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【オリジナル作品】短編・長編小説、俳句

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オリジナルの短編や長編小説、他に俳句などの作品をまとめています。
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2023年6月の記事一覧

冬眠していた春の夢 第25話 兄のアルバム

冬眠していた春の夢 第25話 兄のアルバム

 10年前に起こった事故の話が終わったところで、父が本棚からアルバムを取り出して、美月に差し出した。
 「ずっと黙っていて悪かった。ここに、春馬と美月の思い出がある」
 私は黙ってそれを受け取った。

 赤ん坊の頃からの春馬少年の歴史。
 そこには、両親の笑顔以上に、沢山の名古屋の叔父の笑顔があった。
 海やプールではしゃいでいる写真、釣りやキャンプの写真、同じような格好で一緒にゲームに熱中してい

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冬眠していた春の夢 第24話 10年前の事故③

冬眠していた春の夢 第24話 10年前の事故③

 緑の弟である名古屋に住む田所明雄は、早くに結婚したものの子宝に恵まれず、姉にできた長男の春馬をこの上なく愛していた。
 元々姉を慕っていた事もあり、それはもう尋常じゃない可愛がりようで、春馬が欲しいと言う物は何でも買い与えたし、行きたい所にはどこへでも連れて行った。 
 緑に「あんまり甘やかさないで」と苦言を呈されても、全くそれは変わらなかった。
 そのくせ、5年後に生まれた美月には、なんの関心

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冬眠していた春の夢 第23話 10年前の事故②

冬眠していた春の夢 第23話 10年前の事故②

 ハッチとリョータは丈夫そうな枝を見つけて金網に通し、春馬がそれに掴まれるようにした。
 降り出した雨が、急激に強くなってきた。
 枝に掴まった春馬を、ハッチとリョータは必死に引きずり上げた。
 もうすぐで引き上げられるというところで、「ギャー」と春馬が絶叫した。
 それでも、2人は手を止めずに春馬を引き上げた。
 息を切らして地面に倒れこんだ少年達の上に、雨は容赦なく降り注いだ。

 「早く山を

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冬眠していた春の夢 第22話 10年前の事故①

冬眠していた春の夢 第22話 10年前の事故①

 【10年前の5月末】

 その年、美月の母・成瀬緑は、くじ引きにより子供会の会長に選任され、何かと気忙しい日々を送っていた。
 その日も、夏祭りのための会合に向かう準備をしていたところ、美月の兄・春馬のクラス担任から電話があり、春馬がこのところ全く宿題をやってこないので、家でちゃんとやってくるように言ってほしいと言われ、急いでいる中、帰ってきた春馬に説教をしなければならなかった。
 会合がなけれ

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冬眠していた春の夢 第21話 時が止まった部屋

冬眠していた春の夢 第21話 時が止まった部屋

 病院を出ると、外はもう暗くなっていた。
 ラーメンを食べて帰ろうと父が言うから、食欲はなかったけど、黙って付き合った。
 中華料理屋に行くと、父は昔から必ずチャーシュー麺を頼む。
 私は普通のラーメンにした。
 2人で黙ってラーメンをすすった。
 昔から父は、何があっても、どんな時も、ちゃんとご飯を食べる人だ。
 そんな時は必ず「腹が減っては戦(いくさ)はできぬ」と言っていた。
 戦(いくさ)っ

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冬眠していた春の夢 第20話 お前の兄さん

冬眠していた春の夢 第20話 お前の兄さん

 短い夢を見ていた。
 霧の中から3人の少年が出てくる。
 歓喜の声を上げて大人達が少年達を取り巻く。
 春馬という少年に抱きついて大泣きしている母と叔父、そばに立っている父も泣いている。
 そんな喧騒の中、ただ1人、ハッチがこっちをまっすぐに見ていた。目が合った。

 「橋本さん…」

 ハッとして目覚めた。
 父がそばにいて、心配そうに「美月、大丈夫か?」と顔を覗き込んだ。
 どうやら病院のベ

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冬眠していた春の夢 第19話 家族の心の傷

冬眠していた春の夢 第19話 家族の心の傷

 あの物静かな祖父の、私には優しかったけど祈る姿がちょっと怖かった祖母の、過去に抱えた苦悩や傷を知って、私は今まで以上に祖父母が愛おしく思えて、より育ててくれたことへの感謝を感じた。
 そして子供心に、みんな頭を撫でたり抱きしめたりしてくれないと…寂しさを感じていたけど、祖父母も父も、自分自身がそういう経験がないから、出来なかっただけなのかもしれないと思えた。

