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夜中詩

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こぼれ落ちるのをすくってゼラチンで固めたやつ
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4月ばかたち

4月ばかたち

君のことぜんぜん好きじゃないって
唇はねじれながら歌ってみせる
コントロール不能、の、点滅

屹立するチューリップたちは夜だって明るく
躑躅の蕾が脳の痒い部分を撫でる

挨拶はできるようになりましたが
電話はまだ少し苦手です
清掃チェック用紙に捺すシャチハタを
君はふざけて飲み込んだ
コントロール不能
コントロール不能です

コントロール不能です、が
僕は全然まともじゃない道理を
正常であるかのよ

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◆短歌◆詩◆春がまた来るなんてやだね

◆短歌◆詩◆春がまた来るなんてやだね

抑えるのは右手、切るのは左手、やっとあなたの利き手がわかる

窓枠の厚いセロファン蝋梅の花びらだった山羊座のマイメロ

目張りされ完璧であるはずだった密室春の気配は満ちて

犬になるための機構を内蔵し踏み外す予感を楽しんでいる

地下街のトイレの寒い電灯が照らす伝線そのままで行く





春がまた来るなんてやだね。
芽吹く季節は肌が痛いし
脳が光を感知しやすくて
なにもかもが眩しくて
よくな

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◆詩◆孔雀薔薇園

◆詩◆孔雀薔薇園

大学生のころに恋人だった孔雀が死んだ
老衰だった
孔雀はよく死を想っていた
ふたりで死んでみようかと提案したこともあったが
孔雀はお前はもっと永く生きろと言った
付き合ってはいても孔雀はずっと上にいた
上にいたけど舞い降りて私と目線を合わせてくれたから
一緒にドライブにも夜のモスバーガーにも行けた
七月、一緒に郊外の薔薇園に行った
大輪の夏咲きの薔薇よりも
次の季節を待つ枝と葉たちは高潔だった

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◆詩◆思い出さない

◆詩◆思い出さない

住宅街は雨の染みを残して
水分を含んだ空気の中を漂っていた
僕だけが溺れるように生きている

昔、君とかくれんぼしたマンションが
立ち入り禁止になっていて
もうすぐ解体されるらしい

君はもうこの街には帰ってこないし
僕のこともマンションのことも可愛がってた猫のことも拾った漫画のことも失踪した先生のことも廃墟にいた「あれ」のことも忘れてしまっただろう

虫を採っては羽をちぎった
その罪が僕の肉に打

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◆詩◆美しくひらく傷

◆詩◆美しくひらく傷

今日は妙に饒舌だなと思ったら
喋っているのは口ではなく傷だった
真夜中に照らされる薔薇のようで
私はますますあなたが好きになる
鏡に映るわたしは平凡ないきものだったが
並んだあなたには霊性があって
思わず信仰してしまいそう
傷を介してわたしたちは通信した
五月につくった秘密たちはどれも美しく
六月に交わした言葉たちはどれも淫靡だった
指を絡めるよりも脱いだ服に触れる方が
背徳感を得られると知る

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◆詩◆群れ

◆詩◆群れ

バス停に牛の群れがやってくる
牛たちは真っ直ぐ前を見つめ
歩いていく
牛の群れは途切れず
バスは来ない
群れの中のひときわうつくしい一頭に
君が乗っていた
いつもより背筋を伸ばして
どこか異国の王のようだった
君は私に気づくことなく
牛に乗って去っていく
もう会えないのだと思う
一緒にお茶をすることも
カレーを食べることもない
音楽の話をすることもないのだろう
私やこの街や他のあらゆることを捨て

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◆詩◆五月

◆詩◆五月

公園の木はすべてがすべて別の形をしていて、なんだか恐ろしいような気がしたが、たぶんそれが正しい在り方であり、同じ服を着てみたり似たような言葉を使う僕らの方がいびつだと思えた。

