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ほぼ毎日エッセイ

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ほぼ毎日(と言いながら4日に1回)書いているエッセイです。ふと考えたことを勢いで書く。1000文字未満を努力する。
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2021年3月の記事一覧

ほぼ毎日エッセイDay17「死にたい夜に」

ほぼ毎日エッセイDay17「死にたい夜に」

今でも時々、あの頃を思い出す。順調に思われた2015年は徐々に悪化の一途をたどり、年を跨ぎ、春を迎える頃最悪を迎えていた。

どうして眠れないのかわからないくらい眠れない日があった。
みな寝静まっている。誰もこんな時間に連絡を寄越してくれないから、もちろんスマホも揺れるはずもない。時折、大きなトラックがアパートの前の道路を、息切れした老犬みたいに走り去っていくときだけ静かにベッドが振動した。
深夜

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ほぼ毎日エッセイDay16「僕がランチ時に思い出したこと」

ほぼ毎日エッセイDay16「僕がランチ時に思い出したこと」

先輩なら全然いいよ。
と、ファミレスで長い間手を繋いだことがある。どういう経緯で手を繋ぐことになったのかはちょっと思い出せない。向かい合って座る若い男女が手を握るその姿は、はたから見ても、恋人同士のふれあいというよりはむしろ拮抗した腕相撲の仕合みたいに見えたかもしれない。
夜の7時を過ぎたくらい。コートを着なくても夜道を歩けるくらいの気温。国道沿いで、車の出入りの難しいところに立地するファミレスだ

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ほぼ毎日エッセイDay15「マジおすすめだから、見て!」

ほぼ毎日エッセイDay15「マジおすすめだから、見て!」

人からおすすめをされることがあまり得意ではないんだな自分、と思う瞬間がこれまでにも何度かあった。どうして得意ではないんだろうと考えてみた。ひとつに、そういう素晴らしい作品との出会いは自分のなにかしら運命的な力によってもたらされたいという天邪鬼な理由があるんだと思う。朝、パンを咥えたまま街角でぶつかった相手が実は隣の席の転校生だとか、落とした書類を拾い集めていると、ふと指と指とが触れ合ってしまい、そ

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ほぼ毎日エッセイDay14「Off The Wall/第四の壁/宇宙の端っこ」

ほぼ毎日エッセイDay14「Off The Wall/第四の壁/宇宙の端っこ」

「結局、自分は物語の主人公にはなれへん」
線形代数学の教室の隅の方で友人は嘆いた。何かしら、クラスの方向性や雰囲気を担っている中心的なグループの方を見ながら。僕なんかは、結局それは主人公色の強い他人の物語に依存していて、あるいは自己愛の強い傲慢な生き方なんじゃないかと密かに思った。とは言え、彼は彼なりに努力はしていた。自ら中心的なグループに近づき、その一部になろうとし、そのグループの求心力を掴みと

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ほぼ毎日エッセイDay13「人生がミュージカルならば」

ほぼ毎日エッセイDay13「人生がミュージカルならば」

まな板の上でトマトを切っている時、自分が鼻唄を奏でていることに気づいた。これ、何のメロディだっけと思う。トマトを、へたを下にして切る。旬の野菜でもないから実が硬い。それでもしっかりと赤いエキスが白いまな板の上に流れた。メロディはまだ流れている。キュウリを薄く切り、レタスをむしり、ベーコンを炒め、チーズを剥がし、それらをまとめてパンに挟んでいる時にもメロディは流れていた。

ふんふっふふふん♪ さら

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ほぼ毎日エッセイDay12「ちいさな花を咲かそう」

故人の死化粧は美しく、手の触れられない位置にあった。こんなご時世だけど、さいごにお別れを言いたくて斎場に赴いた。悲しいと思うより先に涙が出て、淋しいと感じるより先に身体が震えた。何年も会っていなかったクラスメイトが入口に顔を出すと、手を少し挙げて、自分たちのところへ手招いた。次々とクラスメイトがやってきて、少しずつ僕らのかたまりは大きくなっていった。そういうかたまりが斎場の至る所であって、それぞれ

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ほぼ毎日エッセイDay11「写真立てと表面張力」

ほぼ毎日エッセイDay11「写真立てと表面張力」

写真をいつのまにか飾ることをやめてしまった。目の前に立ち塞がる世界や悩みは大抵いつも変わらないというのに、過ぎ去っていく時間の中で見た目も思考も随分と変わってしまった自分が、写真の中に窮屈にとらわれているのを見るのが辛いからだ。それでも、どういうわけか写真立てだけは、テレビの横に置いてある。剝き出しのコルクの背板が、形而上学的な問いを投げかけてきそうだ。

目の前で踏切が降りてきてカンカンカンと音

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ほぼ毎日エッセイDay10「七綻び八重紡ぎ」

ほぼ毎日エッセイDay10「七綻び八重紡ぎ」

人の悪口を言い続けた時期が僕にはあった。悪口や不平不満を唱え続けなければ、自分の輪郭を保てないんじゃないかと半ば本気で思っていた。「なぁ、そう思わないか?」と他人に同意を求め、「そうだな」と同意を得られれば、自分が正当性をもって認められた気がした。わるくない、と。輪郭を縁取る糸が、するりするりほどけて、ほころびが拡がってしまう。そうなる前にせっせと不格好に紡ぎ直す。

悪口は、よくどこか適当な掃き

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ほぼ毎日エッセイDay9「天気頭痛の子」

ほぼ毎日エッセイDay9「天気頭痛の子」

「何かに押し潰されそうな感覚があって、それに必死で抵抗しようとする圧力が頭の内側にもあるのよ。私は頼んでもいないのに。外側からも内側からも圧迫されて、私はその真ん中の薄い膜みたいなところでしか呼吸ができない。そういうのが天気が悪い間ずっと続くんだよ」

その日初めて会った僕らは、品川方面へ向かうりんかい線の車両の中にいた。動体視力を試すといった感じで、窓の外の駅看板の文字が引き伸ばされたり、押し潰

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