42.【黒羽根さん : アンティークショップ?】
夢の始まりは真っ白な世界にいた。
前回の41.【瞬き短編集】で、怖い赤ちゃんが出てきた時のような白い空間が奥まで続いていた。
遠くに何かが見える。
近付いてみると、巨大な焦げ茶色の本が開きかけた状態で立ててあった。
本の下の方からしおりのような赤い紐が出ている。
気になったアタシは、本に挟まりながらそこのページを押し開いてみた。
左側のページには筆記体のような文字が書いてあって、右側のページには窓やレンガの壁がセピア色の何かで描かれていた。
窓やレンガの壁の真ん中には、描かれたモノではない本物の朱色の扉があった。
おとぎ話みたい……。
なんてドキドキしながら、黒っぽい金色のドアノブを回してみた。
鍵はかかっていない。
そーっと扉を開けてみると薄暗い部屋が見える。
まだ怖いから、頭だけ入って中を覗いてみた。
焦げ茶色のオシャレな家具がたくさん並んでいて、その上には黄色い灯りのランプが点々と置いてある。
まるで、外国の映画に出てくるアンティークショップみたいな雰囲気だった。
そこがアッチノ世界と繋がっているのかはわからない。
アタシは夢の中で窓のある建物に入ると、窓の外を見るクセがある。
この時も無意識に窓を探していた。
振り返ってみると、入ってきた扉の両脇に小さな窓があった。
最初に見た外側の窓とは違って、内側の窓も扉と同じように本物だった。
曇った窓ガラスから外を覗くと、真っ白な世界ではなく外国のような街並みが見える。
人の気配があちらこちらからするのに、見えそうで見えない。
窓枠からは雨に濡れた木の香りが凄くする。
雨降りは嫌いだけど、この匂いは好きだなぁ。
そんなことを思いながら、へばり付くように窓の外を眺めていたら、突然独特な香りが鼻に入ってきた。
振り返ると、壁に隠れるように頭だけひょっこり出して、こちらを覗いている人がいた。
暗くてよくわからないけど、男の人っぽく見える。
何も言えずにいたら……
「えっ、ほんとに?」と男の人が呟くように聞いてきた。
どういう意味かわからなくて無言のままでいると、男の人が頭をクシャクシャしながらゆっくりと出てきた。
見覚えのある黒ずくめの姿。
現れたのは、子供の頃に夢の中で会った黒羽根さんだった。
「驚いた。よく来たね!」
言葉の通り驚いた様子だったけど、黒羽根さんは笑顔で話しかけてくれた。
黒羽根さんと夢で会うのは本当に久しぶりだった。
アタシはあまりにも嬉しくて、黙ったまま泣きそうになっていた。
そんなアタシを見た黒羽根さんは抱きしめてくれた。
夢なのに、服の感触も体温も匂いも現実のように感じる。
本当に黒羽根さんなんだと思ったら、余計に涙が出そうになった。
「僕の白シャツに鼻水つけられたら困るから、こっちにおいで」
そう言うと黒羽根さんはアタシの手をとって奥に案内してくれた。
やっぱり指先は冷たい。
ついて行くと廊下の途中に扉の無い部屋があった。
中を覗くと、可愛らしい小さなキッチンが見える。
キッチンの部屋を通り過ぎて廊下の一番奥まで行くと、炭のように真っ黒な扉が出てきた。
黒羽根さんが扉を開けた瞬間、中から木の香りが溢れ出てきた。
部屋の中は、作業台の上に置いてあるランプの灯りだけで薄暗い……。
そう思っていたら、黒羽根さんが扉の横にある何かを〝カチカチ〟と動かした。
同時に天井の中心部分から音に合わせて部屋が明るくなっていく。
見上げると電球がぶら下がっていた。
壁にはマジックのフタみたいなモノがくっついていて、それを黒羽根さんが操作していたらしい。
ダイヤル式のスイッチなのか、仕組みがよくわからなかった。
部屋は横長に広くて、壁際には作業台みたいな小さな机と椅子があった。
反対側の壁には大きな棚がたくさん並んでいる。
部屋の奥に行くと、猫足のテーブルと二人掛けぐらいの小さなソファーもあった。
