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男たちの着物悲嘆

「初詣いこ~ぜ」

そんな連絡がスマホに届いたのは、時計の針が頂点を示す少し前の事だった。

「何で元旦の真夜中に外でなきゃならねぇんだよ」
「だからこそだよ。夜だから賑やかで、俺らがたむろしている所があるだろ?」
「あ~、あっちな。了解」

夜だからこそ賑わう場所。一般的には繁華街が挙げられるだろうが、オレたちが行くのはそうしたリアルな世界ではない。

HMDを付けることで向かえる、VRC内の神社だ。

ホームについたオレは、振袖を来たアバターに着替え、鏡を見る。

視界に映るのは、まるでアニメの世界から出てきたような姿をした、長髪の美人。

リアルではありえない水色の髪をポニーテールにしているのはまぁオレの趣味だ。

「よし、おかしな所は無さそうだな」

アバターのテクスチャや衣装に問題がないことを確かめると、連絡をしてきた友人にインバイトを飛ばし、ワールドを移動する。

数秒間の待機を経て視界が開ければ、そこは山頂の神社であった。

満天の星空の下、周囲を見渡せば、オレのアバターよりも小さい、中性的な顔をしたアバターが片腕を振っているのが見えた。

よく見知った顔とHNであり、オレを呼び出した張本人である。

「よっ」
「昨日ぶりだな。何回目の初詣だ?」
「ん〜、2回目かな」
「もう初詣じゃないじゃん」
「いいんだよ。お前とは初めてだから」

こいつのよくわからない理論へのツッコミをしながら、俺たちは山を登り、頂上にある神社にお参りをした。と言っても、現実のそれとは違い、待ち時間もなければ山を登ることに疲れることもないので、数分もあれば終わってしまう。

そのままどこかに移動するでもなく、俺たちは二人並んで、境内に設置された椅子に座った。

これもまた、VRCならではだろう。実際に初詣に出たら、寒すぎて外でのんびりするなんて、できない。

「で、どうしたんだよ一体」
「何が?俺は初詣に誘っただけだぜ?」
「それだけならプライベートに籠もらねぇだろうが、何か愚痴でもあんだろ?」
「……分かっちゃうか」
「そりゃ、何年も友達やってねぇからな」

こうして大したことのない用事でオレを呼び出す時はいつもそうだ。何かに憤ったり、不満が自分ひとりでは飲み込めない時、オレに頼ってくる。

今日もそんな所だろうと思っていたら、案の定、そうだったらしい。

「大したことじゃね〜けどさ。折角の正月だし、家族の初詣で着物とか着て行きてぇって言ったんだよ」
「あぁ、お前のとこは何時も家族で行ってるもんな」
「そしたらさ、着物は女の着るもんだって、みんなで笑うから、なんだかなぁって気分で、さ」
「……男でも着るだろ、着物」
「振袖と勘違いしてるんじゃねぇか。ま、どっちにしろ普通の男は着ないもんって思ってるってわけさ」
「ひっでぇ偏見」
「ほんとにな。女の子はいいね~着飾れて」

オレたちのアバターは女の子のものだ。だから、というわけでもないが、互いに正月らしい和装に身を包んでいる。

どちらも違うブランドの衣装だからか、同じ着物でもまるで違う。俺は濃い青の一般的な振袖、こいつは和ゴスのようなフリルをあしらった黒い振袖を着ている。

互いに、テクスチャや小物の追加などはしていない。衣装だけの改変だ。

それでも、着物ひとつで雰囲気はまるで違う。

「そもそもさ、男物の着物って、あんまり売ってないだろう」
「確かに、着物っていうと女性ものってイメージだよな」
「普通に街で売ってるの自体、女性ものばっかりだしな」
「あ~でも、浅草とかでなら売ってるみたいだな。くっそ高いけど」

着物自体、日常では着るようなものではない。
年配の女性であれば着ている姿を見ることもあるが、ほとんどの人が卒業式や成人式、もしくは今日のような正月くらいしか着ないだろう。

男性でもそういったイベントに合わせて着る奴もいるにはいるが、あくまでも少数だ。

「それに、そうした場面で着物着る奴って、ガラの悪いイメージもあるしな」
「それも偏見じゃね~の?」
「毎年、成人式で暴れる着物ヤンキーを映してるんだぜ?そういうイメージが一般的じゃねぇの」
「まぁ、オレも似た印象だけどな」

つまりはまぁ、男性が着物を着るというのは、それなりにイメージが悪いし、特殊なのだ。
もしそうした変な奴らがいなかったとしても、着るのは覚悟がいるだろう。

洋服だらけの街の中で、自分だけが着物を着る。
周囲からの奇異の目に動じないか、他人の視線など気にしないような奴以外しか着れない。

それだけ、男にとっての着物は、女性以上に敷居が高いものだ。

正月なら男で着ていても気にならないだろうが、こいつの家族は「それはない」と笑った。

ま、面白くはないだろうな。

「……そんなに着たいの?お前」
「まぁ、一度でいいから着てみたいな」
「……女物?」
「男物だよ!おれに女装趣味はない!」
「安心しな。あっても引かねぇから」
「ちっげぇっつってんだろうが!」

俺は笑いながら、追いかけてくるコイツから走って逃げる。
ここがバーチャルで良かった。ここではうら若き美少女二人がきゃっきゃしながら追いかけっこをしているだけだが、実際にはいい年した男同士の追いかけっこだ。何事かと周囲の人が警察を呼びかねない。

じゃれ合いに若干飽きたところで向き直る。

「んじゃさ、一緒に着物でも着に行くか?」「二人なら恥ずかしくないってか」
「まっさか。オレだって話題の種になりたくねぇよ」

だけどまぁ、オレもアバターが振袖を着ているのを眺めていたら、一度くらい、着物を着ても良い気がしてきた。

こういう時じゃないと着ないのだから、ま、たまにはこんな提案も悪くない。

「鎌倉ってさ、着物の貸出してるんだよ。今度一緒に行こうぜ」
「観光なら行けるってか?」
「そこなら気にならねぇだろ?街自体、着物姿の野郎に見慣れてるんだからよ」
「まぁ、そうだな」
「よし決定!予定抑えておけよ」

そんなわけで、男二人による、むさい鎌倉旅行が決定した。

こいつの着物欲が解消されたかは知らないが、一緒に騒いだ限りでは、満足したと思いたい。

なお、着物姿の男連中の多くが、女連れだったことに血涙を流すことになったが、これはまた、別の話だ。

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