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出店だけが祭りじゃない

日本の祭りは数え切れないほど存在しているが、その中でも1年に2回開催され、大きく盛り上がるイベントがある。

ひとつは、同人の祭典コミックマーケット。
もうひとつは、ネット上で開催される、VRのお祭り。

Vketである。

「いや~、今年も大賑わいだね」

このイベントは年々規模を拡大し、テーマごとにクリエイターの展示が並ぶ一般スペースも、企業の大型展示が並ぶ企業スペースも、大賑わいの様相を見せていた。

かくいう俺も、ここで出会ったかわいらしい和なアバターを使い、今日も一般ブースを周りながら、ワールドに隠されたギミックがないか、ワールドの隅々まで探索していた。

「まったく。君は毎年飽きもせず、よくそこまで全力で楽しめるものだ」
「え~、おもしろいじゃん。ブースを眺めるのもそうだけど、ギミック探しも宝探しみたいじゃね」
「言わんとすることはわかるけどね」

一緒に回っている友人は、どこか呆れた表情で俺を見つめていた。自分だって、ファンタジーに出てきそうなエルフ耳の女の子アバターにお嬢様チックな衣装を身にまとい、この世界を楽しんでいるだろうに。

「僕とて、見るのが楽しいということは否定しないよ。ただちょっと、思うところがあってね」
「思うところぉ?」
「あ〜〜、なんだ。嫉妬みたいなものさ。君は気にしなくても良い」

気にしなくて良い、なんて言われて気にならない奴がいるだろうか。いやいない。出歯亀やおせっかいをするつもりはないが、そんなことを言われてしまえば聞きたくなるのが人情だろう。

それに、今日の友人はいつもより舌の回りが悪い。普段なら俺のしゃべる倍以上の言葉をぶつけてくるのに、今日は控えめというか、なんだか歯切れが悪い。言いづらいことなんだろうが、俺に対して言いづらいことなんて、何かあるか?

っは!もしかして!

「そうか、そんなに今日の俺のファッションは、お前の癖に刺さっちまったか」
「全っっっったく違うが?君のその過剰なまでの自信は一体どこから来るんだい?むしろ僕の方が可愛いだろう!見ろこのロングのフリルスカート、って、そうじゃないよまったく」
「え~。じゃあ何だよ。全くわからんぞ」

友人は何か疲れることでもあったかのように大きなため息をつく。
それでも、俺とのやり取りで気が軽くなったのか、それとも俺になら言っても良いと判断したのか、重かった口を開いた。

「大したことじゃないよ。このお祭りは、何も作り出せない者にとって居心地が悪い。そう、感じてしまっただけさ」
「作り出さない者の居心地ぃ?」

よくわからないが、何か難しいことを考えているらしい。
頭に疑問符を浮かべる俺に教えるように、友人は近くにあるブースを見つめながら、静かに語りだした。

「この世界はVRというデジタル技術の上に存在している関係上、衣装やワールド、アバターといった3D技術で何かを作り出せる個人の貢献によって成り立っている部分が大きいだろう?」
「まぁ、そういう奴らがいるからこそ、世界は広がるし、俺たちもアバターや衣装が買えるな」
「その通り。僕だって感謝しているし尊敬もしている。けど、だからこそ思うこともあるんだ」

ブースを見つめる友人の目は、目の間にある展示物ではなく、その中にあるものを見透かそうとするような、目には見えない何かを探しているような、不思議な目をしていた。

そして、落ち着いた口調の中には、どこか乾いた音が混ざっていた。その音は何故か、俺の心をざわつかせる。

「そんな世界において、何の貢献もせずに他人の成果物の上であぐらをかく者に……何も生み出さない者に、何の価値があるんだろうね」
「……それ、悪いことか?」
「悪くはないさ。悪くはないが、少しだけ、心の据わりが悪いだけだよ」

……こいつは、俺の思っている以上に多くのことを考え、気にするタイプだったらしい。

それを面倒くさいとは思わない。俺だって他人から見ればどうでも良いことに悩む日だってある。

ただ、なんというか……。

「お前……想像以上にめんどくさい奴だったんだな」
「おい君?君はもともと僕のことをめんどくさい奴と思っていたのかい?というか、この問題は君にも当てはまることだよ」
「え〜、勝手に問題に巻き込まないでほしい」
「君が僕の悩みを茶化すからだ。ほら、茶化すくらいなんだから、何か解決策でも提示したまえ」

