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おもひでボロボロ

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ボロは着てて心もボロ
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甲子園美容師

大学生の頃、近所の美容室に通っていた。

近かったから。近いから近所という。

ある日のカットでのこと。私を担当してくれている店長さんに髪を切ってもらった後、顔剃りの時間になった。ぐいーんと椅子が倒される。

「彼、甲子園出たことあるんですよ」

店長さんに紹介されて傍らに立ったのは、見慣れない若いスタッフ。ご存知のように、サロンではカットの担当と、顔剃りやシャンプーなどのオプションは担当が分かれ

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嘘をつかないための嘘

嘘をつかないための嘘

あれは小学校3年生の頃だったろうか。ある朝、兄と一緒に登校していると、唐突に、「お前、好きな女とかいるの?」と聞かれた。

言うまでもない。初恋が保育園児の頃だった僕はその後も毎年違う女の子を好きになっていたのだが、その時はツインテールが似合うKさんのことが好きだった。

しかし、いつの世も小学生男子には、恋愛は恥ずかしいものだ、という価値観がある。素直に認めることはできない。

しかし、「いない

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CORSAGE DEVANT

CORSAGE DEVANT

そのお店の名前を、今でもふと思い出す。

インターネットの検索窓に打ち込んでみるが、ヒットするものはない。

それならば、僕が記録するしかないだろう。

金沢で大学生をしていた1990年代末の、ある日のこと。購読していたファッション雑誌『FINEBOYS』をめくっていると、あまりにもカッコいいブーツが目に飛び込んできた。

「MIHARAYASUHIRO」

聞いたことがないデザイナーだ。

当時

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友達リクエストを削除

極めて低次元の話である。

私は学生時代の同級生からのfacebookの友達リクエストを削除したことが、二度だけある。メッセージを添えない、リクエストだけのリクエストだった。拒絶した理由は、彼らはただの元同級生で、友達ではなかったからである。

しかし、そもそもfacebookの「友達」など友達であるはずもない。例えば仕事で一度会っただけの人と「友達」になることもある。

私は彼らに何を見てリクエ

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プロレスでもやるか

私は総合格闘技があまり好きではない。と言うと、「すわ、お前プロレスファンか」という反応があるかもしれないが、その通りである。正確には「元プロレスファン」ではあるが、今回はそんなぼんやりとした思い出の話。

中学生の頃、全日本プロレスが好きだった。ハマったのは中1の時で、たまたま深夜に放送されていた『全日本プロレス中継』で見た永源遥の回転エビ固めに感動したからだ。

それまでの私のプロレスに対するイ

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世界は語られていないことで満ちている

毎日、次から次へとニュースが報じられる。

仰天するニュース、腹立たしいニュース、にやけてしまうニュース、涙があふれてしまうニュース、いろいろなものがある。

いろいろな感情を抱きつつも、一方で私は(ここで語られていないこともあるのだろう)と思いながらそれらのニュースを読む。

すわこいつは陰謀論者か、と思わないでほしい。陰謀論は楽しいので好きなのだが、私は歳を取り、そういうものを心から信じること

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じゃあ将来は

じゃあ将来は

高校生のある日の朝、私は家で取っていた地方新聞の4コマ漫画を読んでいた。サザエさんを薄めたような、サラリーマン家庭のほのぼの漫画である。

私はその漫画が好きではなく、いつもゴルゴ13のように眉一つ動かさず読んでいた。同級生のMはその漫画をとても面白いと言い、私はいつも首を傾げていた。本当に、1ミリも心が動かされない漫画だった。

その日の作品はこういうものだった。

1コマ目

 息子「ママー、

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よく考えた方がいい

大学生の頃、髪を染めていた。言うまでもなくモテたかったからである。

それで、実際のところモテたのかというと、言うまでもなくモテなかった。

親しくなった女の子がいなかったわけではない。しかし、彼女たちはみなアーパーギャルのような人たちだった。死語だ。

思わず侮蔑的な言葉を使ってしまったが、彼女たちは一様にいい人だった。ただ、ちょっとだけぶっ飛んでいた。「昨日、一日中ダンスしてたの」みたいな。そ

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クリスマスイブの東尋坊

それは大学生の頃のクリスマスイブのこと。

実家が何らかの仏教である、という敬虔な仏教徒であった私と友人Aは、クリスマス熱に浮かされた俗世を離れ、悟りの境地に至るべく、Aの車で旅立った。

目的地は、東尋坊。

(来世での)永遠の愛を誓う恋人達の聖地である。

明鏡止水、我々の心を映したような、いつものように澄み切った石川の曇天。

軽快に車を飛ばす。

Aが。

福井県に入ったあたりで雪がちらつ

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愛子ちゃん

小学校1年生のとき、僕は愛ちゃん(仮称)という女の子のことが好きだった。

そして、何をトチ狂ったのか、ある日「ぼくはあいちゃんがすきです」のような独白を連絡帳に書いてしまい、しかもなぜかそれが明るみに出てしまった。

情報漏洩のルートは担任か親か。仮にこれが戦国時代であれば愛ちゃんはたちまち人質に取られ、僕は傀儡政権、臥薪嘗胆の日々である。

しかし、ここで事態は予想外の展開を見せる。

同じク

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ケンタとカオリ

大学進学を控えたロスタイムのような、高校生の終わり頃。

ケンタ(仮名)は、「俺は来たるべき大学デビューに備えて練習をするんだ」といったようなことを語った。

相手はカオリ(仮名)。お互い好きでも何でもないが、同じ目的で利害が一致したのだという。

ピューリタンの非モテクラスタ、かつロマンティックラブの信奉者の私は、正直気持ち悪いな、と思った。

そして時々この話を思い出し、都度、気持ち悪くなる。

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子供の自己責任 ー私の高校受験ー

子供の自己責任 ー私の高校受験ー

最近、子供の自己責任について思うことがある。最初に言うと、答えはない。

これも人を傷つけない、ただの自分の思い出話だ。

私が生まれた地域は、保育園から中学校までは選択の余地がない。高校受験でこの町の子供達は、人生で初めて横並びが崩れる。

必然、思春期の心は動揺し、盗んだバイクで走り出す奴も出てくる。暗い夜の帳の中へ、覚え立ての煙草をふかす。

私はと言えば、単純に偏差値で身の丈に合っていた高

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上役のコート

昔々のことだ。

実家でまったりと朝御飯を食べていると、父親がやってきて、本をくれると言う。

それは『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ)、店頭でよく見かけていた本だ。

「高い本だ。1,900円する。厚くて内容はちょっとわかりにくいかもしれないが、世界で500万部売れているベストセラーだ」とか何とか言っている。

えっ?大丈夫なのか、この人。

1,900円程度の本が高いとか、俺、コロコ

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サンタウン汗だく事件

サンタウン汗だく事件

母が、「あなたに関して一番感動したエピソード」として、壊れたレコードのように何度も何度も持ち出す話がある。

一言で言えば、子供の頃、友達の家に遊びに行って帰りが遅くなった僕が、汗だくになって走って帰ってきたという、それだけの話だ。

終わってしまった。

中身がない話だが、それでも母が一番感動したエピソードだそうなので、ここに記録しておきたい。

それは確か小学校1、2年生の時のことで、と思うの

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