((記述) 言語学の) 卒業論文の書き方〜おすすめの本編〜
「(記述) 言語学の卒業論文の書き方」という一連の記事では、主に言語学を学ぶみなさんむけに卒業論文の書き方を紹介しています。
題名の通り、基本的には (記述) 言語学の卒業論文を書きたい人にむけた話ですが、もしかしたらそれ以外の分野の人にも役に立つかもしれません。
特に、今回の記事では、論文を書く際に参考にしたい論文の書き方に関する本をいくつか紹介します。
内容としては言語学以外の分野にも当てはまると思うので「(記述) 言語学の」を今回は ( ) に入れています。
どの本も実際に指導学生に読んでもらっている本なので、ぜひみなさんも読んでみてください。
卒業論文を書く前に読んでおきたい本がある
「(記述) 言語学の卒業論文の書き方」シリーズですでに取り上げた通り、東京大学文学部言語学研究室において、私の指導のもと卒業論文を書く学生には、8月9月に論文の書き方に関する本を読んでもらうようにしています。
もちろん、8月9月には、自分の研究課題について文献を読んだり実際にデータを収集したりすることもしてもらっています。
しかし、いい論文を書くためには、いい研究をすることは当然として、論文の書き方も知る必要があります。
というのも、論文の書き方にはルールがあるからです。
そのルールをここで紹介する本を通して学んでもらうのです。
どういう本を読んでいるのか
私が卒業論文に取り組む学生に夏休みの間に読んでもらっている本には、大きくいうと、
論文とはどういうものかを知る本
論理的思考力を身につける本
文章の書き方がわかる本
の3つのジャンルがあります。
それぞれのジャンルの本から好きな本を1冊ずつ読んでもらうようにしています。
この3つのジャンルを読んでもらう理由は大きく二つあります。
第一に、論文とは何かに関する知識、論理的思考力、文章の書き方は、卒論の執筆に必須なものだからです。
専門である言語学の知識については、大学の授業に出ればある程度勉強できますし、論文や専門書を読めば卒業論文研究に必要な知識の相当な部分はカバーできるでしょう。
しかし、論文の書き方だけは、ここで紹介するような論文の書き方の本を読んで、実際に取り組んでみる以外に身につける方法がありません。
第二に、論文とは何かに関する知識、論理的思考力、文章の書き方は、卒業してから社会を生き抜く上でも必須の能力だからです。
論文を書く能力、つまり、あるテーマについて問いをたて、証拠に基づいて分析を提案する能力は、極めて汎用性の高い能力です。
この能力は、研究の道を志す人はもちろん、21世紀を生きるナレッジワーカーにも欠かすことはできません。
卒業論文はその能力を身につけるまたとないチャンスです。
一方で、文献の収集方法や調査方法などが詳しく書いてある本はあまり読んでもらうようにはしていません。
書いてある情報が既に古くあまり参考にならなかったり、分野が違うと全く使えない情報であったりするためです。
研究の世界では、データ収集方法や文献の検索方法は日々変化しており、紙になった時点で既に時代遅れという側面は否めません。(今や、研究に限らず、どの世界でもそうでしょう。)
個々の学生の事情も異なるので、文献収集方法や調査方法については、卒業論文ゼミを通して、個別に教員 (= 私) が解説・フォローすることにしています。
というわけで、以下では3つのジャンルから、おすすめの本をいくつか紹介します。
読みたい本 (1): 論文とはどういうものかを知る
最初に紹介するのは、そもそも論文とは何だろう? 研究とは何だろう? そのようなことを知るための本です。
このジャンルからは以下の2冊の本がおすすめです。
戸田山和久 (2022) 『最新版 論文の教室: レポートから卒論まで』 東京: NHK出版.
山口裕之 (2013) 『コピペと言われないレポートの書き方教室: 3つのステップ』 東京: 新曜社.
