見出し画像

「自分のものさし」がない私は、「自転車乗り」をめざすことにした。

ドイツ生活を始めて、1年が過ぎた。

「 海外生活 」というものにずっと憧れがあった私にとって、ドイツで生活できるというのはとても貴重な機会だと思っていたし、今でも思っている。
自分の努力で得た機会でもないから「『棚ぼた』だった!」という感覚も変わらない。苦労を相殺しても、まだまだラッキーが勝っている。

でも、こちらで1年暮らして思うのは「海外生活って思ったより普通……」ということだったりする。

「なに、ドラマとか映画のイメージで行っちゃったの? プププ…」とお思いの方もいるだろう。正直に手をあげなさい、怒らないから。

手をあげてくださった人には悪いが、残念ながら私もそこまで夢見がちじゃない。
だから海外ドラマや映画のように「外国の素敵な街へ行けば、自分の感性などが磨かれて素敵に変化したり成功したりしちゃう」とまでは思っていなかった。
あれはフィクションで、実在の人物や団体などとは関係がないって書いてありますもん。


けれど、けれどね!?


海外に行けば何かに刺激を受けて、自分が変わるんじゃないかと思っている人は少なからずいると思う。
外国で自分探しの旅をする人もいるし、真実の愛を探す旅をしていた人たちのテレビ番組もあったし。
そういうのを面白く見ていたということは、実際に行くことはなくても、海外にそういうイメージを持つ人がいるんじゃないかなぁと思う。

たぶん私も、そんな人の一人だった。
だから私も、少しだけ自分が変化することを期待していた。
いや、恥を忍んで話すと、かなり期待していたんだと思う。
不安もあったけれど「これはスゴイものを手に入れるための代償だ」くらいに思っていたかもしれない。

アラフォーにもなって……と自分でも思うけれど、きっと一生こんな感じの「 夢見がち人間 」なのでご容赦いただきたい。

1年以上住んだ実感としては、
海外に出ることで自分を変化や進化させる「 チャンス 」はある。
日本にいたらなかなか手にできないチャンスも、たくさんある。

でも、それをモノにして達成したり成功できるかは、日本と同じように「運」と「本人の努力」次第なのだ。

言語や文化の壁を乗り越えることが必須だから、タフな精神は嫌でも身につく。とはいえ、いるだけで経験値が10倍になるみたいな、超進化チャンスはそう起きない。
海を渡ったとはいえ、外国は日本と同じ地球上なのだから。

ガッカリだよな……わかるよ

とはいえ経験値の獲得ペースとしては、日本で暮らすのに比べて、2~3割増くらいにはなっている感じがある。
こっちに来てものすごい勉強するようになったし、自分の頭で考える機会が圧倒的に増えた。
文化の違いを受け止めるには、それなりに知識が必要なのだ。

とくに来て半年くらいは、その国での暮らし方に体を慣らさないといけない。食生活に順応することも大事で、ここで体調を崩す人も多い。
そんななかビザなどの公的な手続きもあるから、助けてくれる人がいたとしても、てんてこ舞いがむしろ普通。
日本の公的機関やそこで働く人に心から感謝しようと思う機会に恵まれるはずだ。

緊張した日々、疲れて倒れる、予想外のことの連続で不安&イライラ、日本の行政と役所の人に感謝、ここまでがセット。
もしこれから海外で暮らす方がいるなら、そう思っておいたほうがいい。

どんなに事前準備をしても、思い通りにはならない。
もし思い通りになったのなら、超ラッキーな星の下に生まれている。大いに誇ったほうがいい、たぶん。

そう言いたくなるような海外生活のスタートアップをなんとか乗り越え、私の身に起きたのは、「自分を見失う」ということだった。


散々じゃん、私。


でも大丈夫、大分乗り越えたから。
そしてみなさんが同じことになっても、きっと乗り越えられるから。

今回はそんな私がどうして自分を見失い、どうやって自分を取り戻したかを書いていこうと思う。


嫌気がさす日本からの脱出

ドイツへ出発する前、私は日本の「世間」というものに嫌気がさしていた。

日本の「世間」は「みんな同じ」を求める。
目立ったことをすれば、それが良いことでもケチを付ける人がいるし、悪いことをして批判していい人だと判定されれば、あらゆる方法で容赦なくその人を追い詰める。
やんわりと定められた枠のなかで目立たないように生活しないと、自分も標的になりかねない。

