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#今日の詩

【詩】この夏を洗い流して

八月の熱さのせいであっという間に
水滴が乾いていくのを見ていた
「神様に試されているんだ」と言う
君の神様は
何をそんなに怯えているの
水溜まりに映る色違いの羊雲
どこにも続いていない道
なるべく思い出さないようにしてるから
涼しい雨でどうか この夏を洗い流して

【詩】最後の友達

夢の中で、私は時々男の子で、海の見える学校に通っていた。

一人目の友達は、夏休みの前に転校してしまった。
二人目の友達は、空想上の家族に手紙を書いていた。
三人目の友達は、新月の夜について話してくれた。
四人目の友達は、「かしこい兎」と呼ばれていた。
五人目の友達は、この町のことを何でも知っていた。
六人目の友達は、一人目の友達とよく似ていた。
七人目の友達は、飴玉みたいな声で笑っていた。
七人

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【詩】オレンジ

”これは君にしかできないことだよ"
"だから早くあいつらに火を点けて"
ぼく一人のためだけにある鉄塔から
今日も人体に有害な電波が出ている
体温が下がる飲み物ばかり飲むようになって
それからすべてが幻になった
美しい人やものが世界から消えていくたびに
なんだか賢くなったような気がするんだ
夜のせいかな
そのうち放火事件が起こるこの町でも
赤と黄を混ぜればオレンジになる
それだけで生きていけると思っ

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【詩】生まれ変わるなら彗星がいい

誰かが法則を破って軌道から外れた
そのうち違う誰かも別の方向へ飛んでいった
やがて惑星はひとつもいなくなり
太陽も燃え尽きた
その塵があつまって
また明日から新しい世界が始まるらしい

次に生まれ変わるなら彗星がいい
放物線の軌道を描いてさ
一度過ぎればもう二度と
戻ってこなくてすむように

【詩】わたしの住人

私の脳や
心臓や
体中の血管の中に
たくさんの人が住んでいて
ときどきお祭があったり
静かに祈ったりしている
そのせいで私は
浮かれたり
悲しくなったり
あなたを美しいと思ったりするのだろう

【詩】朝になるといなくなる星

ずっと見つめていないと、消えてしまいそうだった。
ずっと見つめていたところで、どうせ消えてしまうんだけど。
「朝になるといなくなる星みたいでしょう。」
だったら星の寿命ぐらい、長生きしてくれたらいいのに。
朝になっても、私が死んだあとも、ずっとそこで、光っていて。

【詩】泥の舟

泥でできた舟の
あたたかい匂いと
やわらかい感触
その中で眠っていたかった
沈むまでの間だけでよかった

【詩】宇宙人の足跡

この星を隅から隅まで逃げ回って
結局元の場所に戻ってきた時
隕石が落ちて津波が星を覆った
それからその波が全部凍って
私の足跡は氷漬けにされた
逃げ回ったことも
戻ってきたことも
誰も覚えていないから
足跡は宇宙人のものだということになり
晴れて私は宇宙人となった

【詩】夏の始まり、春の終わり

無知と無関心と
とびきりの無力でもって
私はあらゆる罪に加担している
いつも手遅れになるのを待っていた
そのほうが楽だから

本物の魔法陣はあくまでもさりげなく
私たちを包囲している
誰も見ていない空にだけ架かる白黒の虹
綺麗事しか言わないと決めた君が
削り出す命は南極の氷ぜんぶよりも重い

今ならまだ
好きな場所に地平線を引けるのだそうだ
どうか君の喉元を通っていくものが
美しく柔らかで
澄みき

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【詩】この部屋から宇宙の果てまで

王子様が「絶望して死ね」と言った
みんなも真似してそう言った
よく見ると王子様は人形だった
だってあんな細い体に
内臓が全部入るはずがないから
歌うたいが
大好きな食べ物を食べたくない時の気持ち
について歌っていた
日曜日の記念公園には
平等に太陽の光が降り注ぐけど
皮膚病になるのは決まってあの町の人
本物の銃声を知ったから
この部屋から宇宙の果てまで
届く普遍を探してる
歳を取っても
若いまま死

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【詩】何にでも致死量というものがある

何にでも"致死量"というものがある
例えば一生のうちで何度
空から落ちる夢を見るかとか
猫とビニール袋を見間違えるかとか

ホチキスで失敗する針の本数も
シュレッダーにかける紙の枚数も
さよならの時に手を振る回数も

ぜんぶ許容量が決まっていて
それを超えたらおしまい
時々、人が突然死ぬのはそのせいだよ

【詩】透明な炭酸水

真夏の教室に置いてきた透明な炭酸水
転校生が食べているピーナッツバターサンド
そういうものだけが音楽になることを許されて
街中に鳴り響いている
握りしめたペットボトルは
すっかりぬるくなってしまったから
私はこの夏の出来事を
誰にも話さずに死ぬのでしょう

【詩】空を塗る才能

紫とオレンジで出来た夕方の空を見て
もはや才能だよねと君が言う
緑は合わないって
分かってるから使わないんだよ
私だったら合わなくても使う
緑が好きだから
だから才能がないんだと君が言う

私だったら
どの色がいいか分からなくて
何も塗れなくて
白紙の空になりそうだと思った
私も才能ないよと言った

【詩】誰かの祝祭

君はいつもより酒を飲んで
めずらしく「幸福だ」なんて言う

晴れがましい日に流れてくるのは
あの頃一緒に口ずさんだ歌

懐かしいねと笑ったけれど
メロディーも歌詞も歌手の顔も
1ミリも思い出せなかった
それが唯一の救いだった