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【短編】『瞬足』

瞬足


 Z世代の者たちは皆、小学生の時に瞬足というランニング用シューズを親から誕生日プレゼントに買ってもらったことがあるだろう。瞬足というのは、シューズの構造上、靴底のソールが左右非対称に設計されており、小学生が校庭でコーナーを走る時に摩擦係数が高くなることでグリップがかかり地面を蹴るように早くなるというものなのだが、実際にこのメカニズムを知って走る小学生は陸上部でさえ数少ない。それ以外は他のランニング用シューズと大して変わらないのだが、子供達がなぜここまで足が速くなったのだろうと衝撃を受けた親たちは少なくないはずだ。私もその一人で、あれほど短距離・長距離が苦手だった我が子の足が急激に速くなったことに嬉しく思いながらも、一方でその事実を信じきれずにどうにかその原理を突き止めたいとさえ思っていた。おおよそ評判の良いその靴を履いたことで早く走れるようになったと思い込み、力んでいた体がスッと緩み始めて少しばかり早くなったように感じるのだろうと思っていた。私は息子になぜ足が速くなったのかと一度聞いてみたことがあるのだが、「瞬足履いてるから!」の一言しか返ってこなかった。このまま瞬足の謎を突き止めずに一生を終えるのは惜しいと思い私は自ら瞬足を買ってその真相を突き止めてやろうと思った。

 大型ショッピングモールの靴屋に入ってみると、少しばかり緊張が走った。それも子供が普段履く流行りの靴を大人が買おうというのだから。そこで私は思いついた。息子の誕生日プレゼントに瞬足を買うという体で自分の靴を買えば店員に誤解されないのではと。うちの息子は他と比べて大柄で、足が27.5cmもあるんだと言えば問題ないだろうとすぐ近くを徘徊していた若い女店員に声をかけた。すると女店員は言った。

「まあ、大きな足ですこと!ですがお客様、大変申し訳ございません。現在店頭には一番大きいサイズでも、25.0cmまでしかご用意できていないんです」

と半分笑みを浮かべながら私の目を見て答えた。私は彼女が、自分の靴を買うのに息子に買うのを装っていることを知っていて笑みを浮かべているのか、もしくは本当に息子の足のサイズが27.5cmもあることを信じて苦笑いをしているのかどちらか見当がつかなかった。私は呟くように「そうですか」と言って店を去った。

 私はどうも諦めがつかず、近所にある馴染みの靴の修理屋まで行ってどうしてもと店主に懇願して、子供用を模様して大人用の瞬足を作ってもらうことにした。そのため、もう一度ショッピングモールの靴屋に訪れてもう一人の息子の誕生日プレゼント用に25.cmの瞬足を女店員から買う羽目になった。近所の修理屋に瞬足を持って行くと、作れるよと二つ返事で引き受けてもらえた。

 ようやく大人用の瞬足ができあがったと連絡があり、靴を受け取りに行った。見た目は小学生の履いているものと全く同じだった。機能性はいかにと思い、その履き心地・走りやすさを確認するため妻と息子を連れて公園まで行った。私は息子と妻には内緒で普通の靴と瞬足とで靴を履き替えて走り比べてみることにした。

「位置について、よーい、どん!」

という掛け声と共に走り始め、多少息子がフライングをしたものの、すぐに大人の歩幅で息子を追い抜いた。私はぎこちないなりにも必死に腕を振り、足を交互に胸につける勢いでランナーコースを突き進んだ。普通のランニングシューズシューズを履いていてもいつもよりは速く走れているように感じた。これでは瞬足を履いた時にさらに速く走れなければ瞬足の速さは実証されないじゃないかと思いながら全速力で公園を一周した。

「パパゴール!」

すぐに息子が追いつき二人とも息を荒げた。少しトイレに行ってくると妻に告げて瞬足の入った袋を持ってその場を離れた。いざ公衆トイレの裏で瞬足に履き替えてみると、なんだか一瞬体が浮いたような不思議な感覚を覚えた。私はすぐに妻と息子の元へと戻って「さあ、もう一度」と言葉を切った。

「位置について、よーい、どん!」

今度は私の方が少しばかりフライングをしてスタートした。再び腕を大きく振り、足を胸に届くように地面を蹴り上げて走った。するとどういうわけか、今までのぎこちなさは全くもって無くなったように思え、みるみるうちにゴール地点へと辿り着いてしまったのだ。私は息を荒げながらも靴を見つめた。なんて力だ。私はとてつもないものを手にしてしまった。

 その後何度も息子とかけっこをしては勝利して、大人気ない格好をありありと息子に見せつけてしまった。何もかもこの瞬足のせい、いいや瞬足のおかげだった。

息子は言った。

「パパずるい。絶対瞬足履いてるでしょ?」

私は自慢げな顔を見せて言った。

「バレたか」

私はそれからすっかり瞬足の素晴らしさに魅了され、大人で唯一自分だけがその靴を持っていると優越感に浸りながら、ふと修理屋の店主にお礼をしに行こうと思った。店を訪れると誰もいない様子なのでガラスの引き戸をノックした。すると奥の部屋から店主が現れ、私を見るなり慌てて私の方に駆け寄ってきた。

「ああ、あんたか。本当にすまない。靴のことだろう?」

「いやいや、何を言うんですか。逆にお礼をしにきたんですよ。おかげで瞬足の速さを体感できたんですから」

「違うんだ。早く伝えようと思っていたんだが、実はあの靴は別のお客さんの靴なんだよ。申し訳ないが返してもらえないかな?」

私はそれを聞いて、心地の良い夢から目が覚めたかのようにふと我に返った。再び手にした弾む気持ちは、瞬足を履いた小学生のようにあっという間にフィニッシュしたようだ。


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