 それにしても…父も私と同じ3歳の

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冬眠していた春の夢 第18話 祖父母と父の過去

冬眠していた春の夢 第18話 祖父母と父の過去

 私を育ててくれた祖母は、祖父の3人目の奥さんだという事は知っていた。
 そして、父の本当のお母さんは、父の弟になる筈だった赤ちゃんを産む時に亡くなったこと、その赤ちゃんも生後1週間で亡くなった事も聞いていた。
 でもそれは、そうだったという事実を聞かされていただけで、詳しい事も祖父や父の心情も聞いた事がなかった。

 祖父方の親戚の方々の話しによると、祖父は父のお母さんである最初の奥さんを、とて

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冬眠していた春の夢 第17話 過去と夢の関係

冬眠していた春の夢 第17話 過去と夢の関係

 お墓参りを終えると、お寺さんのお座敷での会食だった。
 私は名古屋の叔父から遠く、そして、もしかしたら知っている事を話してくれそうな、前の家のお隣の恵子さんの前に座った。
 豊橋での暮らしぶりや、学校の事を聞かれ、それに答えながら、頭の中ではどうやって聞こうかと、その事で頭がいっぱいだった。

 きっと母から釘を刺されているだろうから、直接「ハルちゃん」と言った事について聞いても、誤魔化されるだ

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冬眠していた春の夢 第16話 祖父母の一周忌

冬眠していた春の夢 第16話 祖父母の一周忌

 謎は謎のままで、何も変わらずに夏休みが終わった。
 そして、「高校受験には中2の2学期の内申が大事」と先生がしつこく言うので、私も通常運転に戻り、勉強に励んでいた。
 なにしろ絶対に仁美と同じ高校に行きたいのだから。

 そして中間試験が終わった後の、10月の日曜日、祖父母の一周忌の法要が執り行われた。
 名古屋の叔父叔母以外に、お葬式には来られなかった祖父方の親戚4人と、祖母の姪という2人と、

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冬眠していた春の夢 第15話 外鍵のある母の部屋

冬眠していた春の夢 第15話 外鍵のある母の部屋

 そして私はその夜、久しぶりにあの夢を見た。
 子供の頃の橋本さん、ハッチがそこにいた。
 そして、実在すると知った春馬とリョータも。
 これは夢なんだろうか?それとも過去の記憶?
 夢の中の少年たちが実在したことで、それまでの印象がまるで違うと、私は夢を見ながら思っていた。

 その後、ウラシマソウという不気味な植物のクローズアップがあり、春馬という少年だと思われる声が言う。
 「それ、ウラシマ

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冬眠していた春の夢 第14話 ハッチ

冬眠していた春の夢 第14話 ハッチ

 「それは妙だね…」
 仁美は眉間に皺を寄せたようだけど、まったく皺はできていなかった。
 「橋本さんは、もしかしたら元々美月を知っているのかもしれないね。昔は逗子に住んでいたっていうし…」
 でも、ちょっと会ったくらいの3歳児のことなんて覚えているものだろうか?

 「まあ、こうやって考えていても埒あかないから、直接聞いてみるか!」
 「えっ?」
 「だって、仁美ちゃんと遊びに来てねって言ってた

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冬眠していた春の夢 第13話 縁日の夢

冬眠していた春の夢 第13話 縁日の夢

 その夜、私は縁日の夢を見た。
 ヨーヨー釣り、綿菓子…たこ焼きや焼きとうもろこしの美味しそうな匂いまでしてきそうな、現実味のあるワクワクする光景。
 金魚柄の浴衣で一生懸命に金魚掬いをしている小さな女の子。
 全然取れないし、浴衣の袖が濡れそうで、そばにいるお母さんのフォローが大変そうだけど、お母さんは満面の笑みで楽しんでいる。
 ……お母さん?

 お母さん?!
 驚いて目が覚めた。

 夢の

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冬眠していた春の夢 第12話 金魚柄の浴衣

冬眠していた春の夢 第12話 金魚柄の浴衣

 母は、浴衣を着せてくれている間、多分ずっと無表情だった。
 「キツくない?」とか「ちょっとこの紐持ってて」という言葉は発したけど、その言葉には、ドラマやアニメで見るような、嬉しそうに娘の着付けをする母の喜び、みたいな温度感が全くなかった。
 出来上がった私の全身を見て、「ヨシ」と頷いた時も、少しも微笑んでいなかった。

 慣れない下駄で駅に向かうと、金魚柄の浴衣の仁美とグレーの甚平を着た賢吾さん

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