私は意識していないとすぐに枠からはみ出してしまう人間だから、そうならないように生きるだけで神経を使う。
こんなことに神経をすり減らすのは不本意だけど、はみ出て世間の敵に回るのも面倒だ。
下手すると社会的に追放されて、まともな生活ができなくなる可能性すらある。そんなリスクは誰だって取りたくない。
だから私に限らずかなり多くの人が仕方なく足並みを揃え、好きに動く自由を奪われ続けているのだと思う。

きっとそういうことに都度突っかからず、「そういうもの」と割り切って、ちょうどよく生きることが「大人」なのだろう。
それができる人が本当に羨ましいし、何度もそうなれないかと試行錯誤した。

でも私には、アラフォーになってもそんな大人に進化できる兆候はなかった。
ポケモンみたいに、年齢レベルのほかに進化用アイテムが必要なのだろうか。あるなら教えてほしい、1万円までなら出す。

そんなことを考えてしまうくらいには、自分がぜんぜん納得いく感じにならない。
人生も、人間性も。
いつもどこかにぶつかって、凹んでいる。

正直、うんざりだった。
無意味に同調を強要するような世間にも、35年以上いてもそこで上手くやれない自分にも。人並みに生活ができていても、ずっと息苦しかった。

そんな毎日を過ごしていたある日、「夫からこういう話が来てるんだけど、どう思う?」と聞かれた。
それは夫がドイツで働くというもの。
私は「二つ返事」ならぬ「脊髄反射返事」で「いいじゃん!!」と言い、夫を驚かせた。

出発前日に食べた寿司

この息苦しい日本から抜け出せる!
不安なこともあるけど、ここにいるよりは絶対にマシ!
これを機に人生を変えよう!

そんな気持ちだったと思う。
昔から海外生活に憧れがあったから、とにかくテンションがあがった。

日本を出ることで起きる、人生と自分の変化に期待していた。
日本の外にさえでてしまえば、何かが見つかり、何かが変わることを信じて疑わなかった。

今思うと、そうなる根拠は何もない。完全にイメージだ。
勢いってすごい、怖い。

ドイツ生活で「自分」を見失う

しかし実際に海外で暮らし始めると、予想外のことが起きた。
ドイツに来て3ヶ月が過ぎ、ドイツでの暮らし方がなんとなくわかってきた頃だった。

来て早々のトラブルも落ち着き、やっと生活が整って自由な時間が作れるようになってきたので、出発前から考えていた「やりたいこと」を紙に書き出してみることにした。
すると、2年では到底終わらない量のやりたいことが出てきた。
なんとも欲張りさんだ。

生活に必要なドイツ語や英語の勉強、読書、キャリアアップのための勉強や準備、出発前に打診を受けていた仕事をドイツで引き受ける準備など。ほかのこまごまとしたのも含めるとかなりある。

でもドイツにいられるのは2年。
本当にやりたいことだけに絞って、優先順位を付けてコツコツと積み上げていこう。
そう決めたところまでは良かったのだけれど、どうもその先が決まらない。
優先順位を決めて始めても、ほかのことのほうが重要なんじゃないかと思ってしまう。
仕方ないから作戦を変更して別を始めると、やっぱりほかのことが気になる。そんなことの繰り返しで、全然集中できず、不安と焦りだけが積み上がっていった。

この頃出会ったなんともいえない感性の置き時計

ドイツには私が何をしようととやかく言う人はいない。
ドイツには他人を監視し詮索する習慣があまりないから、本当に自由なのだ。
近所には気温が20度以上あると、ベランダでパンイチ姿でタバコを吸うおじさんがいるのだけれど、みんな特に気にしない。
ベランダで下半身が隠れるから、履いているかすらわからない状態で話しかけられたりするのだけれど、それでもみんな気にしない。