「ここで待ってて」
そう言って黒羽根さんは部屋を出ていった。
ソファーの横にも並ぶ棚をよく見ると、サイズや素材の違う引き出しがたくさんあった。
どれも鍵穴があって開けられなさそう。
引き出しの取っ手の上に金色のプレートが貼ってあって、読めない筆記体が彫られていた。
じっくり見ていたら、黒羽根さんが戻ってきた。
「何か面白いモノあった? コーヒーだけど、どうぞ」
手に持っていた木のトレイから、コーヒーの入ったマグと白い石のような物が積んであるお皿を出してくれた。
マグもお皿も透明でガラスっぽい素材だけど、コーヒーからは湯気が凄く出ていた。
熱そうなので、ちょっと時間をおいてから一口飲んでみると熱さよりも苦い。
白い何かは砂糖だと思ってコーヒーに入れようとしたら止められた。
「口直しにこれね」
そう言って黒羽根さんは一粒取ると、そのまま口の中に入れてしまった。
アタシも真似して食べてみたら、砂糖じゃなくて甘いミルクキャンディだった。
黒羽根さんだとはっきりわかる夢は久しぶりで、アタシは緊張して何も話せないでいた。
黒羽根さんも動揺しているのか、暫くお互い無言。
でも、そんな時間が勿体無い。
そう感じたアタシは気になっていたことを聞いてみた。
「あの黒い羽根なくなっちゃったの?」
アタシの質問を聞いて、黒羽根さんは笑った。
「いやいや。なくなってないよ。あんなの出したままここにいたら、置いてある物を全部なぎ倒しちゃうからね。だから、今は収納中。便利でしょ?」と言って背中をこちらに向けた。
「じゃあ、いつもの白い部屋じゃないのはどうして? お引越ししたとか?」
「そうじゃないよ。ここでは作業をしているんだ」
そう言うと黒羽根さんは作業台の椅子に座って、背もたれに頬杖をついた。
「お店なの?」
「それも違うね。ここは必要なモノが必要な時に使って、必要な物を持っていく場所なんだよ。最近は忙しくて僕ばかり占領しちゃっているけどね」と溜め息混じりに笑った。
「じゃあ、ここに違う人がいる時もあるってこと?」
「そうだね。あの黒い扉は僕の扉なんだ。他の誰かがここを使っている時は、扉の色や形、部屋の広さや中身も違うんだよ」
わかるようでわからない、この感じ……。
28.【屋根のない洋服屋】に出てきたお兄さんとの会話みたいだった。
「ふーん……。じゃあ、いつでもあの白い部屋から出られるの?」
黒羽根さんは、最初に出会ったあの白い部屋にずっと閉じ込められているんだとアタシは思っていた。
「ここと同じで、必要な時に必要な場所になら移動できるね。それにしてもキミがここに来たのが驚きだよ。でも、必要だからここにいるんだね」
そんな風なことを笑顔で言われて、アタシは思春期の女の子みたいに恥ずかしくなった。
「この引き出しは何が入っているの?」
話を逸らしながら、恥ずかしさを必死でごまかした。
「これは材料が入っているんだよ。僕はここでこういうのを作っているんだ」
そう言うと木で出来た彫り物を見せてくれた。
その先には鍵がついている。
「キーホルダー?」
「そんなような物だね。僕はたくさんの鍵を持っているでしょ? これは僕のであって、僕のじゃないんだ。持ち主が自分で持っていられるようになったら、鍵が迷わないように証を作ってあげているんだよ」
黒羽根さんは腰につけた鍵をジャラジャラと鳴らした。
「証……。それじゃあ、この引き出しは鍵が掛かっているの?」
「この引き出し全部、違う素材が入っているんだ。勝手に開けたら素材達に失礼だから、引き出しに鍵があるんだよ。持ち主に合った素材と話し合って同意してもらえれば作るし、ダメなら違う素材と相談するって感じかな」
途中までなんとなくわかったけど、途中から全然わからなかった。
「もし、無理矢理こじ開けたらどうなるの?」
