【書評】母という呪縛 娘という牢獄(齊藤彩・著)
母という呪縛 娘という牢獄(齊藤彩・著)
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平成30年(2018年)に発生した、滋賀医科大学生母親殺害事件。30代の娘が実の母親を殺害し、河川敷に死体を遺棄。
この母親の過干渉、過度な束縛により、国立大医学部への進学を強要された娘は、なんと9浪を経験する。
結局医学部は断念して看護学科へ進学し、看護師の道を歩んだ娘。しかし……
母子の関係は実に濃密に見える一方、幼い頃に父親を別居させ、母親しか視野に入らない状況をつくりあげてしまい、娘にとっては逃げ場がない状態が何年も続いてきたことが明らかになってくる。
親の深い愛情は、時として残酷に子供を傷つけ、狂わせる。
人の親になったこの僕がいつも自戒するのは、血を分けた子供であっても、自分とは違う意志を持った存在であって、親の考えを押し付けたり、自分がなれなかったものにさせようといったことは決してしてはいけないということなのだが、子供が願う喜びや幸せよりも、自分の考えでそれらを塗りつぶすことこそが正しいと信じてやまない人種というのは案外身近なところにもいるのかもしれないと、背筋の凍る思いがする。
それにしても、娘の異変については別居中の父親も、高校の先生たちも、部分的、断片的であれ気づいていたはずなのに、なぜ彼女を誰も救うことが出来なかったのか……
かつて山川健一が『安息の地』で描いた、埼玉県の高校教師夫妻による長男刺殺事件を彷彿とさせる惨劇。
娘による実の母親殺しというむごたらしい事件を追う筆者は、服役する娘本人と文通を重ね、丁寧な筆致で、その日に至るまでをリプレイしてゆく。
近年稀に見る、渾身のノンフィクション。