そんな環境だから(?)、自分の好きにすればいい。それはわかっている。何か始めないと、何も変わらない。やってみないとわからない。
そんなこと分かっているのに、集中して続けることができなかった。

こうやってうだうだしているうちに、貴重な時間が失われている。
何もせず失われているのが一番の損だ。なのに行動には移せず、イライラした。もっと自分を持ってちゃんと取り組まなければ、と思った。


でも、ふと気づいた。
「そもそも『自分』ってなんだっけ?」
自分はどんな人で、どうなりたいと思ってるのか。
あれ、思えばちゃんと決まってなくない?


「何に時間を使うか」は、自分がどうなりたいかをはっきりさせないと決められない。
「自分がどうなりたいか」は、自分がどういう人で、何ができるのかによって、やることも使う時間も違ってくるだろう。
「自分がどういう人で、何ができるかは」というのは、つまり「 自分 」だ。
つまり私には今、自分の中心にあるはずの「 自分 」がない。


あれ、「 自分 」どこ行った?
「 誰だ盗んだやつは!! 」と思いたいところだけど、そんな人はいない。
だってドイツでほとんどボッチだからさ! HAHAHA!

……なんか悲しくなってきたので、ちゃんと書こう。
多分私は「 自分 」を、ドイツに来たタイミングで失っている。失ったのに気づいたのが、その時だったのだと思う。
そう考えると、今まで持っていた「自分」が何かしらの理由で薄まって見えなくなってしまった、そもそもちゃんとした「 自分 」を持っていなかったか。理由はどちらかか、その両方だと思った。

昔から「自分探し」のために海外へ行く人がいる。
だから海外は自分が見つかる場所だとばかり思っていて、私は自分をしっかり持っていると思っていたから、まさか自分を失うことになるとは思っていなかったのだ。まじか、と思った。緊急事態である。

とりあえず、自分が「自分を見失ったアラフォー」ということだけはわかっっている。字面が強すぎるし恥ずかしさもあるけれど、まずは受け止めるしかない。

そしてそうなった原因を探る前に、「自分」がある状態に戻りたい。
まだドイツに来たばかりだったけれど、ドイツの人たちの自我の強さはすでに味わっていたから、何かヒントを得よう。

そういうわけで、まずは「自分を知る・見つける」ということにフォーカスするようになったのだった。

「自分」を知るためにやったこと


自分を知るために、私は主に3つを意識してやるようにした。

①定期的に書いて自分を観察

ドイツ暮らしの思い出と自分の観察を兼ねて、noteを活用した。
それが「文字のアルバム」計画だったりする。
忙しさやテンションに関係なく文字は書くけるので、自分を定点観察するつもりではじめた。

後で読み返すと「こんなこと考えてたんだ!?」と思うこともあって、自分が俯瞰で見られるのも良かった。
私のnoteは敬語とタメ口がまざっているし、テンションも波があるけれど、そのまま出しているのは自分観察用だったりする。

②モヤモヤしそうな情報を遮断

当時の私はSNSでバズっている話題や総合ニュースサイトのどうでもいいニュースタイトルでも嫌な気持ちになったり、モヤモヤしてしまうことが多かったから、一旦そういうものを遮断するようにした。

ニュースはできるだけ事実のみが書かれたものを読むようにして、他人の意見が強く込められたものや、読者を扇動しようとするものから距離をおいた。

記事を書いている人がいる以上、見え方の操作は絶対にあるし、情報から他人の感情を100%抜くことは不可能だ。
でもより濃く出ている情報をカットするだけで、めちゃくちゃ心が落ち着いたし、時間を無駄にしなくなったと思う。

③本当に好きなものを見つける

これもよくよく考えて気づいたことなのだけれど。
昨今、自分の「 趣味 」や「好きなもの」を選ぶ基準に、映えるかとか羨ましがられるかなど、他人に承認されるかがかなり含まれている気がしている。

他者からの羨ましがられることで満足感を得る趣味も昔からある。そういう基準で好きなものを選んで、自分をブランディングすることも否定しない。それもその人の生き方だ。
私も少なからず似たことをやっているはずだ。

おもしろいものを撮るの、好き!

