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【短編】『ルックス・クライシス』(完結編)

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ルックス・クライシス(完結編)


 私は初めてのホストクラブへの来店のために少々ぎこちなさを顕にしていたが、ホストの一人が私のその姿に気づき率先して話しかけてくれた。

「お姉さん。若いし可愛いね」

「ほんとですか?」

「ほんとほんと。俺ここの誰よりも見る目あるから信じて」

「嬉しいです」

と苦笑いを見せた。彼は私にとても優しく対応してくれた。初めての客に慣れているようだった。私はメニューを開いてシャンパンを頼んだ。すると、周りから他のホストも集まりだし、シャンパンコールが始まった。私は突然の出来事に驚きを隠せなかったが、ここまで自分のことをもてはやされることがなかったことからどこか心地よさを感じた。次第にホストクラブに通うにも抵抗がなくなり、それなりに高額のボトルを注文できるようにもなった。お金をかければかけるほど、ホストから優しくもてはやされ私の心は満たされた。

 歌舞伎町の眩しいネオンに包まれながら物珍しそうにそれらを眺める外国人観光客を避けてホストクラブの方へと歩いていた。私は不意に誰かに呼ばれたような気がして立ち止まると、後ろに見知らぬ男性が一人目を大きく開いて立っていた。ホストクラブの誰かだろうかと思いながらあたかも知っているという顔で彼の言葉を待った。

「俺だよ。高校の時のサッカー部の・・・。変わったな」

私は瞬時に彼のことを思い出した。何より高校時代私の顔を侮辱した男の一人だったからだ。彼がどうして私のことに気づいたのかは不思議だった。しかし、私が整形したという事実を知らないばかりか整形顔にすら気づかない疎さだった。

「思い出した!懐かしいわね」

「おお、久しぶりだな高校卒業して以来か?」

「そうね」

「時間あったら飲みにでも行く?」

彼は変わったようだった。人を見た目で判断していた昔とは違って、今は誰にでも優しく接するといった開放的な顔つきをしていた。

「行きたい」

「よかった。どこか近くの喫茶店かファミレスでも行こうか」

「いいね。そうしよ」

飲み屋に入ると中は薄暗く、昭和の歌謡曲らしき音楽が流れていた。席に着くとレモンサワーとビールを注文した。私は久々に会って彼とどんな会話をしようか戸惑ったが、普段通りに話せば良いと彼の話すのを待った。

「今大学通ってんの?」

「うん。でも休学中なの」

「そうなんだ」

彼は特に理由を聞くこともせず、やけに私に紳士的だった。

「ちょっとお金貯めようと思ってね。バイト三昧なの」

「へえ、いいじゃん。やりたいことやるのが一番だよ」

「やっぱ3年も経つとお互い変わるもんね」

「そうだな」

「うん。昔はもっとテキトーだったもん」

「おいおい、そんなふうに俺のこと見てたのか」

久々の同級生に会ったせいか私はどこか気持ちが昂っていた。彼が私に言った「変わったな」という一言が頭の中に残っていた。私は心のどこかで彼が私に対して好意を抱いてくれてはいないかと淡い望みを抱いた。彼も高校の頃よりだいぶ垢抜けて顔立ちも大学生といった大っぽさがあった。

 私は彼とよく会うようになった。彼の家に行って二人でゲームをしたり、私の家で二人きりでドラマを見たりなど徐々に彼との距離は近づいていった。ある時は、彼は私のことを求め、私も彼のことを求めた。私たちはお互いに高校の頃の関係性を忘れ、一人の男と一人の女として親しみを深めていった。しかしそれでいても私は彼に対して、ホストクラブや整形手術に大金を使っていることを口に出せなかった。そもそも彼にそれを言う義理もなかった。彼は仕事をしていないのだ。あるいは、していると嘘をつきながら、私にお金を要求することが度々あった。私は彼のパトロンになることは嫌ではなかった。むしろ昔自分を侮辱した男を手中に置くことができることに優越感すら抱くようになっていた。彼に再会した時の紳士的な態度を思うと、その余裕がどこから出てきていたのかが不思議だった。

「私のこと可愛いと思う?」

「うん。可愛いよ」

「私のこと好き?」

「好きだ」

「ずっと一緒にいてくれる?」

「もちろんだよ」

 ある日、私は友達の家に泊まると嘘をついて彼を家にひとりきりにしてホストクラブへと向かった。久々の入店だったため、彼に対する罪悪感はなく馴染みの友達に会いに行くような感覚で小さなバッグを片手にヒール姿で堂々と歩いた。

「おかえりなさいませ!」

と何人ものホストたちの声が一斉に響くと、いつものホストが私を出迎えてくれた。

「久しぶりね」

「いやあほんとに久しぶりだよ。もう来ないかと思ってた」

「ごめんね、ちょっとお金貯めてて」

「いいやいいや、来てくれて本当に嬉しよ」

「よかった。忘れられてなくて」

「忘れるわけないよ。とりあえず、いつもの飲む?」

とホストの誘導でシャンパンコールが早速始まった。久しぶりということもあってその掛け声が心に染み渡った。やはり私の居場所はここなのだと思った。

「そういえば、この頃同伴と見せかけて金蔓にするホストのなりすましが増えてるみたいだから気をつけてね」

「何それ。初めて聞いた」

「そう言う奴らってすぐ良い金蔓見つけたらホスト辞めちゃうんだ。そんでしまいには女の金奪ってとんずらこくのよ」

「へー、嫌な世の中。この店でもそういうのあったの?」

「ないない。心配しないで。うちはホスト界隈では健全で有名だから」

「そうなんだ。知らなかった」

「俺みたいなのがいっぱいいるって思えばいいよ」

「何それ、逆に心配になるよ」

「なんでよー。姉さんたまに意地悪なんだからー」

その夜はホストで飲み明かして、早朝にヒールをガタガタと揺らしながら帰宅した。玄関のドアを開けると、ヒールを脱ぎ捨ててから私はそのままベッドまで直行し、少し酒で染みてしまった服のまま眠ってしまった。翌日目を覚ますと、彼は隣であたかも自分の家かのようにぐっすりと眠っていた。私はすぐに洗面台に行って洗濯機に服を脱ぎ捨てて入れた。すると、その音で起きてきたのか彼が起きてきて寝起きのせいか目を細めていた。

「おはよう」

「楽しかった?」

「うん」

私はそれ以上何も言わなかった。彼はすぐにトイレに入った。私も風呂場の扉を閉じた。


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