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【魔王と暗殺者】私と彼女の人生は儘ならない。【[It's not]World's end】

一章【呉 理嘉 -転生-】


【転生】1歳 二人の侍女と私と[3]

「お目覚めですか? ネイル様」
「……うん、おはようファーラ」
「もう夕刻でこざいますよ」
「あぁ、そうだね……こんばんは」
「はい、こんばんは。深く眠っていらしたようですね」
「うん、パニャからここで働くことになったいきさつを聞いたからかも。ちょっとこわい話だったから」
「……左様でございますか」
「うん。だいじょうぶだよ。ちゃんと子供らしくふるまったよ」
「左様でございますか。でしたら結構です」
「……オブは?」
「湯浴みに」
「ファーラは行かなくてよかったの? 側仕えなのに」
「代わりにパニャを付かせました」
「そう」
「はい」
 
 私はベッドに座りなおして周りを確認する
 淡々とした事務処理のような会話。
 それは、1歳の幼児と従者の会話ではなかった。
 
「ネイル様は、もう少し幼く振る舞った方がよろしいのでは? 訝しむ者が現れます」
「ママはべつに隠さなくていいって」
「陛下はちかしい者だけにと」
「パパはしんぱいしょうだから」
「ネイル様の身を想えばこそでございますよ」
「それは分かってるけどさ。わたしだってろこつにはしてないよ」
「左様でございますか?」
「さようです」
「かしこまりました」
 
 私が前世あっちから来たことをファーラは知っている。
 パパとママと、一部の信頼厚い側近には私の中身について、秘密を共有している。
 ママは『秘密にしなくたって良いのに。とても素敵なことよ。』とやや怒り気味に言っていたけど。
 
「3歳くらいになれば、さとい子、そうじゅくな子ってことになるよ」
「まだあとニ年もあります」
「もうすぐ2歳になるからあといちねんだよ」
「では、あと一年は控えめになさってくださいませ。万が一ということがあります」
「ファーラがいるじゃない」
「勿論私はネイル様のお側におりますが」
「……気をつける。ほんとうにしたしい人にだけにする。それでいいでしょう?」
「我慢を強いるのは心苦しいですが、あと一年だけ、幼子らしく振る舞ってくださいませ」
「はぁーい」
 
 ベッド脇に立つファーラが深々と頭を下げた。
 私からすると巨大とも言える彼女が頭を下げると、たったそれだけのことでも威圧感がすごい。
 そんな彼女がこうやって念を押すのだから、私の身の安全を本当に考えてくれているんだろうな。
 私の素性に関しては、そういう話になっていた。
 私の中身が知れ渡ると不穏な事を考える輩が現れるかもしれないから、と。
 歳相応・・・になるまで、転生者であることをあえて広める必要はないだろう、と。
 そんな感じだ。
 まあ、歳相応になったからといって公表するつもりは無いけど。
 公表する意味は特に感じないし。
 
「ご夕食の準備は整ってございます。すぐに召し上がられますか?」
「おなかすいてないなぁ。ママたちは?」
「まだお戻りになっておられません。遅くはなられないかと」
「オブは?」
「湯浴みの後に乳母が。ユーナ様が間に合えば、ご自身であげたいと仰られていました」
「そっか」
 
 王族の生活って色々様式が違って大変。
 ご飯を全員揃って、というのは少ない。
 四人家族なのに。
 魔王とその后の仕事って大変なのかな?
 偉い人の仕事って、企画の決裁とか、偉い人同士での会食とか、私にはそれくらいしか思いつかない。
 前世のパパはどんな事してるって言ってたっけ?
 いや、話を聞いた記憶がないな。
 たぶん聞こうとも考えてなかったんだろう。
 両親に関心が無かったから。
 まあいいか。魔王の業務については今夜にでもパパに聞いてみよう。

「わたしもパパとママを待とうかな。聞きたいことできたし」
「かしこまりました。ではそのように」
 
 そう言うとファーラはメイド服のポケットから5センチほどの半球型の水晶を取り出し指先で触れた。
 ケータイ代わりの魔法の道具だ。
 どういう原理かは知らないけど、水晶同士でやり取りができる。
 情報は音声ではなく、頭の中に直接聞こえる。念波みたいなものらしい。
 送信先の水晶を持つ相手にダイレクトに届く。
 ケータイと言うよりはトランシーバーに近い。
 便利なようで不便そうな道具だ。
 
