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その献身は誰のために

俺がよく行くそのスナックは、数あるVRC内のイベントにおいて、特に目立つものではなかった。

ワールドはVRらしい非現実感はなく、ここだけにしかない珍しいギミックが設置されているわけでもない。

現実のどこかにありそうなチープな店内に、BOOTHで売られているギミックを組み合わせた、よくあるワールドのひとつだ。

他と異なる点を上げるとすれば、極端に受け入れ人数を絞っていることと、イベントの開催が不定期であることだろう。

VRC内の隠れ家的イベント、と言えば聞こえは良いが、要は知っている奴が少ないイベントなのだ。だからこそ、人が集まることもなければ、話題に上がることもない。

ワールドの雰囲気は良い。誰かと静かに過ごせる場所は貴重だ。
居心地も、良い。女将はどんな話でも聞いてくれる。みんなでワイワイと楽しむ奴らには刺激がなさ過ぎるが、そういった雰囲気が苦手な奴にしてみれば、丁度良い隠れ蓑になっている。

もちろん、静かなワールドや落ち着いたワールドは他にもたくさんある。バーで言えば探すのが億劫になるくらいには多く、似たようなイベントだってたくさん開催しているだろう。
ただ、ここまで賑わいや知名度を気にしないイベントは珍しい、と、思う。

俺は、この有り様に不満だった。ここはもっと盛り上がることができる。それだけのポテンシャルがあるんだから、もっと前面に出て行くべきだ。ここの常連だからこそ、強くそう思っていた。

だからこそ、何度も女将に提案して、拒否された。

だけど俺は諦めらてない。絶対に俺の意見を通すべきだ。
だからこそ、Twitterで女将が3週間ぶりに開店すると聞いて、真っ先にログインしたのだった。

まだ開けたばかりのインスタンスには、閑散とした店内に俺と女将だけがいる。

はやる気持ちを抑えてカウンターに近づけば、いつものように注文を聞いてくる女将。俺はややぶっきらぼうに「ビール、普通の」と返した。

なみなみと注がれたビールと枝豆が目の前に置かれる。だが、俺はそれに手を付けず、自分の分のお酒を注ぐ女将に向かって、口を開いた。

「女将」
「な~に?前も行ったけど、カクテルの類は入れないよ」
「そっちじゃなくて、この店のことだよ」「お店?まだちょっと暗い?」
「営業時間と受け入れ人数の話!もっと定期的に開催して、そして受け入れる人数増やしてさ、大々的にやりなよ。人集まんないよ」
「え〜、やだ。面倒くさい」
「面倒くさいって、イベント主催者なら、盛り上げる努力をするべきだろ!」
「ボクがそんな勤勉な主催者に見える?」
「やるべきだろう!主催者なら」

この話を聞いている時の女将は、すごく腹が立つ。

この態度は接客中も変わらない。普段は好ましく思っているが、真面目な話をしているときは止めて欲しかった。俺の善意でのアドバイスを、合理的でもなければ先見の明からでもない、単なる感情論で否定される。

俺はこんなにも気遣って言っているのに、そんな気持ちも知らないで好き勝手なことを言う女将が、堪らなく憎たらしい。

なんでそんなに笑っているんだ、俺は真面目に言っているんだぞ。バカにしているのか!

何度も繰り返されたやり取り。そしていつも、考えておくという女将の言葉に一旦、矛を納めてきた。

だけど今日はもう、我慢ならない。

頭に血が上っていくのを感じる。コントローラーを握る手に力が入る。俺は早鐘をうつ心臓の鼓動に突き動かされるように口が滑り出した。

「だいたいさ、ここはオリジナリティが足りないんだよ。全部どっかから持ってきたもので、面白味がないんだよね。それに、もっとVRならではのものを入れようよ。リアルでできることをここでやっても意味ないじゃん。だから人が来ないんだよ女将」
「ほー、君はこのワールドについて、そう思っていたわけだ」
「当然じゃん!こんなだれでも使えるセットを使って、誰でもできるイベントをやってさ。二番煎じもいいとこだよ。やるならもっと目立っていかないと、すぐに他のイベントに埋もれるよ」

俺の激情に任せた侮辱を、女将さんは静かに聞いていた。
肯定も否定もしない。ただ、俺の暴言をじっと聞いていた。

女将がどんな表情をしているのかは、わからない。眼の前が真っ暗になるほどの怒りに突き動かされて、見ることもしなかった。

思っていたことを全部言いった。いってやった。荒くなった息を整えながら、胸に溢れる不思議な充実感に満たされーー。

「じゃあ、君がやってみる?ここ店長」
「えっ?」

女将の言葉に、頭がすーっと冷えていくのを、感じた。

「君の言い分を聞いていると、君に任せた方が独創的で楽しいイベントになりそうだからね。任せるよ、全部」
「い、いや、そういうことを言いたいわけじゃ」
「違わないよね?ここまで散々コケにしてるし。君の提案を飲む方が、君に任せるほうが早そうだし」

