フォローしませんか?
シェア
大河内健志
2020年5月23日 13:01
「佐々木殿、敗れたり」武蔵は、小次郎に向かって言い放った。本来であれば、目上の人に対して礼を失する発言であるが、小次郎 の心を乱すのには有効だと敢えて言った。もちろん、己を鼓舞する意味もある。しかし、その根底に流れているのは、小次郎の冷徹な行いに対する怒りである。小次郎は、冷静を保って、表情には何も現さなかった。しかし、内面は大きく揺れ動いた。何気なく取った行為が、武蔵に見透かされたことで
2020年5月13日 11:44
帰りの地下鉄は、混み合う。特に淀屋橋から梅田方面に行こうとすると、京阪の乗り換え等で降りる人より、乗り込む人の方が圧倒的に多い。充分に混んでいるところに、無理やり入り込まなくてはいけない。たまに、座れそうな席がある車両が来るが、それは、中津行きか新大阪行きである。降りる駅はその先である。乗り換えが面倒なのでそれには乗らない。いつも、先頭から2両目の2番目の出入り口に乗るようにしてい
2020年5月17日 23:45
父、無二斎より、小倉藩の権力争いのごたごたを収める意味も含めて、「佐々木小次郎」なる剣術師範と試合をしてくれと懇願された時も、さほど気にも留めていなかった。政治ににかかわる垢じみた剣術家など、いつものように一蹴してやればよいと思っていた。しかし、見てしまった。佐々木小次郎の使う剣を。その存在自体を見てしまった。それは、今までに見たことのない存在。自分の範疇の中に入らない存在
2020年5月16日 12:18
「こだわりを捨てよ」武蔵は、 自分に言い聞かせた。大地と一体化するのだ。自然の声を聴くのだ。運命は、すでに定まっている。全てに身をゆだねるのだ。降り注ぐ陽の光が、語り掛ける。雲の流れる音がする。波のささやきが、手に取るようにわかる。見よ。海面は、我が意のままになっているのではないか。いや、そうではない。分かるのだ。どんなに小さい海面の動きも、把握
2020年5月15日 14:24
武蔵は海を見ている。日の出から随分時間が経った。陽が昇って頭上近くになろうとしているのに、その間じっと海面を見つめている。光が交差して、宝石のように輝いて武蔵の顔に反射している。それでも武蔵の表情は変わらない。目を見開いたまま海面を見つめている。視線の先は、様々な曲面を描いて、絶えず揺れ動いている海面に向けられている。桟橋に腰をおろしたまま、用意されている小舟に乗ろうとしないのだ。
2020年5月20日 10:21
「恐ろしい」武蔵は、全身が強張って身動きが出来なくなってしまった。小次郎は、目の前で見た「つばめ返し」の技を私との試合に使うに違いない。彼は、私の太刀よりはるかに長い太刀で、遠い間合いから攻撃をしかけてくる。相手が、遠い距離から仕掛けてこられると、こちらでは、明らかに届かないと分かっていても、今までに経験したことのない長さの太刀であることが頭に刷り込まれているので体が勝手に反応して
2020年5月31日 23:46
一刀両断、斬り下ろす。むぅ、手応えがない。突進してきた武蔵が急に身体をのけ反らせ、砂の中に沈み込むようにしてかわした。一太刀で仕留めることが出来なかった。しかし、小次郎には、まだ心に余裕があった。武蔵は、小次郎の間合いに踏み込んで入っているが、彼が打ち込むことが出来る間合いには入っていないからだ。愛刀長光は三尺三寸、武蔵の木刀はせいぜい二尺五寸もあるまい。一足分の距離
2020年5月29日 11:56
武蔵は、目を閉じたままでいる。闇夜の中にいる。 力の限り、砂の上を走る。 小次郎の顔が段々と大きくなる。 燕返しの前触れである横に払う太刀の動きがない。小次郎の太刀は大上段、頭上のまま。 それでも走る。 目の前が小次郎の顔で一杯になった。 ハッ!頭上に、稲妻。 斬られる! 思わず目を閉じる。 思いっきり足を踏ん張る。砂の中に両足を打ち込むように、突き刺す。体が
2020年5月27日 09:43
小次郎は武蔵が自分の間合いに入る紙一重の時に、頭上に振りかぶっている長光を振り下ろした。一拍子といえども、ほんの僅かながら時間がかかる、突進してきている武蔵の速さであれば、切先が武蔵の頭上に達する時には間合いを一寸五分ほど超えており、充分に斬ることが出来る。 小次郎は充分に確信を持って斬り下ろした。切先は見事に、下げている武蔵の頭上を捉えた。あとは長光の思うがままに任せておけばよかった。いつ
2020年5月25日 07:30
二人の距離が、三間を切った。 ここまで入ると、小次郎の初太刀が来るはずだ。左から右にかけて顔の前を初太刀が横切る、あの燕返しの前触れが来る。しかし、それに惑わされてはいけない。間髪入れずに、次の太刀が来るからだ。初太刀に反応して、脇構えから木刀を上げてしまうと、右胴はがら空きになってしまう。そこを小次郎は、すかさず次の太刀で、難なく右胴に切り付ける。それ故、小次郎の初太刀には反応してはいけな