けれど「本当に好きなもの」は、自分がそれで幸せな気持ちになれるかにある。他人に認められるかは必ずしも関係ない。

だから私は、誰にも伝えなくても楽しい、やってるだけで幸せ、と思えるものを探すことにした。

今あてはまりそうなのは、走ること、書くこと、読むこと、食べること、知らないことを知ること。
映画・演劇も好きだけれど、ドイツに来てから触れる機会が減ったので、保留中だ。

今まで何気なくやってきた趣味をシビアに見極めながら、自分のご機嫌が取れる「趣味」を大事にしていこうと思っている。

「自分」を強くするためにやったこと

私はドイツに来て自分を見失った。
だから、今度はしっかりとした丈夫な自分を作ろう!と決めた。
自分を見つける作業は随時やっているから、次見つかった自分がまた失くなってしまわないように、強固にする必要があると思った。

崩れない壁を作ったりとか、丈夫な基礎を作ったりとか。
中心ですべてを支える柱も欠かせない。
これだけ聞くと「城でも建てるの?」と思われそうだけれど、感覚はそれに近いかもしれない。「 自分 」の築城だ。

しっかりとした「 自分 」を作るのに参考になると思ったのは、近所にいるドイツに住む人たちや、旅先にいるヨーロッパの人たちだ。
彼らの自我と「自分のことは自分で決める」という意志は日本に住む人達の比じゃない。
そういう人たちを見ながら、参考になったことをやってみることにした。

私が意識的にやるようになったのは、「普段から自分の考えを決めておく」ということだった。

ドイツは日本ほど「察し」の文化がない。
だからどんなシチュエーションにおいても、「~してほしい」と言わないと相手が動くことはほとんどない。

日本のコンビニで肉まんとアイスを買ったとしよう。
おそらく店員さんは、袋が必要かと2つをまとめて入れていいかを聞いてくるんじゃないだろうか?
もしそれを尋ねずに入れたら、確実に怒る人がいる。
たぶん「気遣いがなってない」とか「少し考えればわかるだろう」とか言う。
この「相手に考えさせる」のも、相手に「察し」を求めているのとほぼ変わらない。

日本では「察し」が浸透しすぎていて、接客の基本とすら思っている気がする。
でもドイツは、高級店などに行けば別だけれど、一般的なお店では「察し」が基本サービスにあまり含まれていない。
だから自分にとって嫌なことは、自分で言って避けないといけないし、自分のイメージする理想的な状態をリクエストしないといけない。

日本には「みなまで言うな」という言葉があるけど、ドイツは「みなまで言え」の文化なのだ。他のヨーロッパの国へ行ってもだいたい同じ気がする。

「みなまで言う」ということは、相手の「察し」頼らず、リクエストできるようにすべて自分で考えるということになる。

ドイツや旅先ではその機会が多いから、そういう意志から自分のスタンスや考え方を理解する。
意志には自分が出るから、そこから自分の理想や自分自身を知り固めてていった。


それを繰り返していると、なんでも1から考えて決めるのは大変だから、自分の定番やルールを決めてしまうと楽だということもわかった。

以前読んだ本のなかで、自分のファッションの定番スタイルやルールを決めることで、着ない服を買わないようにする方法が紹介されていた。感覚的には、これと似ている。
定番やルールを決めておくことで、考える時間を省き、失敗を防ぐ。

自分を「知る」とか「固める」というと仰々しいけれど、「自分の定番を決める」というと途端に普通な感じがするから不思議だ。
そんな気軽さがあってもいいかもと思った。

最近の定番、旅先でラーメン


どうして私は「 自分 」を失ったのか

ドイツへ来て3ヶ月ほどで自分を失い、試行錯誤をしながら、ドイツやヨーロッパの環境のなかで自分を作り直してきた。

そして今年の春先、やっと自分でもだいたいできてきたかな、という感じがしている。
引き続き自分を見つめながら、「どうして私は『自分』を失ったか」を考えるようになった。