そう言われて、考える。俺はどう思っているんだろう。

3Dクリエイターがすごく尊敬されていることは、まぁそうだろう。いるとすっげぇありがたい。

そいつらのおかげでこのVR世界は広がるし、身につけられるものも増えていく。

じゃあ、俺たち作らない奴らに意味はないのだろうか。俺たちも作る側に回るべきなのだろうか。

俺は俺で、何の不満もなくこの世界で楽しく遊んでいる。それだけではいけないのだろうか。

俺は少し考えて、あたり前の事実に、思い至った。

「俺、今日の昼は牛丼だったんだけどさ」
「どうして急に君の食事の話になるんだい?」
「まぁ聞けって。牛丼には米やら牛肉、玉ねぎなんかが使われている。だけど、全員別の奴が作っているだろう」
「企業で農地を持っている場合もあるが、まぁ、全て別の人物が作っていると考えるのが妥当だろうね。それが?」
「じゃあ、米を作っている奴、牛肉を作る奴、玉ねぎを作る奴。それと牛丼を作る店員と俺、だれが一番えらいんだ?」
「いやそれは……だれも偉くはないだろう。作り手も買い手も、お互いが納得した公平な取引関係の上で提供しているんだ、そこに優劣はない」
「それと同じじゃねぇのか?」

俺には難しいことはわからん。

わからんが、何かをやっている人と、何もしていない俺たち。立場は違うかもしれないが、そこに優劣はない、と思う。

「VRじゃ作品に金を払えたり払えなかったりするから勝手は違うけど、用は牛丼屋と同じで、買い手と売り手には優劣なんてねぇはずだ。俺たち買い手は、作る奴らに感謝するし尊敬もするけど、下にいるんじゃねぇ。いつだって対等だ」
「それは、彼ら彼女らの努力に、あぐらをかいているのではないか」
「そうならないために対価を払ったり、作品をリスペクトしたりするんだろ?」

作り手を貶すわけでも、あぐらをかくわけでもない。そいつらがすっげぇことをしているのは、その原理や技術がわからないからこそ、わかる。

だが、だからといって俺たち自身を卑下する必要もなければ、買う側だからといって偉ぶることもない。俺たちは対等だ。対等だからこそ、このVR世界はここまで大きくなった、んだと思う。詳しくは知らんけど。

「俺たちは買い手で、使う側だ。買い手だからこその対応だったり、使っている姿を見せることで、クリエイターを応援する。それでいいじゃねぇか。わざわざ無理する必要もねぇだろう」
「……全く、君にしては一理あるようなことをいうものだ」
「そうだろう?お前も、真面目過ぎないで、適度にバカになるべきだ」
「バカに?それはどういった理由で?」
「そもそも、ここはどこだ?好きでいろんなものを作ったり、いろんなイベントを開催している奴らの見本市だ。そこで下を向いて、個人の責任とか権利を考える方が馬鹿げているだろうよ」

俺は友人の視界をさえぎるように前にでる。

そして両腕をめいいっぱい広げると、高々に宣言した。

「さぁ!楽しもうぜ!今日は数寄者たちの祭典だろ?見物客が楽しまなきゃ、踊る阿呆の立つ瀬がないぜ」

友人は俺の口上に目を大きく見開くと、ふっ、と、小さく笑う。

「ま、そうだね。見る阿呆がここにひとりいるのだし、僕ひとりだけ真面目にしているのもバカらしい」
「おうそうだとも!……ん?誰がアホだって?」
「ほら、さっさといくよ。このワールドのギミックはこの先にあるんだろ?」

俺は笑いながら先に向かう友人へ、言葉の真意を確かめるべく駆け出した。

友人の声に、先ほどまでの乾いた音がないことに、俺は自然と、笑みを浮かべた。

もっともーー

「ばかばかばかばか!舞威血統なんてヤンキーみたいなもの示せとかほんっとバカ!」
「あっはっは!おっもしれー!」
「なんでこれを面白がれるんだよばかーー!」

隠し要素がホラーだったもので、友人の表情はこわばりっぱなしだった。

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