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【短編】『幸せの答え合わせ』

幸せの答え合わせ


 幸せってなんだろうか。私は学校帰り友達と別れてから電車の窓に映る都会のビル群を見ながらそう思った。特に小さい頃不自由を強いられたわけでもなく、かと言って自由を謳歌していたわけでもなかった。学校に友達は数人いるが、通学路が同じというだけでお互い「今度家行ってもいい?」だとか、「帰りゲーセンでプリクラ撮ろうよ」だとかいういわゆる青春まがいのことをしようなどとは思い至らなかった。私はなんとなく生まれてきて、今もなんとなく生きていた。だがどこか自分にもしくは自分の人生に物足りなさを感じていた。この微量の劣等感というものは私だけが感じているものなのだろうか、もしくは皆も同様に感じながら生きているのかと、この世の全てを見通す神目線で世界劣等感分析データを想像してみた。

 電車の中で、私の前に立ったキャリアウーマンであろう女性二人組が小声で話し始めた。片方は髪が長く黒のスーツ姿で、もう片方は髪が短く白のブラウスに白のスカートを履いていた。私は見知らぬ人の会話を盗み聞くことが好きだった。聞いているとなんだかその人たちと親しくなったような気がして落ち着くのだ。彼女たちのたわいもない無駄話を聞いているといつも通り曇り気味だった気持ちも晴れてきた。気づくと彼女たちは難しいことを語り合っていた。髪の長い女性は呟いた。

「私たちってこうして意外にも別の部署で仲良くなって親友ってほどじゃないけど、お互い理解し合ってるわよね」

「そうね、周りがシケてるから尚更よね」「でも実は私あんたのことまだ全然知らないんだと思うの」

「どうして?」

「だってあんたの夢だったり将来どうしたいとかって知らないし」

「確かに言われてみればそうね。夢ねえ」
と少しばかり二人とも無言になると、髪の短い方の女性が言った。

「私の夢は幸せになることかなあ」

「へー。じゃあ今幸せじゃないってこと?」

「そうね。幸せじゃないかも」

「あんた結構思い詰めてる節あったのね」

「何よ、ふつーよふつー」

この女性は毎日私が学校にいる間、大きなビル群の中で幸せを追い求めているのだろうと思った。電車が停車すると大勢の人が一斉に降りていき気づくと二人組の女性の姿もなかった。再び電車が走り始めると中はほとんどすっからかんで先ほどの駅から乗車したカップルと私だけが向かい合わせで座っていた。ビルが次々とカップルの頭上を通り過ぎていくのを見ながらふと、幸せってなんだろうかと思った。

 それ以来私は次第に幸せというものを意識するようになった。皆幸せを追い求めて生きているのが普通なのだろうか。私は今幸せなのだろうか。幸せでないとしたら彼女の言っていた幸せとはなんだろうか。まだ人生経験の少ない私にとってその答えは知る由もなかった。

 劣等感は日に日に増していく一方で同時に幸せになりたいという思いも一層強くなっていった。しかし私の思う幸せとは名ばかりで幸せの本質というものがあるのだとしたらそれを理解してはいなかった。自分の劣等感も外部での人間関係の少なさから抱くものではないかと次第に気づき始めてはいた。しかしどうにも一度陥ってしまった負のスパイラルから抜け出せずにいた。私は日々学校と家とを行き来するだけでほとんどそれ以外の場所に行くことはなかった。何もすることがなくなると幸せとはなんだろうかと思いを巡らせながら、ふと今自分がいる世界には幸せはないのかもしれないと思った。そして今の世界から抜け出すことこそが幸せへの一歩になるのではないかと考えた。そんな最中、いつものように電車の車窓から見えるビル群を眺めていると、以前電車で居合わせた幸せを語る女性に会いたいと思い始めた。すぐに次の停車駅で電車を降りて、通り過ぎたビルの景色を思い出しながらその方角へと足を進めた。20分ほど歩いてようやくそのビルらしき場所まで来ると、出入口から出てくる人の中から彼女の姿を探した。彼女は一向に現れなかった。たぶん彼女が働いているのは別のビルなのだろう。私は諦めてそのまま来た道を帰ろうとした。すると、ちょうどビルの裏手に大勢の人が集っているのを目にした。おどおどしながらその集団に近づいて行った。電柱から放たれる僅かな光を頼りに一人一人の顔を確認した。しかし彼女はそこにもいなかった。もう幸せの答えを聞くことなど不可能だと思い、その場を立ち去ろうとした時だった。先ほどまで床に段ボールを敷いて寝そべっていた若い女性が声をかけてきた。

「あんた、まるで不幸みたいな顔してるね」

「不幸に見えますか?」

「ええ、不幸に見えるわ」

「逆に聞きたいんですが、幸せな顔ってどんな顔ですか?」

「そうね。私みたいな?」

「あなたは幸せなんですか?」

「ええ、幸せよ」

私は彼女のなんの劣等感も感じさせない自信に満ち溢れた態度に圧倒された。私はビルの真下に集う者たち一人一人に幸せかどうか尋ね回った。次第に質問をするのにも飽きて気づくと先ほどの若い女性の隣で寝そべりながら何もせずに時間を潰した。私は今まで遭遇したことのない新たな環境に不思議と馴染むことができた。そして、ふとあの答えが出たような気がした。そうか。もしかしたら皆で何もすることなくダラダラと過ごすこの時間こそ幸せというものなのかもしれない。あの電車で居合わせた女性が働くビル群のすぐ真下に、実は幸せは存在していたんだ。


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