言い過ぎた、やらかした。そう思っても、もう遅い。言った言葉は取りせけないし、やらかした事実は巻き戻せない。

俺がのワールドでイベントをやる。それ自体はできる。このワールドをパブリックにさえしてもらえれば、誰にだってできる。

だけど、人は来ない。絶対にこない。

当然だ。ここに来るみんなは、俺を含め、女将が好きで来るのだから。

「いや、あの、俺も忙しいので」
「ボクも忙しい中でやってるんだけどなぁ」
「ほ、ほら。常連のみんなも納得しないし」「ボクから説明しておくから大丈夫だよ〜」
「えっと、イベントの主催者とか、やったことないし」
「それこそ問題ないよ〜。ボクも初めてさ。ワールド作ったのも含めて」

逃げ道は全部防がれた。女将は笑顔のままで、怒っているのかさえ、わからない。
俺は冷や汗をかきながら考えて、考えて、考えて。

「ごめんなさい。言い過ぎました」

許されるかは分からないが、謝った。

「よろしい。君の言いたいことはわかったけど、言い過ぎなので注意するよう」
「はい……」

女将の表情が笑顔から困ったような顔に変わる。その顔は笑顔ではないが、今の俺にはそれが何よりもありがたかった。

「まったく、どんな理由でもイベント主催者をけなすのはマナー違反だよ。みんな自主的にやってるんだから。言うのが改善くらいにしときな〜」
「おっしゃるとおりです」
「ま、君の言い分も分かるよ。……これはお客に言いたくはなかったんだけど、しょうがないか」

女将はため息をつくと、その秘めた理由について話し始めた。

「規模を広げないのは単純。ここを賑やかなイベントにしたくなかったんだよ」
「……賑やかなのは、良いことじゃないか」
「けど、みんなが好きなわけじゃない。大人数が苦手だったり、うるさいのが苦手な人もいるのさ」
「そういう人が集まるためにも、たくさんここに集めるべきじゃないか」
「それじゃあ、少人数で静かに、ってコンセプトが壊れちゃうじゃん。インスタンスを分ける方法もあるけど、それはグループを作るってことだ。ボクは、ボクのお客をボク自身で相手したい。そのためには、対応できる人数まで絞らないといけないんだよ」

言い分は、理解できる。だけど、納得はできない。

だってそれでは、このイベントは他のイベント群に隠れてしまう。遠くない未来、誰にも知られずに消えてしまう。そんな恐怖が、俺にはある。

「でも、もっと盛り上げていくべきだ。そうしないと埋もれる。誰にも知られずに、消えてしまうんだぜ?」

そういうと、女将は笑った。先ほどまでのおっかない笑顔ではない。優しい顔だ。

「いいじゃん。埋もれたって。また次のイベントを作ればいいさ」
「……はっ?」
「確かに頑張ることは大事だ。だけどここはバーチャルで、趣味だよ?本気で遊ぶのは大事だけど、一等賞を決めるかけっこじゃない。好きにやればいいんだよ」
「……」
「人間、頑張り続けてしまえば、どこかで壊れるもんさ。だから、さ。ここでは酒を呑んだくれてグチグチするくらいの場所がちょうど良いんだよ」
「でも、女将。ここ作るときすっごい文句言ってたじゃん」
「そりゃあ言う。面倒くさいしワールド作成のことなんて何も分からんもん。何で作らにゃいけないんだって。自分が悪いから、なおさら荒れるよ」
「じゃあ、なんで作っんだよ。……まだやってんだよ。面倒くさいのに」

面倒くさいなら止めれば良い。嫌ならやらなければ良い。
頑張ること、頑張り続けることを否定するなら、そういうことはしないはずだ。

なのに女将は、どうして?

女将は微笑む。まるで母が子を見つめるように、眩しそうに、愛おしそうに。

「君が来てくれるからね」
「……はっ?え、なに言って」

予想だにしない告白に、俺は固まる。
その様子を見た女将は、笑った。ニンマリと、いたずらの成功した子供のように。

「君だけじゃなくて、ここを好きだと言ってくれる人、楽しみにしてくれる人がいるからね。その人たちのためなら、ちょっとだけ頑張るさ」
「……何それ。聖人君子のマネごと?」
「聖人君子なら文句も言わないんじゃない」
「じゃあ、ただの綺麗事?」
「その綺麗事で食い物にされない優しさがあるから、この世界は素敵なのさ」

俺は、丸め込まれたわけでも納得したわけでもない。

この店はもっと大きくしていくべきだと思うし、もっと色々な人に知られるべきだと思う。

ただ、なんとなく女将の言い分もわかる。
アバターを改変するのも、イベントに参加することにも、俺の中にもそういった気持ちが、ないわけではなかったから。

何というか、負けた気分だ。勝ち負けではないが、負けた。

俺は椅子から立ち上がる。負け犬はさっさと帰って、また出直そう。

「今日はお帰りで」
「明日も仕事だしね。次はいつやるの」
「気が向いたら明日かもね?」
「1週間放置したら催促してやる」
「その時は、あんなみえみえのおべっかに引っかからないようにね」
「……うっせぇ」

俺は女将に背を向ける。

やっぱりここは、VRCの中でも目立たない。

ワールドは公開しないし、開くのも不定期だ。

それでも人が集まる、不思議な場所。

俺は今日も、そこへ行く。

そこではきっと、ピンク髪の女将がいて、雑な接待をしてくれるのだろう。

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