーズ味だ!(※9)」
誰がキサマの好みを聞いたというのだユーイチよ、しかし好みはオレもほぼ一致だ、これらは旨い旨すぎる!そこは認めようじゃないか、
ただしカールはカレーがけに限る、それ以外は認められない!(キリッ)
そののちも様々な意見が出たがまったくまとまる気配はない、そこであらためてヤッチャンが「(お詫びの方法は)ようは心の問題です」と切り出し、神様に出すお供物も同様に心の問題、つまり自分が美味しいと思うものを神様に食べていただき喜んでもらうのが筋じゃないかといった話に落ち着いた。そしてお供物はお供えしたあとに、お下がりとしていただくことが正しいとも教えてくれた。
いやいやヤッチャンは物知りだよなぁ、聞けばヤッチャンは毎朝お手伝いで、神だなにお供物をあげているのだという。そして神だなのお供物は神饌ともいうらしい。きっと新鮮なものを神様にお供えするから「シンセン」というんだろう。
でもヤッチャンのお陰で、闇に閉ざされていたオレたちの未来に一筋の光明が見いだせた!ようはオレたちが食べたいもの、飲みたいものをお供えして、心から水神様にお詫びをすればいいということになる。そのあとはお供物をお下がりとしてオレたちがいただくということだ、なんだ簡単じゃないか!
整理すると、埋めた井戸の前にお菓子やジュースを並べて手をあわせて謝った後に、オレたちはそこでお菓子パーティというわけだ、なんだかとても楽しそうだぞ!ちょっとしたピクニックだな。
そうと決まればユーイチよ、さっそく国道沿いの尾高屋にGOだ!そこでお互い好きなものを選んでこよう、水神様もきっと喜ぶに違いない!
しかし尾高屋にはユーイチの好きなハートチップルはない、スーパーデンベーか駄菓子屋の加賀屋に行くしかないようだ。
神様のお供物を駄菓子屋のお菓子で済ますというのは、さすがにオレでさえありがたみがなさすぎるように感じる、そうするとスーパーデンベーかぁ‥。デンベーに行くためには酒造小路の坂道を登ってお化け旅館といわれる大屋旅館の近くまで行かねばならないな。ちょっとした行軍で面倒くさいぞ。
そもそもユーイチ、カールだけじゃダメなのか?そんなにハートチップルが好きなのか!
‥とはいえスーパーデンベーは、県庁所在地の大都会・千葉市もビックリの、いま流行りのスーパーマーケットだ。大多喜町の文化レベルと生活水準の高さを見事に反映したビッグなお店だし、同じ商品が尾高屋より断然安いのは間違いない。
まぁ安い分、よけいにモノを買い込むことができるというメリットもある。そうか、ジョイントロボもついでに買えそうだな!
‥ならば仕方ないデンベーに行くか。
1976年(昭和51年)の晩秋、小学4年生のオレは御宿からやってきた祈祷師のおばさんに、我が家が水神様に祟られていることを聞いた。
おばさんは急遽祈祷をあげてくれて、祟りは一旦鎮まったというが、なにせ相手は神様だ。再度あらためて祈祷に来るらしい。
しかしそんな恐ろしい井戸とは知らず、実はオレとユーイチはあの井戸でしょっちゅう連れションをしていたんだ。いくら知らぬこととはいえ、なんということをしてしまったんだろう。後悔先に立たずだ。
連れションについては、もちろん大人たちには極秘事項だ、だがオレたちは、まちがいなく激しく祟られているであろう。
そこでオレとユーイチは、怒り狂っていると思われる、あの埋めた井戸の水神様を鎮めるために、今こうして立ち上がったのであった。
次回、物語は act:26へ続く
【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。
大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)
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