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【短編】『門出のとき』

門出のとき

 私は使用人の目を盗んで、靴箱からお母様のハイヒールを手に取りドレス姿で表玄関から屋敷を出た。真っ暗の中、木々が生い茂る森の方へと裸足で急いだ。懐中電灯をワニ革のバッグから取り出して行き先を照らすと、あたり一体草に覆われており、一箇所だけ人が通ったような痕跡があるのを確認した。私は草をかき分けながらその限りなく細い道に入って行った。地面は冷たく、乾ききった土を踏みつけながら小走りで道を進むと車道に出た。周りは山に囲まれ人気がなく虫の鳴く声が響き渡っていた。懐中電灯の光を消し、家から持ち出したラジオをつけると夜9時のニュースが流れていた。ハンカチで足の裏を拭きお母様のハイヒールを履いてから、しばらくラジオを聴いていた。暗闇のアスファルトの上に立っていると、遠くの方からキーッという音が聞こえたかと思うと徐々にその音は大きくなり、突然山の合間に光が差し込んだ。光はこちらに段々と近づいてきて、砂利をゆっくりと踏みつける音とともに私の目の前で止まった。朱色のオープンカーであった。運転席から男が話しかけてきた。

「お嬢さん、こんな真っ暗なところで何やってんだ?なんなら君をさらってやってもいいんだぜ?」

「何言ってんの?遅いわよ。」

待ち合わせをしていたボーイフレンドのルイスであった。すぐに隣の席に座り、車が急発進するとともにワニ革のバッグが床で転がった。

「ちゃんとバレずに家出てきたんだろうな?またお母様が俺の家に電話かけてくるなんてやめてくれよな。」

「大丈夫よ。だってお母様もう自分のお部屋に入ってしまったし、使用人もすっかり私が眠ったと思い込んでるわ。」

「それならいいけど。なんせ今日は相棒の誕生パーティーなんだからな。」

「それよりウェットティッシュない?裸足で抜け出してきちゃって・・・」

「そこの引き出しの奥に入ってるはずだ。」

「あったわ。」

と数枚容器から取り出し足の裏を再び入念に拭いた。ゴミを捨てようと引き出しを再び開けた途端ティッシュが空に舞い上がった。

 相棒の家へと到着すると、すでに爆音が流れ、レッド、ブルー、パープル、イエローとあらゆるカラーライトが中から漏れ出ていた。玄関を入ると、プールつきの大きな庭に人がごった返していた。すでにパーティーは始まっていた。中からウェイターらしき若い男性がグラスのいっぱいトレイに乗せてこちらに歩いてきた。グラスはどれも青いネオンが輝いておりどうやら氷に何かの細工がしてあるようだった。グラスを一つ取って味見をした。フルーティーだったが少しアルコール度数が高かった。男女比率は女性の方がやや多めといったところだろうか。家の中へと入ると、ルイスの相棒のジャックを中心に皆がリビングで飛び跳ねながら踊っていた。奥にいるDJが盛大に場を盛り上げていた。ルイスもその輪の中に混ざった。

 私はパーティーに招待されるのは初めてだった。生まれた時から家のしきたりに従ったり、昔からルールに縛られて生きてきた。もちろん門限を守ることは当たり前であったが、最近になって夜に家を抜け出して友人たちとの遊びを覚えた。そして、これまで何回も外出に失敗し使用人にバレては、帰宅してからお母様に叱られる始末であった。

 私の目に映るもの全てが輝いて見えた。家の中で若者同士踊り狂う姿。二階の窓からプールに飛び込む者たち。ビールビンを片手に芝刈り機で庭を駆け回る者たち。家の中は見たこともないほどに荒れ狂っていた。そして私の鼓動も昂った。

 奥の部屋の様子を見に行こうと、扉を開くと中から大量の煙が一気に押し寄せてきた。皆ベッドに座って筒状のものを回していた。私は少しむせてその部屋を後にした。隣の部屋に逃げ込もうとすると、背の高い男が肩を軽く叩いてきた。

「おっと、今中に入っちゃまずいぜ。まあこっそり覗くぐらいならいいと思うけど。」

背の高い男の話を聞いて、ドアの隙間から中を覗いてみると、男女が何人かで全裸になって踊っていた。私はびっくりしてすぐにリビングの方へと戻った。すると突然、ジャックがキッチンのカウンターから顔を出した。

「やあ、久しぶり。楽しんでるかい?」

「ええ、ずいぶん派手なパーティーね。誕生日おめでとうジャック。」

「ありがとう。なんか困ったことあったらいつでも言ってくれよな。」

と言ってそのまま奥の部屋へと消えて行った。

 リビングは少し落ち着いた雰囲気に風変わりしており、カードゲームが始まっていた。私はそっとソファに座ってゲームを見守った。ルイスが特定のカードを引き当てて、ショットグラスを一気飲みした。私も途中からゲームに混じって、次々とショットを飲んだ。

 夜が更けてきた頃、パーティーは絶頂を迎えていた。外の通りにとある車が止まり、見知らぬおじさんとおばさんが中から出てきたと思うと、家の前で立ち尽くして家の様子を伺っていた。そして、玄関で酔っている青年たちを見つけては話しかけた。

「あんたたちここで何やってるの!」

「おうおう、おじさんおばさん、うちのパーティーはちょいとあんたらには刺激が強すぎるぜ。まあ俺みたいなアツい男を探してるなら別だけどな!あははははっ。」

おじさんとおばさんは青年たちを無視して家の中へと入って行った。庭では、何人かの連中が小さな花火を打ち上げては、爆発音がする度に撃たれた振りをして楽しんでいた。家の中では相変わらず曲に合わせて皆が踊り狂っていた。すると、急にDJの曲がプチっと切れ、静寂が全体の空気を一変させた。と同時に、怒鳴り声が家の中から外まで響き渡った。

「あんたたち、私の家で何やってるの!?ジャックはどこ?あんたたち立ってないでさっさと私の家から出て行きなさい!」

おばさんとおじさんが家の奥の部屋へと消えて行った隙に、私はルイスと共に外に停めてある朱色のスポーツカーへと駆け出した。

「あれはジャックの親だ。俺顔バレてないかな。」

「ヤバー!親は旅行中じゃなかったの?」

「そのはずなんだけど、どうやら戻ってきたらしいな。」

少し酔った状態でルイスが車を走らせ、私の屋敷へと向かった。ちょうど行きに拾ってもらった場所に車をつけて、私は外に出ようとした時、ルイスに手を握られた。振り返ると、ルイスが私の唇にキスをした。

「お母様によろしくな。」

とオープンカーは再び音を立てて去っていった。

 裸足になり元来た道を辿って家へ帰ると、屋敷は真っ暗になっていた。こっそり玄関扉を開けてハイヒールを靴箱に戻し、自分の部屋へと向かった。廊下を通り過ぎる途中、お母様のいびきが聞こえて安心した。部屋に入り、電気をつけると、疲れが一気に押し寄せ、そのままベッドに飛び込んだ。何か腹のあたりで違和感を感じ、手を伸ばすと紙があった。

「お嬢様、今日のことはお母様には黙っておきますが、今後はくれぐれも夜遅くに外出しないように。」

と達筆で書かれていた。私はそれをゴミ箱に捨て、眠りに入ってはパーティーの続きを楽しんだ。


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