自分なりに仮説を立てながら、本やポッドキャストなど色々なところから知識を集めて組み合わせ、最近やっとそれらしい答えが出てきた。
それは「世間への依存」だ。

最初に、私は世間に嫌気がさしていたことを書いたのだけれど、実際にはかなり依存していたのだと思う。
正確には、「世間を嫌う」というところに自分を築いていたから、日本を出て日本の世間から距離をおいた途端、対立するものがないから逆張りもできず、自分を維持できなくなった。

かなり皮肉な話だけれど、それが今自分が一番納得できる答えになっている。


そもそも「 世間 」とはなんなのか?

人が集まり、生活している場。自分がそこで日常生活を送っている社会。世の中。また、そこにいる人々。

コトバンクより

大体の辞書にはこんな感じで書いてあるのだけれど、あるポッドキャストでは「 世間 」を「人の名誉や評判を評価する想像上の空間のことである」と話していた。
この言葉は本からの引用らしいけれど、私はとても的確だなと思う。

何もかもが自由な世界を、一定のサイズにざっくりと区切って仮の空間みたいなものを作る。
そしてその空間を共有する人たちのなかで、価値観や倫理観など、生き方の正解を定めた指針のような「基準ものさし」ができあがる。
その「 ものさし 」を共有して、ある程度同じ方向を向いている人とその人たちがいる空間を「 世間 」という気がしている。

国とか国民性とか、ムラ社会などにも近いイメージがある。
けれど世間には国境ほど明確な空間の区切りも、法律のような明確な禁止事項と処罰もない。
空間を共有する人数が多いから、ムラ社会ほど極端なルールは少ない傾向があるけれど、その分ルールを破ると同じ「ものさし」を共有している多くの人から白い目で見られる。
あと、世間の基準は、法律よりも変化が激しいのも特徴かもしれない。

世間の感覚を共有するメリットは、「評価基準ものさし」を共有しているから、ある程度結束でき、仲間の心理的安全性があがることだ。
だから世間の中にいる人は、結束と安心のために「ものさし」を使って自分や周りを見るようになる。

その世間にいて「ものさし」を使っていれば、「ものさし」によって厳選された、「無難な選択」が自分であまり考えずにできるのも利点だと思う。
「無難」ということは、70点くらいの満足度ということなのだけれど、「自分で考えない」「簡単にできる」というのがものすごく大事なメリットだ。

さっき少し書いたけれど、常に「自分の考え」とか「自分の意思」を1から決めて作り上げるのは、ものすごい時間と精神力を使う。
けれど、世間の持つ「 ものさし 」を利用すると、時間も精神力も半分以下で済む。

多少自分にマッチしていなくても、手間が省けるなら「自分のものさし」じゃなく「世間のものさし」を使うことを選ぶ人もいるだろうし、世間の中で生きているならむしろそっちのほうが、世間の枠からはみ出る可能性も低い。

今はネットやSNSが普及しているのもあって、一度はみ出るとあっという間に日本中の世間に属する人に知れ渡り、下手すると叩かれて精神的にも社会的に追い込まれる。
そんな世間の中では「自分のものさし」を持つことのほうが、リスクになりかねないのだ。

そんななかあえて「自分のものさし」持って維持しようとするのは、東京の中心でマイカーを所有する感覚に近いかもしれない。
自分の好きなタイミングで好きな場所に行けるし、ちょっと自慢もできるかもしれないけれど、お金と維持する手間がかかる。

「世間のものさし」は 「電車」

それでいうと「 世間のものさし 」は「 電車 」に近いのだと思う。
乗り換えたり、決められた時刻に決められた駅にいないといけない。
自分の望む時間や場所までちょうどよく連れて行ってくれるとは限らないけれど、車より安くて運転技術もいらず、乗るだけで簡単に移動できる。

だから私がしていたのは、電車の不便なところやときどき起きるトラブルにケチを付けるけど、「もういい、車買う!」とはならず電車に乗り続ける人みたいな感じだったのだと思う。