「お二人が戻られましたらご夕食にいたしましょう。それまで読書などされますか?」
 
 ファーラが子供部屋の壁に用意された本に視線を移動させる。
 文字なしの絵本から、大人でも読み応えがありそうな難しい内容のものまで、数百冊が壁一面の本棚に並んでいる。
 私がリクエストして作ってもらった私の本棚だ。
 他の子供部屋にも同様のものがある。
 娯楽らしい娯楽がないこの場所では、本を読むか外で遊ぶくらいしかできないのだ。
 私が城外に出歩ける年齢になれば楽しみ方も増えるだろうけど、1歳児の国の世継ぎに自由に外出させるほど、パパとママは無責任な教育方針ではなかった。
 たまに公務に付いて行ったりはさせてもらえるけど、それでも外では場内ほど自由ではない。
 安全上仕方がないことだと私も理解している。
 仕事の邪魔をするワケにもいかないので、頻繁に付いて行くこともできない。
 必然、部屋で過ごす時間が多くなり、暇を持て余す私は本を読んで過ごす時間が増えた。
 本を何冊も用意させるのなら、いっそ部屋に本を常備してもらおうと考えて作ったのがこの本棚である。
 大量に準備させるなら、難しい本があっても変に思う者も少ないだろうとも考えた。
 幼児が読める物から専門書まで揃えてもらったおかげで、この世界の文字を覚えることもできた。
 魔属語、人属語、亜人語、この世界の主要な3つの言語だ。
 有り余る時間は偉大だ。
 やる事、できる事が少な過ぎるから、読書での勉強しか自由にできる事がなかったというのが正しいけど。
 まあ、できる事が増えて困ることはないだろう。それは前世で学んだ経験だ。
 
「どくしょ……はするけど、ねえファーラ」
「何でしょう」
「たくさん本があるけど、せんそうとかのれきしにかんする本がないのはなんで?」
「陛下とユーナ様がけるようにと」
「……なんで?」
「恐らくはお二人の思想に反するからかと」
「パパとママはせんそうがきらい?」
「左様でございます」
「ふーん」
 
 さもありなん。
 二人とも争い事が嫌いだもんね。
 子供の私にそういうのは触れさせたくないワケだ。
 そういう事なら、その手の本は後回しでいいか。
 特別読みたいというワケではないし。
 数千冊の本の中に、歴史書はあっても戦争関連の本だけ無いのが気になってただけだ。
 そこだけは恣意的だったというだけの話。
 他者に何か強いることを嫌う二人にしては、珍しいと思っただけ。
 
「戦の事が気になるのですか?」
「そういうわけじゃないけど。そういう本がないなーと思ったのと、パニャからパニャのいた町の話を聞いたから、あらそいそのものはあるんだなーって思ったの」
 
 その瞬間、ファーラの雰囲気が剣呑なものになった。
 私はその変化に驚く。
 ファーラはいつも通り微笑みを浮かべているが、雰囲気が穏やかじゃない。
 顔は笑っているが、心は笑っていない。
 
「なるほど。これは迂闊でした。私が居ない間に知られてしまうとは」
「うかつって。知られたくないことだったの?」
「できればまだ知らせたくない。陛下とユーナ様のご意向です」
 
 なんてことだ。
 パニャが叱られてしまうかもしれない。
 それもこれまでの比じゃないくらいに。
 
「パニャをしからないでね」
「注意はします。しかし口止めしていなかった我々にも否がありますので」
「そう。ならいいけど」
 
 端的な言葉ではあるが、ファーラの言葉通りならパニャが罰せられることはないだろう。
 とりあえず安心。
 パニャには私からも謝ろう。
 
「パパとママはそんなにわたしに知られたくなかったの?」
「……いつか、背負わせてしまうから、と」
 
 えと、それはつまり。
 
「……まだつづいてるってこと?」
「左様でございます」
「そんな話、いちども聞いたことない」
「そう決まっておりましたので」
「あらそいの話なんて、ふつうかくせるものじゃない」
「十年以上、大きな衝突は起きておりません。ただ、遠方で小さな集落が度々襲撃を受けております」
「だれから?」
「申し上げられません」
 
 ぴしゃりと断られた。
 相変わらずファーラは微笑んでいるが、その微笑みが今は恐い。
 これは絶対に教えてくれない時の言葉だ。
 ファーラはパパの直轄の侍女。
 パパが白と言えばファーラも白と言う。
 軍人みたいな上下関係。
 普段から微笑みを絶やさないファーラだけど、それはポーズだからだ。
 私がファーラの保護下だからである。
 
