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冬眠していた春の夢 第16話 祖父母の一周忌

 謎は謎のままで、何も変わらずに夏休みが終わった。
 そして、「高校受験には中2の2学期の内申が大事」と先生がしつこく言うので、私も通常運転に戻り、勉強に励んでいた。
 なにしろ絶対に仁美と同じ高校に行きたいのだから。

 そして中間試験が終わった後の、10月の日曜日、祖父母の一周忌の法要が執り行われた。
 名古屋の叔父叔母以外に、お葬式には来られなかった祖父方の親戚4人と、祖母の姪という2人と、引っ越す前の家のご近所さんが1人参列していた。
 私は様子を見て久子おばちゃんに浴衣のお礼を言いつつ、なるべく叔父には近寄らないように気をつけていた。

 今日気づいたことだけど、名古屋の叔父は、姉である母のことが大好きなようだった。「姉さん、姉さん」と度々話しかける姿が、ちょっと異常に映るくらい。
 そういえば、早くに父親が亡くなり、連れ子として再婚した先で、母と叔父は気兼ねして育ったという事を、叔母から聞いた事があった。
 だからきっと普通以上に絆は強いのかもしれない。

 法要が始まる前の控え室で、私はお茶を配る手伝いをしていた。
 すると、お茶を置いた席の1人の中年の女性が、私に向かって「ちゃんこ?」と問いかけてきた。
 私がわからない顔をしていると、その女性は構わず言葉を続けた。
 「大きくなったわね〜!ちゃんこ、おばちゃんの事覚えてる?」
 私は笑顔のその女性をよく見たけど、全くわからなかった。

 戸惑っている私を見て、母が寄ってきて、
 「前の家のお隣のおばちゃんよ。美月が生まれた時から豊橋に行くまで、ずっと可愛がってくれてたのよ。朝起きて、美月がいないと思ったら、ちゃっかりお隣で朝ごはん食べてたり、お風呂にも何度も入れてもらって」と言った。

 「みっちゃん、みっちゃん、みっちゃんこ〜って、子守り歌のように言ってたら、いつの間にか私だけ、ちゃんこって呼ぶようになっちゃって。ああ、懐かしいわ〜。それにしても美人さんになって。おじいさんの若い頃によく似てるわ〜」
 と言って、嬉しそうに私の手をさすった。
 「…そうなんですね、ありがとうございます。ごめんなさい、覚えていなくて…」
 私は恐縮した。
 そして、最初はその勢いに気圧されたけど、自分の事を大事に思ってくれていた人が他にもいた事が、とても嬉しかった。

 「ちゃんこが豊橋に行っちゃって、おばちゃん本当に本当に寂しかったのよ〜。毎日毎日泣いてた…。春ちゃんがあんな事にならなければね〜」
 「恵子さん!」
 母が顔色を変えてその女性の言葉を遮った。そして、
 「美月、あちらの席にもお茶をお出しして」と、私の肩を軽く押しやった。
 私は「わかった」と言って、その場を離れた。
 小声で「ごめんなさい。つい…」と母に言う、恵子さんという女性の言葉が背中越しに聞こえた。
 はるちゃん?あんな事?

 境内での法要が済み、みんなでお墓参りに向かった。
 お墓は前日に父が来て掃除してあったので、お花とお線香を供えて、順番に墓前で手を合わせた。
 私は一番最後に手を合わせて、ゆっくりと祖父母に語りかけた。

 目を閉じて祖父母に語りかけていると、ヒソヒソと何か話している声が聞こえて、薄目で見てみると、祖父方の親戚達が、墓石の後ろに掘られた名前を見て、何か話しをしているようだった。
 それは故人を偲んでの会話ではなく、何かあまり良くない話題のような雰囲気だった。


 第17話に続く。

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