あまりに基本的だと思うかもしれませんが、読めば読むほど味がある本です。
既に論文を書いたことのある大学院生や研究に興味のある社会人の方が読んでも十分に学ぶところがあると思います。
『論文の教室』
説明不要の本ですね。定番中の定番です。とりあえず読んでください。
私も学部生のときに読んで以来、何度か読みました。とてもよい本だと思います。
『コピペと言われないレポートの書き方教室』
レポートの書き方に関する本ですが、きちんとした引用をする技術を身につけながら、論文を書くことのエッセンスを学ぶことができます。
ページ数が少ないのですぐに読むことができます。
私は大学教員になってから読みましたが、論文を書くことの社会的意義についてとても勉強になりました。
読みたい本 (2): 論理的思考力を身につける
論文を書くには、論理的思考力が欠かせません。
このような能力は高校までの勉強や大学の教養課程・専門課程での勉強を通して徐々に養われるものだと思いますが、卒業論文を書こうというこの時期にもう一度体系的に勉強することも大変有効です。
このジャンルにはたくさんの本があります。
たとえば、以下のような本があります。
伊勢田哲治 (2005) 『哲学思考トレーニング』 東京: 筑摩書房.
植原亮 (2020) 『思考力改善ドリル: 批判的思考から科学的思考へ』 東京: 勁草書房.
篠澤和久, 松浦明宏, 信太光郎 & 文景楠 (2020) 『はじめての論理学: 伝わるロジカル・ライティング入門 (有斐閣ストゥディア)』 東京: 有斐閣.
戸田山和久 (2020) 『思考の教室: じょうずに考えるレッスン』 東京: NHK出版.
福澤一吉 (2018) 『新版 議論のレッスン』 東京: NHK出版.
野矢茂樹 (2006) 『新版 論理トレーニング (哲学教科書シリーズ)』 東京: 産業図書.
どれもおすすめなのですが、そのなかでも私が最近おすすめしているのが、以下の2冊です。
『はじめての論理学: 伝わるロジカル・ライティング入門』
本書は論理学の入門書と銘打っており、実際に終わりの方で記号論理の導入もありますが、大部分は論理的に文章を読み書きする技法について解説した本です。
接続表現の使い方、論文の仕組み、パラグラフの構成、論証や反論の方法など、論文を書くうえで身につけるべきスキルがまんべんなく議論されています。
細かくチャプターごとに分かれており読みやすいです。図表やコラム、演習問題も充実しています。
『思考の教室: じょうずに考えるレッスン』
こちらの本はジャンル (1) でも紹介した戸田山和久先生の本です。
「じょうずに考える」ということがどういうことなのか、なぜ大事なのか、それを妨げるものは何か、そして、それができるようになるにはどうすればいいのか。そういう内容をわかりやすく教えてくれる本です。
練習問題がたくさんついているので、それに取り組みながら勉強してください。
読みたい本 (3): 文章の書き方がわかる
これからの時代はわかりやすい文章を書けるかどうかが人間の最重要のスキルのひとつになっていくと思います。
このような能力は論文を通してしか養われないというわけではありませんが、論文を書くことで大きく伸びるスキルです。
そのようなスキルを勉強する本はたくさんあり、ジャンル (2) で紹介した本でもかなり勉強できますし、さらに個人的な趣味の問題もあります。
そんなかで、私が個人的におすすめしているのが次の本です。
結城浩 (2013) 『数学文章作法 基礎編』 東京: 筑摩書房.
結城浩 (2014) 『数学文章作法 推敲編』 東京: 筑摩書房.
『数学文章作法』
「数学」という単語がタイトルに入っているだけあって、数式まじりの文章が念頭に置かれていますが、文章の書き方・読み方全般に役に立つ本です。
言語学の論文では、例文や図表、時に数式を用いるので、この本の内容がすぐに活かせると思います。
全くの個人的な意見ですが、私は言語学の論文もここで推奨されている作法に則って書くべきだと思っています。
卒業論文で「あの授業」を活かす
ここまで卒業論文を書く際に読んでほしい本を紹介してきました。
そのリストを見て気付かれた方もいらっしゃるかと思いますが、実はここまで紹介した文献は、ほとんどが大学1年生の時に論文の書き方の授業で紹介されるような文献ばかりでした。
大学によって「基礎演習」とか「初年次ゼミ」のような名前で呼ばれている、あの授業です。
そんなことをいうと、「学部4年生なのに、学部1年生が読むような本を読まないといけないのか」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
おっしゃることはわかります。
しかし、それでも私がこれらの本を東京大学の4年生に読んでもらうのは、あの授業で習った論文の書き方を使い、実践する場こそ卒業論文だからです。
卒業論文を書くにあたり、論文の書き方について復習しようというわけです。
ぜひ、今、卒業論文を書いているみなさんは (書いていないみなさんも)、今回おすすめした本を読んで、論文とは何かに関する知識、論理的思考力、文章の書き方を身につけてください。
きっと今後の人生で役に立つはずです。