メタセコイアの大樹を見上げてぼんやりしていたら、いつの間にか隣に君が座っていた。

君は何年か前に「自然は嫌いだ」と言っていた。
「自然のものより人が作ったものの方がいい」
それは君の魂の誠実さや脆さに関わることだったと、

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夜という名の海

夜という名の海

眠っているきみが
すこしわらった
僕はお茶を飲みながら
眠れない夜を過ごしている

きみの呼吸
きみの温度
ざわざわとした昼間より
感じ取れるものを拾ってみる

眠れないんだ
と言ったら
眠らなくてもいいよ
と言ってくれたね

きみは昼の住人で
僕の住まいは夜にある

きみも僕の寝顔を
こんな風に見ていたことがあるだろうか

ねえ、どんな夢を見ているの

吐息は静かな海になり
僕はゆっくりと漕ぎ出

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登頂記

登頂記

高い山だった

しかし私が登れる高さだったのだと
頂上でお茶を飲みながら気がついた

山の上は清々しい匂い
びゅうびゅうと強い風

アルミホイルに包んできた
焼き鮭のおにぎりを食べる

遠くを見る
山が見える

次に登るべき
この山よりも
高く険しい山

体の奥が燃えてくる
魂の在処を自覚する

踏み出す
向こうへ

◆詩◆星と雪の午後

◆詩◆星と雪の午後

こんな雪の日には
星を煮込むに限る
暖炉はあたたかく
犬はまるくなり
星はほろほろと煮崩れる
今朝はなにかに疲弊し
病んでいたような気がしたが
透き通る星の香に
魂が洗われていくようだった
さて夕食の準備はできた
窓に寄れば音のない白と銀の世界
君はどこかで遭難ごっこでも
しているだろうか
大きなかたいパンを両手に
雪まみれで星を食べにくるかもしれない
夜まで少し眠ろう
静かな、静かな、午後

おわる

おわる

いつの間にか眠っていたようで
舞台はもう終わりに近づいていた
オレンジを剥きましょうかと
青年の長い指がナイフを握る
金襴緞子に滴り落ちるもの
うつくしい調べはいつしかきいきいと悲鳴にも似て
すべてを仕組んだ少年は笑う
終わりはいつだって呆気ない
淋しいと声にすれば
あなたは傍にいるふりくらいしてくれる
双頭の猫が甘えてくる
腹を割かれた牛が預言する
虎たちはわたしを喰らおうと足音を消す
さあさあ

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創造

創造

砂に長い木の棒で輪を描く
中に星を描きこんで
記号をいくつか
そして呪文を唱える
きみが生まれる
生まれたばかりのきみは
ごじゃごじゃと意味の通らない言葉を吐く
わたしのエゴで生まれてしまったきみ
生贄の山羊
供物の葡萄、無花果、酒

きみが生まれたからわたしはもう孤独ではない
孤独になる権利を棄てた
きみをおぶって山を降りる
怪物にどよめく民衆

いつか慣れる
わたしもきみも
慣れることだけが止

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朝のうた

朝のうた

はやく起きてしまったので
ミルクをあたためて紅茶をいれる
おまえはまだ眠っている
空は薄い朱と灰がかった緑
眠たそうな星が天頂にいる
昨日は死にたいような気持ちに満たされていたが
今はそれもうやむやになっている
テレビをつける
誰かの家の知らない犬の動画
今日もなんとか乗り越えよう
あたたかい格好をして
甘いお菓子を買いにいこう
おはよう
おはよう
なにかに祈るような気持ちで

夜の獣のうた

夜の獣のうた

夜のオルガンが鳴っている
蕎麦をすする青年Sと
薄桃色の薔薇を握り潰す青年H
猥雑な喫茶のバックヤード、深夜

ふたりはよく似ていたが
似かよった部分がとても深かったので
誰も共通項を当てられなかった

青年Sは鬼の話をする
青年Hは大袈裟にわらう

おそらくこんな夜はもう来ないだろうと
予感するS

たぶんまたこうやってわらうだろうと
予言するH

プレイリストが明るい調子の暗い歌を流す
甘った

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