見出し画像

冬眠していた春の夢 第20話 お前の兄さん

 短い夢を見ていた。
 霧の中から3人の少年が出てくる。
 歓喜の声を上げて大人達が少年達を取り巻く。
 春馬という少年に抱きついて大泣きしている母と叔父、そばに立っている父も泣いている。
 そんな喧騒の中、ただ1人、ハッチがこっちをまっすぐに見ていた。目が合った。

 「橋本さん…」

 ハッとして目覚めた。
 父がそばにいて、心配そうに「美月、大丈夫か?」と顔を覗き込んだ。
 どうやら病院のベットの上のようだ。
 私は名古屋の叔父と話した後に、気を失ったという事だった。
 貧血だということで、私の腕には点滴の針が刺さっていた。

 お父さんだけなんだ…。

 私は鼻の奥をツンとさせながら思った。
 普通なら、お母さんじゃないかな…。
 父の祖父母の一周忌だから、皆を見送る役目は父で、私に付いてくれるのは母じゃないかな…。
 私はその時、なぜ自分が気を失ったのか、お寺で何があったのかを忘れていた。
 ぼんやりとした頭で、付き添いが母ではないことだけを寂しく思っていた。

 「橋本さんって、誰のことかな?」
 突然父が言った。
 「え?」
 「橋本さん!って何度も言っていたから」
 私は夢で橋本さんを呼んだことを思い出した。
 「あ…、仁美のお兄さんの友達」
 「…そうか…」
 父は腑に落ちない表情だったけれど、それ以上は何も言わなかった。

 そして、次第に頭の中がクリアになってきたら、叔父の顔と言葉が蘇ってきた。
 「あっ!」
 私は飛び起きた。
 「春馬!春馬って言ってた!お前の兄さんだって!お前のせいで死んだって!お父さん!どういう事?」

 父は、私の腕を優しく掴んで、
 「家に帰ったら、ちゃんと説明するから、点滴が終わるまで休んでいなさい」と言って、ベットに横になるよう促した。
 私は言われるままに横になった。
 今すぐに聞きたい!確かめたい!その思いが強かったけど、辛そうな表情の父を、これ以上困らせたくはなかった。
 目を閉じると、眠っていないのに、瞼の裏に3人の少年の顔が浮かんだ。


  第21話に続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?