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VRC小説

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VRChatを舞台にした短編小説群。続き物だったりそうじゃなかったりします。
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#VRchat

【短編小説】この美しいニセモノの世界で

【短編小説】この美しいニセモノの世界で

幻の月が、ボクの仮初の身体を照らす。

作り物の桜は月の光を反射し、鮮やかなサクラピンクの花びらを粉雪のように舞い踊らせていた。

幻想的とも、風雅とでも言えそうな美しい世界の中、ボクの心は別のことに囚われていた。

楽しいこと、ではない。むしろにがくて苦しくて、直視なんかしたくないものだ。

直視したくないのに、目の前の現実はボクの思考を支配し続ける。ボクは抵抗することもできず、現実から吹き込む

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出店だけが祭りじゃない

出店だけが祭りじゃない

日本の祭りは数え切れないほど存在しているが、その中でも1年に2回開催され、大きく盛り上がるイベントがある。

ひとつは、同人の祭典コミックマーケット。
もうひとつは、ネット上で開催される、VRのお祭り。

Vketである。

「いや~、今年も大賑わいだね」

このイベントは年々規模を拡大し、テーマごとにクリエイターの展示が並ぶ一般スペースも、企業の大型展示が並ぶ企業スペースも、大賑わいの様相を見せ

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トリートは売り切れ中

トリートは売り切れ中

10月31日は、世間的にハロウィンである。

悪霊から身を守るため、悪霊と同じ衣装に仮装するという風習は、キリスト教圏でない日本でも、都市を中心に賑わいを見せている。

まぁ、一部では主役である子供そっちのけでコスプレイベントじみた雰囲気になりつつあるが、そこはもう日本らしさとして納得する他ないよね。

かくいう私も、そんな日本風ハロウィンを満喫するべく、可愛らしいハロウィン衣装に身を包んでいるわ

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Vではない君と、推してない俺

一時期、ビジネス界を賑わせ、しかし今はAIに持って行かれたバズワード、『メタバース』。

企業の中には、未だにバーチャル空間の活用を検討しているところもあるようだが、一般人の俺にはまだ縁遠い話だ。

むしろ俺たちが一番興味を持っているのは、HMDを被り、好きなアバターになって遊べる「バーチャルSNS」だ。

今日も俺は、数あるバーチャルSNSの中でも、普段よく使っている『VRChat』にログインす

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婚期遅れの僕ら

婚期遅れの僕ら

深夜、それはVRCが最も賑わっている時間帯だ。

サーバー上では様々なインスタンスが立てられ、多種多様な姿をした住人たちが活動的になるゴールデンタイム。

いつもであれば、俺もフレンドの集まるワールドにjoinして、他愛もない雑談に交じわっている頃だろう。だけど今日はしない。しないったら、しない。

俺も行きたい。すっごく行きたい。が、こっちの作業も進めたいんだよなぁ。

俺は未練がましく開いてい

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男たちの着物悲嘆

男たちの着物悲嘆

「初詣いこ~ぜ」

そんな連絡がスマホに届いたのは、時計の針が頂点を示す少し前の事だった。

「何で元旦の真夜中に外でなきゃならねぇんだよ」
「だからこそだよ。夜だから賑やかで、俺らがたむろしている所があるだろ?」
「あ~、あっちな。了解」

夜だからこそ賑わう場所。一般的には繁華街が挙げられるだろうが、オレたちが行くのはそうしたリアルな世界ではない。

HMDを付けることで向かえる、VRC内の神

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if√、あるいは可能性の先

if√、あるいは可能性の先

「いらっしゃ~い」

そのスナックは、数あるVRC内のイベントにおいて、目立つことのないものであった。

ワールドはVRらしい非現実感はなく、入れる人数を極端に絞っており、そもそもパブリック公開をしていない。故に、そこに入るには、女将が非定期に開店するイベントのタイミングのみである。その分、女将がお酌をしてくれたり、話を聞いてくれたりしてくれるため、居心地はそれなりに良い。