「じゃあパパにちょくせつ聞く」
「なりません」
「なんで」
「その時ではないからです」
「知ることはわるいことじゃないよ」
「その通りですが、陛下がまだ早いと断じておいでであれば、まだその時ではないのです。ユーナ様も了承されています。ですので、お二人に尋ねたところでお答えにはならないでしょう」
「……なっとくできない」
「この件に関しては、今は諦めてくださいませ」
 
 ここまでファーラが言うなら、これは決定事項なのだろう。
『今は』と言うのだ。今は絶対に教えてもらえないということだ。
 納得はできないが、ファーラがここまで言う事をパパとママに聞いても教えてはくれないだろう。
 これはいくら私がお願いしてもダメな案件だ。
 私が知ってしまった・・・・・・・ことは二人の耳に入るけど、ここまで内密に、言うなれば"極秘"にしていたことを、その上辺を知られたからといって全て教えてくれるとは思えない。
 ママは優しいけど頑固だし、パパは私に激甘だけど激甘だからこそ私が危険に触れることを良しとしないだろう。
 それでも"いずれ"は教えてくれるつもりでいたのだ。
 "今"ではないと明言しているのはそういうことだ。
 これは、私としても余計な事を知ってしまったなぁと思ってしまう。
 気になってしまうから。
 こうなると箝口令かんこうれいが出るだろうし、パニャももう何も教えてくれないだろう。
 どころか私の側仕えを解かれてしまうかもしれない。
 辞めさせられることは無いにしても、左遷に近い形にはなるかもしれない。
 本当に余計なことを聞いてしまった。
 
「ほんとうにパニャはしかられない? やくそくできる?」
「お約束します。パニャには注意するだけです。罰は絶対に与えません。陛下に誓います」
「わかった。ありがとう」
「いえ、私の不行き届きです。罰せられるというなら、罰を受けるべきは私ですので」
「それもイヤだよ。ファーラのことすきだもん」
「……ありがとうございます。ネイル様」
 
 パパの名に誓うと言うなら間違いない。
 パニャは大丈夫そうだ。
 ファーラなら罰を求めることはあっても、酷い罰を受けることは無い。パパとママがそんなことするワケないから。
 私が知ってしまった。
 パニャは注意される。
 それでこの話はおしまいだ。
 
「ネイル様、陛下とユーナ様が戻られました。ご夕食にいたしましょう」
「うん。なんだかきゅうにおなかすいちゃった」
「私がいたらなかったばかりにネイル様に余計な心労をかけてしまいました。陛下の言い付けも守れず不甲斐ないばかりです。申し訳ございませんでした」
「わたしこそ、ねほり聞きだそうとしてごめんなさい」
 
 ファーラが、頭が床に付いてしまいそうなくらい深く頭を下げた。もはや前屈だ。
 私も頭を下げる。
 これでおあいこということにしよう。
 
「ああ、ネイル様に頭を下げさせてしまうなんて……陛下になんとお詫び申し上げれば……」
「いや、あの、わたしから話すから。そんなふうに思わないで」
 
 ファーラの赤銅色の肌がこころなしか青ざめているように見える。
 自らの失態に絶望しているのがありありと分かる。彼女の忠誠心の高さゆえだ。
 
「わたし、ファーラがオブのじじょじゃなくなるのもイヤだからね」
「……はい。仰せのままに」
 
 ファーラには我慢してもらおう。
 この調子だと、罰を受けたいと望むだろうけど、それは私からパパにお願いしよう。
 いずれ知る予定だった事を、小耳にはさんでしまった。
 そんな程度の出来事でしかないのだから。
 誰かが罰を受けるような大事じゃない。
 私は詳しく知ることを諦める。
 パニャは注意を受ける。
 ファーラは罰を受けるのを我慢する。
 パパは私に隠し事をしていた責任を取る。
 納得いかない部分があるのはみんな同じだから、みんなで痛み分けということで。
 
「ファーラ、おわびと言うなら、しょくどうまでだっこして」
「はい。かしこまりました」
 
 私はベッドに座ったまま両手をファーラへと伸ばす。
 
「ネイル様、陛下とユーナ様とお食事なさるのです。寝間着は着替えましょう」
「……はーい」
 
 ハグして仲直り。
 と思ったのに。
 私は口をとがらせる。
 
「わたし、ファーラはちょっとおかたいと思うな」
「鱗で覆われておりますので」
「そうじゃなくて」
「承知しております。こういう性分なのです」
 
 ファーラがいつも通り微笑んだ。
 私はばんざいをして、寝間着を脱がされる。
 
「……ネイル様」
「なに?」
「私、最近陛下にこう言われたのです」
「なんて?」
「お前は最近、表情が柔らかくなったな。と」
 
 ファーラはふふっと嬉しそうに笑った。
 
 
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