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【短編】『ルックス・クライシス』(後編)

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ルックス・クライシス(後編)


 授業が終わり別校舎へと移動していると、中央の広場になんだかステージのようなものを作るための鉄骨が組み立てられている最中だった。過ぎ去る者皆が何事かと眺めながら歩き去って行った。ゆっくりと横断幕が設置されると、そこには「学園祭」と大きく書かれており、近々キャンパス内で学園祭をやることをその時初めて知った。私は学園祭に行こうか行くまいか迷った。なんせ一緒に行く友達がいないのだ。しかし、学園祭で友達を作るのも悪くはない案だとも思った。その日は終日バイトが入っているわけでもないため、少し顔を出してみることにした。

 中央の広場に再び出向くと、そこにはステージ以外にもたくさんの屋台が出ており、なんだか高校生だった頃の文化祭を思い出した。しかし、あの時よりかは遥かに本格的だった。私はカラッと丸く揚げられたチーズボールを買って、キャンパス内を回った。歩いていると、そこかしこから人が寄ってきては見せ物の勧誘が絶えなかった。

「君、演劇好き?暇だったらこれ見て行かない?」

「君、漫才とか好きそうな顔してるね。どう?ちょっとだけでも見て行かない?」

今まで入学してからのことキャンパス内で誰とも快く話したことがなかったために、初めて誰かから誘われたことがなんだか嬉しかった。その中でも、髪を真っ赤に染めた一際目立つ男子学生に私は引き止められた。

「ねえねえ、この時間帯空いてたりしない?俺のバンドの演奏があるんだけど、うちらの曲マジでイイからお願い!見に来てくれない?なんか奢るからさ」

私はここまでも厚かましく勧誘されたことに対してどうも断りづらくなってしまい、行くと返事してしまった。

 ライブハウスは地下の縦長の教室を空っぽにして作られ、壁際に機材などがセッティングされていた。「ここまで」という文字とともに観客が立ち見できるエリアがテープで引かれており、私はその最前列に立った。もうすぐ赤髪の男の出番だった。彼がマイクスタンドの前に来ると突然、ライトの色調がカラフルに変わった。彼はまるで駆け出しのインディーズバンドバンドみたく力いっぱいに自分の作曲したであろう曲を歌った。暗闇の中ライトに照らされているせいか、彼の姿はどこか輝いて見えた。

「お疲れ様です。とても良かったです」

「ありがとう。ちょっとミスっちゃった」

「いいえ、全然気づかないぐらい上手でした」

「そう?嬉しいな。そうだ。この後身内で打ち上げ行くんだけど君もどう?」

「打ち上げ?」

「いや、ただお店でご飯食べてみんなでワイワイするだけだけど」

「行きます」

私は彼の言うがままバンドの打ち上げへと連れて行かれた。何人か女子学生が打ち上げに連れてこられ、皆それなりに可愛かった。自分もある程度顔を認めてられたからこそ声をかけられたのだろうと思うと、今までにない喜びを覚えた。居酒屋で散々騒ぎ倒すと、店員から叱りつけられて皆で店を出た。皆笑顔でなんだかこれが大学生活というものなのだろうかと、ふと今までの自分がいかにつまらない人生を送ってきたかを悔やみながらも今のバンドメンバーとつるむ自分という存在に酔いしれた。

「カラオケ行くぞー!」

「お!そうこなくっちゃ」

皆意気揚々と先ほど歌った自分たちバンドの曲を口ずさみながら10人ばかりを連れてカラオケボックスへと向かった。学祭ということもあり、やっとのことボックスに案内されると、そこは今まで入ったことのないVIP専用とでも言わんばかりにだだっ広い部屋だった。皆奥に荷物を置いて自分たちが歌いたい曲を順番にセレクトした。ボックス内の照明の暗さもあり、徐々に騒ぐムードから音楽に身を委ねるようになっていった。気がつくと自分も酔いが回ったせいか赤髪の男の肩に頭を乗せて眠ってしまっていた。しばらくぐっすり体を傾けていると、何か違和感を感じた。誰かの手が私の胸に当たった気がしたのだ。すると次の瞬間手のひらで大きく私の胸を押さえつけられ、私は突然の出来事に目を覚まして彼の手を振り払ってしまった。しかし、彼は酔っ払った様子ですぐに腕を胸に寄せてくるため私は何度も彼の腕を振り払った。すると、彼は私の意外な行動に驚いたのか、目を少し開けてこちらを見つめた。

「いいじゃん。なんで嫌がるの?」

私は突然怒りが込みあげてきて、無理やり距離を縮めてくる赤髪の男を手で押し除けてその場を立ち去ろうとした。すると男が急に私の腕を掴んだかと思うと私に向かって言った。

「お前、自分のこと可愛いと思ってる?全然可愛くないよ?他にお前のこといけるやつがいないから仕方なく俺が相手してやってんだよ?」

周りを見ると、他のバンドマンも女子学生一人一人にボディタッチを始めていた。私はそのムードを邪魔するのをお構いなしに横から手を伸ばして自分の荷物を取り、カラオケボックスを出た。初めての学生らしい時間に自分が舞い上がってしまったことをひどく悔やんだ。涼しい風が体に吹き付けすぐにも泣き崩れそうだったが、顔の形が崩れてしまうことを危惧して必死に我慢した。

 それ以来、私は大学に通うことも諦めてしまった。家族になんの相談もなく休学を申請し、美容整形のためにバイトに明け暮れる毎日が始まった。クリニックの色黒の男の先生も何度か通ううちに親しくなっていた。すでに予約いっぱいの時も、無理を言って担当してもらえるほどだった。美容外科へ通うことは私にとっての日々の嗜みの一つとなった。自分に投資をしていると思うと悪気は一切感じなかった。自分が今までよりも可愛くなっていくことに対する快感を忘れられなかった。家賃は親が払ってくれていたこともあり、何度美容整形をしてもバイト代が底をつくことはなかった。むしろ使い道がわからなくなるほどお金は溜まっていった。徐々に美容整形以外にも何かにお金を使いたいと思うようになり、悩んだ挙句、何度かクリニックで居合わせて面識のあった若い男性の通うホストクラブに行ってみようかと思った。クリニックで名刺を渡されて、「気が向いたら来てね」と優しく言われたのだ。整形前の顔では到底いけそうになかった場所が、今ではなんの躊躇いもなく行けると思うと、なんだか胸が熱くなった。私は今の自分が好きだった。


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