そんな女将は普段、和

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華はなくても果実は実る クリスマス編

華はなくても果実は実る クリスマス編

「「ウィーウィッシュアメリクリマスウィーウィッシュアメリクリッスマス」」

赤い服を着た美少女がふたり、向かい合って殴り合う光景を見ながら、オレは隣りにいる友人に問いかけた。

「なぁ、アレは何をしているんだ」

隣りに座るのは、和服に身を包んだウサギ耳の幼女、のガワを被った両声類系男子。
彼女はオレから目を反らしながら、

「クリスマス、かな」

そう言葉を濁した。

すっげぇ苦し紛れで言ってい

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その献身は誰のために

その献身は誰のために

俺がよく行くそのスナックは、数あるVRC内のイベントにおいて、特に目立つものではなかった。

ワールドはVRらしい非現実感はなく、ここだけにしかない珍しいギミックが設置されているわけでもない。

現実のどこかにありそうなチープな店内に、BOOTHで売られているギミックを組み合わせた、よくあるワールドのひとつだ。

他と異なる点を上げるとすれば、極端に受け入れ人数を絞っていることと、イベントの開催が

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時の針は頂点を指し示した

時の針は頂点を指し示した

昔、よく訪れていたワールドが閉鎖することを、Twitterで知った。

そのワールドで何かトラブルが起こったわけではない。ワールド製作者の私生活が忙しくなったことで、立て続けに行われた大型アップデートへの対応が間に合わなくなったらしい。

そのまま放置してもワールドはトラブルもなく残るだろう。だが、製作者は閉じることを選んだらしい。

そのツイートを見て、僕は久しぶりにそこへ向かうことを決めた。

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鈴の君へ、愛を込めて

鈴の君へ、愛を込めて

「ここに神殿を建てましょう」
「ここは祭殿だからね?」

VRC内で行われたイベント「じゃぱんくえすた」。そのイベント会場のひとつである「神域」の祭殿で、オレは錯乱したフレンドを冷めた目で見つめていた。

既にイベントは最終日を迎え、オレたちは期間限定のイベントからワールド探索まで、充実した1週間を過ごした。

その上での、コイツの発言だ。唐突な発言に頭の心配をしても仕方がないだろう。

「貴方も

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電脳神社に巫女ありて

電脳神社に巫女ありて

VRCには様々なワールドが存在している。ファンタジーやSFといった定番ワールドから、現実に存在する場所を再現したワールドまで、本当に多種多様だ。

その中でも和風ワールドは、特にQuest対応がされている場所は、意外と多くない。
理由は不明だが、ワールドも個人が作成しているという現状、ワールド製作者の好みの問題やQuest対応をする上での問題があるのかもしれない。

そんなQuest対応ワールドの

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仮面の下

仮面の下

古来より、仮面は自分以外の何者かになるための祭具であった。
その起源は不明だが、世界のあちこちに様々な仮面が存在している事実が、その神秘性が普遍的であることを示している。

そして、仮面の性質には、もうひとつの顔がある。
被ることで自分以外の何者かになるという暗示から、日常の中で秘められた欲望を解放するための呪具としての仮面としての一面である。

現代社会においては形を変え、「匿名」が仮面と同等の

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華はなくても果実は実る

華はなくても果実は実る

「ねぇ、私とお砂糖にならない?」

目の前にいるコイツは幼さの残る身体でオレに微笑みかける。
返答は、決まっていた。

「男と付き合う趣味はない」
「ぶーぶー。ブラザーは素っ気ないなぁ」
「言ってろ」

ここは仮想空間、VRCの中。

そしてこの腹立つほど可愛らしい姿なのが、この世界でできたオレの友人だ。

「ブラザーはシャイで困る。私、告白されることはあっても、するのは君だけだよ?」
「カワイイ

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