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#ショートショート

無言の恋人

無言の恋人

荒い質感の肌が私の手の甲に触れた。満員電車のなか息苦しくもだえながら、こんな老体がその一員に加わってしまっている申し訳なさに体も心も小さくなっている時のことだった。

普通、こんなすし詰めの状態で手が触れあった程度で謝ることはない。それでも彼は私に接触する度に「すみません」と消え入りそうな声で言ってきた。
そのうちに少し乗客が排出され空間が生まれても、彼は離れることはなかった。二の腕や甲同士が触れ

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すまほといっしょ

すまほといっしょ

目が覚めると知らない駅についていた。先ほどまで溢れていた乗客はすっかり消えて、一人だけ。俺が間抜けに寝過ごしているのみだった。

ハッとして立ち上がる。遅刻だ。連絡をいれなくては。いや、すでに無数の着信履歴があるに違いない。慌てて鞄を探るが、一向に携帯が見つからない。

鞄の中身をひっくり返そうとしたところで、「にゃー」と鳴き声が聞こえた。

見れば、向かいのシートに猫が座っていた。木製の名札を

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ひらがな旅仲間

ひらがな旅仲間

「あ」は歩いていた。なんだかつまんないなぁと、口を開けてぼーっと歩いていた。そのうち友達にバッタリ会うと、あっ、と言って笑った。

「い」は言い合っていた。こちらの跳ね具合の方がイカしていると、両側とも譲らなかった。けっきょく結論はでず、口をいーっとしてそっぽを向いた。

「う」は拗ねていた。マンボの踊りの決めポーズが、双子の喧嘩で台無しになったからだ。ここが見せ場だったのにと、膝を抱えて口をうー

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おしまいの夢

おしまいの夢

その夢の中で、僕はひとを殺した。

すっかり子供の姿になった僕は、おなじく子供の友達3人と暗いビルのなかで息を潜めていた。皆の手にはそれぞれ別の形の銃があり、僕はスナイパーライフルを持っていた。

だれをやろうか、なんてことを小声で話し合ったりしていた。先生に悪戯するような無邪気さだった。
クスクスと笑い声が響くなか、そっとスコープを覗きこむ。

ミニチュアになったような町のなかで、数人の大人が歩

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幸せの群衆

幸せの群衆

無邪気に歌う声が聞こえたかと思うと、いつの間にかたくさんの人に囲まれていた。

「幸せなら手をたたこう」

そう言ってパンパンと手を鳴らしながら、わたしの周りで大きな声で歌っている。

「幸せなら手をたたこう」

まるでその音がとても愉快であるように、彼等は笑っていた。歌いきれずに笑い転げているものまでいた。それを見て馬鹿にしたように笑っているものも。とにかく、一様にみなが笑っていた。

あっけに

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