電車の便利さを当然だと思い、悪いところだけに文句を言う人。
今思うと、私はものを見る視点や視野が狭かったんだと思う。

電車にケチを付けイライラしながら乗るのが「自分」という良くわからないところにアイデンティティを確立していたから、電車が乗れない環境に来たときに、自分も見失うし、どうやって目的地へたどり着けばいいのかもわからなくなってしまったのだ。

電車使えないとなると、車、自転車、歩き、電動キックボードとか色々ある移動手段を、自分の持ち時間や金銭状況、体力や技術や人脈などを加味して選ばないといけない。
それを考えているうちに、自分が思ったより遠い目的地を設定していたことにも気づいてしまって、「なんでここに行きたかったんだっけ?」と悩み始める。

たどり着くまでに使う時間や労力が違うから、「行く理由」がはっきりしていないと、不安になってしまうのだ。
結果、私はドイツで暗黒のような時間を過ごすことになった。
シンプルな「井の中の蛙大海を知らず」案件だった。反省である。


私は「自転車乗り」を目指す。

私はドイツ生活をしながら、自分を着実に再構築している。
以前よりも大分「 自分のものさし 」ができあがってきているし、以前よりもぐらつくことが無くなった。
何か魅力的なチャンスのようなものが見えても「私は今、これをやっているから」と後回しができるようになった。
自分の中では大成長だ。

そんな私が今目指しているのは「 柔らかい自分のものさし 」を持つということだったりする。
何がぶつかってきても折れない「 強固なものさし 」を持つのは、日本だとカリスマっぽくなれそうだし、それはそれでいいと思う。
でも、これだけ変化の激しい世の中で生きていくのなら、変化に合わせて調整しやすいもののほうがいいと私は思う。

ドイツでも日本でも、本当に強く余裕のある人は人当たりが柔らかく、相手に心地良さを与えてくれる人が多い。
私も、そういう人でありたいと思うのだ。

この感覚を乗り物で例えるなら「自転車」だと思う。
折りたたんで電車に乗せられる自転車だ。

電車世間は便利だし社会の協調性の要でもあるから、うまく付き合っていきたい。
けれどすべて電車に頼らず、ときどき自転車を使って寄り道する。ときには気分で自転車で全部移動したりもする。
急ぐときは自転車を畳んで、電車に乗る。そしてちょうどいい場所まで行って、そこから自転車で目的地まで行く。

そんな自分に合わせて、自転車と電車を使い分けられる人でいたいと思うのだ。
マイカーを持つほどコストがかからず、歩くよりはそこそこ速いし遠くまで行ける。そんなゆるいバランスが、私にはちょうどいい。


最後に

この1年で、出発前に想像していたような成長ができたかと言われると、まったくできていない。
言語力も予定よりも上がっていないし、キャリアアップのための何かがものすごいできているかと言われると、そんなこともまったくない。なんなら、最近やっと着手できたかな……くらいの感覚だ。

そういう外から見えるところがほぼ変わっていないから、「ドイツで何をしてたの?」と思われることもあると思う。

でも私の中身は確実に変わっている。
自分の内側の密度みたいなものが確実に上がっているし、見えるものも見え方も変わってきた感覚を味わえている。
そういう意味では、出発前に感じていた「自分を変えよう」という目標は達成しているのかもしれない。

あとはそれが、自分の人生にどう影響を与えるかだ。
これはこの先のドイツ生活で感じられるのか、日本に帰ってから感じられるのかはわからない。もしかしたら10年以上先かもしれない。なんなら起きないかも。
けれどそんなわからなさすらも楽しみたい。
あと1年がどうなろうと、私の人生はその先も続くのだ。

あと、私は日本ではロードバイク乗りだった。
心身ともに自転車乗りとなると、多少爆走することもあるだろう。というか、絶対する。
けれど、引き続き見守っていただけたら幸いだ。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

サポートしていただくと、たぶん食べ物の記事が増えます。もぐもぐ。