マガジンのカバー画像

うた

24
気ままに書いた散文詩や、短編小説たち。 一話完結のものを集めました。気軽に読んでやってください。
運営しているクリエイター

#ショートストーリー

【短編】雨の秘境

【短編】雨の秘境

 夕焼けは煮え崩れる玉ねぎのように甘く溶けだして、降り止むことを知らない雨を黄金に染めた。

 千年もの間、雨が降り続けている街・深水(シンスイ)は、区域全体の九割が水の中にある。この永い雨災に見舞われるようになってから、深水の民は水に浮く建物を造るようになり、その中で暮らすようになった。人間の「慣れ」というのは凄まじいもので、百年も経てば皆、この不思議な暮らしぶりにすっかり適応した。それから千年

もっとみる
【掌編】サイカイ

【掌編】サイカイ

手紙には、「あなたはだれですか」と線の細い字で書かれていた。
わたしはだれだろう。

人と話さなくなってから、二千年が経った。
発音の仕方も忘れてしまった。
自分の声も、自分の容姿も、自分の名前すら忘れてしまった。忘れていたことすら忘れていたかもしれない。
ずっとこの白くて明るい部屋の中で暮らしていて、決して外には出られない。
誰かと連絡をとれるだなんて、思ったこともなかった。
でもこうして、わた

もっとみる
Monday in blue

Monday in blue

「《月曜日の博物館》?」
 最寄り駅から自宅までの寂れた道中、仕事帰りの遅い時間でもぽつりぽつりとしか電灯がない中で、その看板はまっさらで眩しく見えた。ついこの間まで工事のために白い仮囲いで覆われていたこの場所に、博物館が出来たらしい。
「どうしようかな。気になるけど……」
 目覚めるようなブルーの《月曜日の博物館》という凸文字と睨み合っていると、不意に博物館の扉が開いて中から女性が出て来た。背は

もっとみる
暗殺ティーポッド

暗殺ティーポッド

 朝、私が起きると、水色のペンキをこぼしたかのように雲一つない快晴でした。休日で晴れている日は散歩をすると決めているので、意気揚々と家を飛び出します。いつもの散歩コースにある神社では蚤の市が開かれていました。気になって立ち寄ってみると、骨董を並べている露店が目に留まりました。古い懐中時計やティーセット、宝飾品……。珍しい物はないのかしら、と雑然と置かれたアイテムの中を探していると

《 ティーポッ

もっとみる
ショートショート『メメントモリ』

ショートショート『メメントモリ』

「え、嘘、お前って視えるヤツだったのか」 

 ついうっかり口を滑らせた僕が悪いのは分かっているけど、よりにもよって一番バレたくない奴にバレてしまった。悪い奴ではないが、お調子者でお喋り。そんな奴。

「知らなかったなぁ……そういう第六感? みたいのがありそうには見えなかったもんだからさ。早く言ってくれよ、俺、視てもらいたい人がいてさ」

 第六感がありそうには見えないだなんて失礼だな……いや、失

もっとみる
10ページの物語

10ページの物語

◇1ページわたしは、ぺーじのあるものがたりです。
あなたがぺーじをめくるたび、
わたしはとしをとります。

◇2ページわたしのじゅみょうは、10ぺーじ。
ものがたりとしては、けっしてながいじゅみょうではないようです。
けれど、
わたしにしかできないこともきっとあるのだと、
さくしゃはそういいました。

◇3ページさいきん、カタカナをおぼえました。
かんたんなかん字も、つかえるようになりました。

もっとみる
深夜の散歩

深夜の散歩

「虎に変身できたことは、比較的幸せなことじゃないかしら」
と、すれ違いざまに女性がそう言ったように聞こえた。

なんだろう。聞き違いだろうか。

振り返ってみるが、先程の女性はもう、居なくなっていた。

ともあれ虎に変身ということは、きっと山月記の話をしていたんだろう。確かにカフカの「変身」なんかは虫になってしまうわけだから、それに比べれば幾分か幸せなのかもしれない。にしても虫と虎とは随分と対照的

もっとみる