「それでも作れないことはないけど……。たぶん出来上がった物は持ち主とも鍵とも馴染まなくて、すぐに壊れてしまうだろうね」
そう言うと黒羽根さんは、アタシの真横にあった引き出しをノックした。
引き出しの内側から、すぐにノックが返ってきた。
それを確認すると腰につけた鍵を一つ取って、鍵穴に入れて回す。
鍵が開いたような音がして黒羽根さんが引き出しを開けると、中にはタバコの箱ぐらいの大きさの木の板が一枚入っていた。
「この一枚だけ?」
思ったまま口に出してしまった。
「うん。必要な分だけ来てくれるんだよ。ありがとう」
黒羽根さんは板に向かってお礼を言うと、そっと引き出しを閉じた。
使った鍵を抜いて腰に戻すと、次は隣の引き出しをノックした。
またノックが返ってくると、さっきと同じように鍵を使って引き出しを開ける。
今度は石のような灰色の板が出てきた。
「ほら、違うでしょ? また後でね」
板とも会話しているのか、黒羽根さんは嬉しそうに話しかけると引き出しを閉じた。
アタシにはどちらの板の声も全く聞こえなかった。
作業台の上を見ると、重そうな器械と綺麗な模様が彫られた正方形の板があった。
板はヒノキのような木材に見える。
「これはね、鍵をつなげるための金具をはめる道具なんだ。やってみる?」
「えっ、そんなの無理だよ」
慌てるアタシの横で、黒羽根さんはニヤニヤしながら器械にヒノキ板をセットしていく。
少しパーマがかった長めの黒髪が邪魔だったのか、黒羽根さんはワシャワシャしながら耳に何度も髪をかける。
耳の軟骨には縦長のピアス、耳たぶには四角い石のピアスをしていた。どちらも黒い。
「相変わらず黒ばっかりだね」
何だか懐かしいような、笑えるような……
なんとも言えない気持ちになった。
「僕の羽根は何色? 黒でしょ? 黒が僕を好きなだけだよ」
そう言ってピアスが見えるように顔を傾けた。
こんな風に普通に話しているのが嬉しくて浮かれていたら、いきなり黒羽根さんが両手を鳴らしてビックリした。
「はい! このレバーを下に押してください!」
言われるがまま、鉄っぽい冷たいレバーを押すと固い……。
「もっと体重かけていいから」
そう言われて両手でレバーを押さえてみた。
「もう離していいよ」
レバーを離すと、黒羽根さんが固定していた板をはずして見せてくれた。
ひし形に置いた板。
その尖がっている辺りの側面を貫通させるはずだったのに、アタシの力が弱かったのか筒状の細い金具は貫通せず中途半端に刺さっていた。
「あらあら。これは残念だねぇ」と黒羽根さんは笑っていたけど
「これって誰かの何でしょ? どうしよ……」とアタシはパニックになっていた。
「これは練習用の素材だから大丈夫。僕だって最初から何でも作れるわけじゃないからね」
そう言いながら、黒羽根さんは作業台にあった小さな引き出しをノックした。
ノックが返ってくると、同じように鍵で引き出しを開けた。
中身は空っぽ。
その中に失敗した板を入れて一度閉めてから、またノック。
すると再びノックが返ってきて、鍵で開けるとツルツルの綺麗な板が出てきた。
「この素材はね、今みたいに引き出しに返してあげると元通りになっちゃうかっこいいやつなんだ」と黒羽根さんは自慢げに板を掲げた。
「すごーい!」
一緒になって大興奮していると――
突然、ノック音が聞こえた。
引き出しではなく、黒い扉からだった。
「おっ、またオーダーかな」
そう言いながら黒羽根さんが扉に向かった瞬間、目が覚めた。
不思議な場所。
不思議な引き出し。
不思議な黒羽根さん。
黒羽根さんの知らない一面を少しだけ知ることができた気がする。
そんなキャピキャピの夢でした。
別サイト初回掲載日:2011年 02月19日
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