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連続ブログ小説「南無さん」

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あなたが深淵を覗くとき、深淵もまたあなたを覗いている。
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2016年3月の記事一覧

連続ブログ小説「南無さん」第八話

 平生から長らく近所の公園で用を足していた南無さんが、官憲の手によってそのところを追放されて久しい。

 いかに用を足し習わしたかわやが無くなったとはいえ、往来で放尿することの不届きさを奇跡的に解していた南無さんは、そのころから致し方なく自邸の垣根へ用を足し続けていた。

 黄金色の打ち水は今日も垣根のシキミを濡らし、葉は水を弾いて玉の輝きを放っていた。ようようと登り始めた朝日に、飛沫がキラキラと

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連続ブログ小説「南無さん」第七話

時は平成、世は太平。

アスファルトは熱射を照り返し、南国もかくやとばかりに往来人の肌を焼く。

さながら地獄の様相で沸き立つ陽炎の奥、ビルの影から一糸とまとわぬその身をゆらりぬるりと現したるは、南無さんである。夏なので時流に合わせ、クールビズだ。

さて、かような日照りに半袖を選ぶ人間が多い中、なんの故にか暑苦しく胸元を締め、そのうえ上着まで羽織った黒装束の若者の姿を、さきほどから南無さんは目に

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連続ブログ小説「南無さん」第六話

ついに渾身の我を世に晒す時がやってきたようだ。南無さんは回覧板の文字を見てそう解釈した。

そこに書かれていたのは英語らしかったが、なにぶん南無さんは義務教育を放逐された身である。横文字が読めなくて当然だ。南無さんの識字はサンスクリットで止まっていた。

どうにかヘボン式で読むことはできたが、南無さんにはどうにも聞いたことのない言葉だったので、より近い自らの理解が及ぶ言葉に変換することにした。

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