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あなたが貴方で無くなるとき

どうも西尾です。

5月も今日を含めると残すところ5日間となりました。

もうすぐ6月になり、梅雨の到来です。

さて、今回は昨日見た夢の内容を少し物語風にしました。


あなたが貴方で無くなるとき

いつも路上ですれ違う近所のおじさん。

笑顔が素敵な人だ。

朝会うと、おはよう、と優しく声をかけてくれる。

夕方にすれ違った時は、おかえり、と声をかけてくれる。

これがいつもの日常だった。

おじさんに声をかけられると今日も良い日だなと思う。

そんなおじさんに笑顔が無くなっていた。

声をかけられることも無くなった。

いつからか分からない。

いつのまにか。

私がふと気が付いた時には、おじさんの顔は口を強く結び、眉間に皺を寄せて、鋭い眼光で私たちを見ている。

何があったのだろうか。

「おはようございます」と声をかけてみる。

返事は無かった。

その代わり、鋭い視線で私の後ろ姿が見えなくなるまで見られている。

奇妙だった。

何があったのだろうか。

別の日、おじさんの服装がここのところ地味な色合いの服が多くなったことに気が付いた。

今までは明るい色合いのある服も着ていたのに。

どうしたのだろうか。

夕方、おじさんを見かけた。

近所の他の人たちと喋っているようだった。

少し離れたところを足早に歩いた。

会話の内容が少しだけ聞こえてきた。

何か勇ましいことを話している。

私は無言で足早に立ち去る。

すごく視線を感じた。

おじさんだけでは無く他の人たちの視線もだ。

何かあったのだろうか。

いつのまにか、おじさんがおじさんで無くなった。

そこに立っているのはおじさんの皮を被った誰かだ。

おじさんの歯車が狂い出したかのように思えた。

おじさん以外の他の人の歯車も同じように狂い出したのだろうか。

また別の日、スーパーへ買い物に向かう。

途中の公民館で町内会の集まりが行われていた。

入り口から中を少しだけ覗いてみると、誰か知らない男がマイクを握り勇ましいことを演説している。

それに聞き入る近所の人たち。

もちろん、いつものおじさんもいた。

怖いと思った。

後にしようと思い、後ろを振り向くと知らない男が一人立っていた。

軽く首を下げて後にした。

鋭い目つきでじっとこちらを見つめる男。

獲物を狙う狼のように。

おかしな集会をしているもんだと思った。

帰宅して自宅でくつろいでいる。

自宅のチャイムが鳴った。

扉ののぞき穴から外を見てみる。

人の姿は見えなかった。

おかしいなと思い、恐る恐る扉を開ける。

すると、急に手が伸びてきて、ドアをこじ開けようとした。

驚きと共に、恐怖で身体中の細胞が震い出した。

ドアをこじ開ける人の姿が見えるまでの数秒間はスローモーションの世界のように、時間の流れが遅くなったかのように感じた。

人の姿が目の前に現れる。

いつものおじさんだった。

一瞬、少しホッとした気分になった。

しかしながら、また直ぐに恐怖で体が震え出した。

今までの笑顔が無く、鋭い目つきと眉間に皺を寄せて、口を結んでいる。

おじさんの目は私の顔を見たり、部屋の中を覗こうとしてか眼球をキョロキョロと移動させる。

直ぐ目の前に立つおじさんは身長が私より幾分か高かった。

私がおじさんの顔を見上げる形になっていた。

目の前に立つこの人は、あのいつものおじさんでは無いのだなと感じた。

おじさんの皮を被った誰かなのだ。

私の顔を見たり、部屋の中に視線を移したりした後、その人は私にチラシを一枚差し出した。

何かと思い受け取る。

そこに書かれた文章を読むと勇ましいことばかり書かれている。

「血気集会?」

チラシを見入っているとつい声が出てしまった。

しかしながら、おじさんの皮を被ったその人は一言も発しない。

私は何か言われるだろうと思い、無言でチラシに目を落とす。

と言うよりも、怖気づいてその人の目を見ることが出来なかった。

数秒、時が流れた。

このたった数秒間の沈黙は、私の中では数年時が経ったように思えてならなかった。

結局、その人は一言も発せずに階段を降りていった。

私は急いで扉を閉じて、鍵をかけた。

そして、部屋の窓、カーテンの隙間越しに恐る恐る下を見てみる。

やはり、その人はこちらを見上げていた。

勇ましい内容が書かれたチラシはくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ捨てた。

何だか恐ろしくなった。

翌朝、いつものように家を出る。

やはり、あの人はいた。

近所の他の人も一緒だ。

鋭い眼光で辺りを見ている。

足早に立ち去った。

角を曲がった所にある、町内の広報看板をふと見てみた。

そこには勇ましいことばかり書かれたチラシが貼られていた。

それを見ていると急に足が震え出した。

目からは涙が溢れてきて、視界がよく見えない。

今直ぐにでもここから逃げ出したいのに、逃げ場が無いように思えた。

誰かに右肩を叩かれる気がした。

恐る恐る振り向くと、そこにはおじさんの皮を被ったあの人と、大勢の近所の人が私を取り囲んでいる。

皆、顔は笑っていない。

無言で、鋭い目つきで、口を強く結んでいる。

ついに、私は大声を出してしまった。

はっと飛び起きた。

夢だったみたいだ。

嫌な夢だった。

時間を確認すると既に朝の7時半を回っていた。

いけない、遅刻だ、と思い急いで準備をする。

朝食など食べている時間は無い。

急いで顔を洗い、歯を磨き、着替えて外に飛び出す。

いつもの道、いつもの景色。

そこにはいつもの朝が輝いていた。

そして、いつものおじさん。

おじさんは白いワイシャツを着て、チェックのオシャレなズボンを履いていた。

「おはよう」

おじさんから言われた。

「おはようございます」と言って駅までの道のりを小走りで駆けていく。

途中の角で曲がる。

町内の広報看板が横目に入った。

私は急ブレーキをかけたかのように立ち止まり看板に見入った。

そこに貼られていたのは、町内の少年野球大会や英会話教室、ヨガ教室の案内チラシだった。

私は嬉しくなって駅に向かった。

会社に着いた。

パソコンの前に座り、左手に電話の受話器を持って取引先さんと喋る。

電話が終了し、受話器を戻す。

私の後ろに座る二人の女性事務員の会話が耳に入ってきた。

「最近、〇〇さんって〇〇さんらしく無くなってきたように思わない?なんか、以前みたいな笑顔も無くなったし」

「〇〇さんが〇〇さんじゃ無くなった、というのかな。〇〇さんが壊れたのかな」

私はふと夢の内容を思い出した。

あなたが貴方で無くなる時。

それは、あなたの歯車が狂い出した時。

そして、社会の歯車が狂い出した時。

だろうか。




以上になります。

お読みいただきありがとうございました。


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