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好きな小説

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お気に入りの小説コレクション 複数話あるものは、そのうちひとつを収録させて頂いております
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#創作

掌篇小説『喜助』

掌篇小説『喜助』

かつては駕籠。

時はすすみ人力車。

そしてクルマ。

と、私の一族を数百年、形は変れど、迎えつづける男が独り、いる。

「一族」「貴い家柄」……なんて、笑止千万。昔の話。
乱れ崩れうらぶれた果て、唯独りのこった末裔は、クラブホステスの私。

それでも、迎えはくる。
前当主の父が変死したその日、喜助は私のもとに現れた。
父とは疎遠ゆえ、他人より「○○家当主には迎えの従者が今もいる」と伝説か冗談の

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短篇小説|ギはギルティのギ

短篇小説|ギはギルティのギ

 ギルがゆるやかにハンドルを切ると、目の前に青い海が広がった。ネモフィラの花畑を思い出す色彩。セリは息を呑み、わずかな時間、苦悩を忘れた。
「ほんとうに、私の頼みもきいてくれるの」
「もちろん」
 約束だからねと、彼は前方を見たまま答えた。車内にはミントの香りが漂っている。
「どこへ行くの。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「もうすぐ着くよ。それに」
「私は知る必要がない、でしょ」
 セリ

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掌編 ライカ

掌編 ライカ

 中学に入るまで、父の仕事でわたしは日本各地を転々とした。同じ日本語なのに少しずつ違う言葉、違うブーム(引越し前の小学校ではポケモンがものすごく流行っていたのに、翌週次の場所に行くとカービィが流行っていたりした)、そして総入れ替えされるクラスメイト。わたしは、おそらくまたそう遠くないうちに別れることになるだろう子供たちの顔を、一瞬で覚えて未練なく忘れるという特技を身に付けた。顔は覚えても、一定の距

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らしさの武装と嗅覚 3

らしさの武装と嗅覚 3

まずかったな

左肩に薄い温もりと重みを感じながら、俺は久しぶりに悔やんだ。完全に体を預けてはこない。異性に寄り掛かることの意味を、一生懸命探っている感じが洋服越しにじんわりと伝わって来る。これは、ちょっとアレかもしれない、久しぶりに突いちゃいけないモノを突いたかもしれない。

俺は、富岡さんに添えていた左腕をゆっくりと外しながら、大丈夫ですか?と、首だけ少し右に傾けて顔を覗き込む体を装った。キス

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ぬいぐるみは、燃えない。砕けない。

ぬいぐるみは、燃えない。砕けない。

 そのぬいぐるみは、燃やしても、刃物で切り刻んでも、消滅しないそうだ。また、閉じ込めようとして、頑丈な箱や金庫に入れていても意味がなかった。
 いつしか「呪いのぬいぐるみ」と呼ばれるようになったが、中には「幸せのぬいぐるみ」と呼ぶ人もいる。それが直接何かをする訳ではなかった。では、何故「呪いの~」や「幸せの~」などと呼ばれるようになったのかというと、そのぬいぐるみが、洋の東西を問わず、突然人の家の

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