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能動的になれる「放課後」が好き

――自分の心の流れに身を任せて、「好き」や「やりたい」に夢中になる時間こそ、青春だと思うのです。


人生は物語。
どうも横山黎です。

今回は「能動的になれる『放課後』が好き」というテーマで話していこうと思います。


📚児童館のバイトを始める

昨日、児童館に行ってきました。先月高校時代の親友と呑んだときに、夏休みだけうちの児童館でバイトしない?と誘われたので、二つ返事で了承しました。友達のよしみというのもあるし、そもそもああいう場所が好きだから。

人が能動的になれる「放課後」が好きだから。

昨日は面接と今後の打ち合わせだったので、そんなに長い時間いられなかったんですが、それでもすれ違う子どもたちは挨拶をしてくれたし、気軽に話しかけてくれました。なかでも積極的に話しかけてくれたひとりの小学生の女の子とボードゲームを楽しみました。

その児童館では、0歳児から18歳(高校生)まで、幅広い子どもたちが遊びにくるんですが、みんながみんな生き生きとしている。体育館ではドッジボールをしているし、図書室では本を読む子がいれば、塗り絵をする子もいました。音楽室からは、ピアノで弾かれた流行りのJ-POPのメロディーが聴こえてきました。それもかなり上手。

「好き」や「やりたい」が充満している最高の空間でした。やっぱりこういう場所は、能動的になれるんだと再認識しました。だからこそ、僕は児童館バイトに時間を割きたいと思うんです。


📚「放課後」という時間

過去を振り返ると、僕が好きな空間は、能動的に動いている人が集まっている場所だなと気付きます。

僕は学校が好きでした。小学校も中学校も高校も好きだった。もちろん学校の先生が好きだったし、勉強も嫌いじゃなかったからもそうだけど、何よりも自分の「好き」や「やりたい」を表現できるから。

休み時間には自分たちのつくったゲーム(ラグビーっぽいやつ)で遊んだり、自作のカードゲームで遊んだり、とにかく自分たちのやりたいことをやっていました。前日、テレビ番組の「逃走中」に影響されて、自分たちでもやったこともあったっけ。

放課後になれば、家に帰って秒速で宿題を終わらせて、近くの公園に向かいました。いけば、誰かがいる。その誰かと何かをして遊ぶ。そんなルーティーンを繰り返していました。サッカーをやったり、アスレチック鬼ごっこをやったり、DSをしたり。夕焼けチャイムが鳴るまで汗をかいて、「また明日」といって自転車で帰路をなぞる。

受験勉強をしなきゃいけないのに、小6まで時間の許す限りそんな時間を取っていたと思います。結局、進学することができたからいいのだけど。



中学生のときも、高校生のときも、放課後になれば部活に励んだり、友達と駅の改札前で何時間もしゃべったり、カラオケに行ったり。文化祭が近くなれば、華やかな姿に着替える教室が、校内にときめきました。そんな日々がどこまでも愛おしかった。やっぱり僕の青春の多くは、放課後に詰まっている気がするのです。

自分の心の流れに身を任せて、「好き」や「やりたい」に夢中になる時間こそ、青春だと思うのです。


📚能動的になれる場所

最近、大学近くの住み開きシェアハウス「はちとご」にお世話になっています。住み開きとは、家屋の一部を地域に開放すること。シェアハウスでありながら、「はなれ」と呼ばれる場所をコミュニティスペースとして開放しているんです。

本を読んだり、レポートを書いたり、他の人としゃべったり、ボードゲームをしたり、自分のやりたいことをやれる場所なんですよね。



管理者のはやぶささん自身、「人が能動的になっている瞬間が好き」と公言している人で、そんな瞬間が生まれるような場づくりを追求しています。

大学の授業がある日、昼下がりに終わったらその足で向かうことが多いんですが、そういう意味では、放課後の場所といえるわけで、やっぱり僕は能動的になれる放課後が好きなんだと思います。



これだけずっと好きなものが変わらないというのも不思議なもので、僕にとってかなり意味のあるもの、価値のあるものといえるので、今後ちゃんと物語にしたいと思います。放課後を舞台にした青春物語を綴ります。

最近はやりたいこと、書きたいことが多すぎて困っているんですが、ひとつずつ、ゆっくりつくっていきます。最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

20230808 横山黎



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