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#53 死ねるって幸せなことなのか
僕は1週間に1度は書店に立ち寄る。
図書館司書として新刊の動向をチェックしたり、図書館に入れたい資料の中身確認を行ったり、もちろん自分が欲しい本を買いに行ったりする。
これだけ書店に行っていると、気になる本が泡のように増えていく。
『死んだ山田と教室』もそのうちの一冊だった。
7月29日にようやく読み始め、本日読了をした。
感想としては……
こんなに笑わせられて、
こんなにじーんとさせられて、
こんなに生き死にを考えさせられた小説は他にない。
『死んだ山田と教室』はこんな話
穂木高校の2年E組の人気者である山田が交通事故で突然死んだ。
普段は騒がしい2年E組だが、火が消えたかのように意気消沈していた。
気持ちを切り替えるべく、担任の花岡が席替えを提案するけれど、当然気分が上がるはずもない。
そんな沈み切った教室に突如、声が聞こえてきたのである。
それも彼らにとても馴染みのある、彼の声が。
〈いや、いくら男子校の席替えだからって盛り下がりすぎだろ〉
〈お通夜じゃないんだからさ、みんなもっと先生に反応しようぜ〉
それはいつも2年E組を活気づけていた、山田の声だったのだ。
声となって還ってきた山田と過ごす男子校らしい馬鹿馬鹿しい高校生活が再び始まるのであった――。
楽しくて、寂しくて、愛を感じる小説
本作は山田が還ってきてからの2年E組の様子を描く前半と、
2年E組のメンツが進級や進学などで散り散りになる後半に分けられる。
前半はギャグ漫画のごとく面白い。
全員とは言わないけど、往々にして男子学生というのはいい意味で馬鹿なんだよなと思う。
男子学生は、下ネタ1つで爆笑できる人種なのである(個人の意見です)。ちなみに僕もそんな男子学生だった。というか今でも笑ってしまう。
山田とクラスメイト達の軽快なコミュニケーションが、漫才やコントのようにテンポよく進んでいく。
2年E組の内輪ネタといってもいい話も笑わせられる。
文字だけでここまで笑いを提供できるのは、著者である金子さんの文章力とギャグセンスの賜物だと思う。
しかし、後半に差し掛かっていくにつれて、徐々に話に陰りがまとう。
死んでしまった山田は高校生で時間が止まったまま、教室に居続けることになる。
しかし生きているクラスメイト達は進級し、進学し、さまざまな経験をして、人間として変わっていく。
人というのは幸か不幸か、忘却という能力を持っている。
それが時間が止まったままの山田にとって、どれだけ残酷なものなのか。
小説を読み進めていくにつれて、人の冷酷さと淡泊さを痛いほど感じられる。
しかし、同時に愛と友情をこれでもかと感じられる展開もある。
これは是非、実際に小説を読んで味わってもらいたい。
死ねることは幸せなことなのかもしれない
僕はときどき、自分の死について考えてしまうことがある。
今こうして目の前に表示されている文字も、
目の前に広がる自宅の光景も、暑いというこの感覚も、
両親も、愛猫も、親友も、職場も、職場の同僚も、
この頭も、両手も、足も……
死んでしまえば何もかもがなくなってしまう。
それを想像すると、怖くてたまらなくなる。
だから、適応障害になりどんなに人生に絶望をしていても、そちらを選択することができなかった。その勇気が湧かなかったのだ。
では果たして不老不死でいたいかというと、それもまた違う。
『死んだ山田と教室』を読んで、それは特に強く思った。
死ぬことができるのは、幸せなことなのかもしれないと思えたのだ。
もちろん「死」自体は怖いし、今は死にたくない。
また大切な人が死んでしまったら、これほど悲しく寂しく辛いことはない。
けれど全員が全員不老不死になってしまったら、それはそれで世界はカオスになってしまうだろうし、今以上に争いごとが絶えない世界になってしまうような気さえする。
自分だけが不老不死だったとしたら、周りの大切な人たちの終わりをたくさん見届けなくてはならないから、それはそれでとても辛いだろう。
今でも時々辛いことがあったときに、希死念慮を覚えるときがある。
だけどそんなときに思い出すのだ。
どうしたって、自分の人生にはいつか必ず終わりが来ることを。
日本が誇るバンド・BUMP OF CHICKENも「モーターサイクル」という曲の中でこう歌っている。
わざわざ終わらせなくていい どうせ自動で最期は来るでしょう
今終わらせるか、それとももう少し運命に委ねてみるか。
その選択肢があることすら、幸せなのだろうと思う。
抱腹絶倒できて、生き死にを考えさせられて、友情で心を震わせられるこの小説は、間違いなく傑作だ。
生きることが楽しい人にも辛い人にも、読んでもらいたい。
最後に山田のこのセリフで、この記事を締める。
〈好きにしろよ。生きてりゃなんでもできんだから〉
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