マガジンのカバー画像

小説《魂の織りなす旅路》

86
光たちからのメッセージ小説。魂とは?時間とは?自分とは?人生におけるタイミングや波、脳と魂の差異。少年は己の時間を止めた。目覚めた胎児が生まれ出づる。不毛の地に現れた僕は何者なの…
運営しているクリエイター

#音声配信

連載小説 魂の織りなす旅路#1/少年⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#1/少年⑴

【少年⑴】

 少年は自転車カゴに長靴を放り込むと、颯爽とペダルを漕ぎ始めた。このままどこまでも気の向くまま自転車を走らせよう。

 ぼくは自由になる。

 昨夜から今朝にかけて降っていた雨はやみ、その名残りがかすかにアスファルトを滲ませている。空は青く雲ひとつない。快晴だ。
 少年はペダルを踏む足に力を込めた。軽やかに回転する2本の足が、少年を既知の風景から未知のそれへと誘(いざな)ってくれるだ

もっとみる
連載小説 魂の織りなす旅路#2/少年⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#2/少年⑵

【少年⑵】

 少年は通りから漂ってくる夕方の匂いが大好きだ。ここは焼き魚、ここは餃子、この家はカレーライス。ぼくがこうして歩いている同じ時間に、料理をしている人、テレビを見ている人、お風呂に入っている人がいる。夕方は、人々の息づかいが一番生々しく感じられる時間だと少年は思う。
 しかし、ここにはそれがない。どうやら人がいないのは雑貨店だけではないようだった。夕飯の匂いはどこからも漂ってこないし、

もっとみる
連載小説 魂の織りなす旅路#3/不毛の地⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#3/不毛の地⑴

【不毛の地⑴】

「ほれ、起きれ。ほれ、行くぞ。」

 重たい瞼を開けると、浅黒い皺くちゃの顔がこちらを覗き込んでいる。驚いた僕は身をよじり、咄嗟にこの見知らぬ男から離れようとした。

 「話はあとやね。もう出発しなきゃなんねぇ。ほれほれ、起きれ。」

 男が僕の腕をつかむ。腕を引っ張られた僕は、よろめきながら立ち上がった。何か言おうとしたものの、乾燥した上唇と下唇が張りついて上手く喋れない。

もっとみる
連載小説 魂の織りなす旅路#4/不毛の地⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#4/不毛の地⑵

 【不毛の地⑵】

 僕が寝ていた低木が遥か彼方の点となり、とうとう見えなくなったとき、僕はため息をつき呟いた。

 「生まれたてのほやほやとはね。ふざけた話だ。」

 そして、馴染みのない自分の手を見つめながら、ぞんざいな口調で男に話しかける。

 「ところで、こんな大きな僕を生んだのは、いったい誰なんだろうね?」

 男は皺くちゃの顔を僕に向け、口元を緩めた。

 「そりゃあんた、あんたは始ま

もっとみる
連載小説 魂の織りなす旅路#5/不毛の地⑶

連載小説 魂の織りなす旅路#5/不毛の地⑶

【不毛の地⑶】

 今、僕の身には不可思議なことが起きている。僕は僕を知らない。ここがどこなのかも知らない。しかし、この男は僕を知っていると言う。
 とりあえず、それだけでもこの男についていく価値はありそうだ。こんな乾いた何もない赤土の上で、何もわからず立ち尽くしていても飢え死にするだけだろう。

 僕の記憶は、この男が僕を覗き込んだところから始まっている。それ以前の記憶はない。記憶喪失なのかもし

もっとみる
連載小説 魂の織りなす旅路#6/不毛の地⑷

連載小説 魂の織りなす旅路#6/不毛の地⑷

【不毛の地⑷】

 一体この男は何者なのだろう。どこから来て、どこに僕を連れて行くのだろう。

 「見えるものと見えないものの境目さね。」

 男は当たり前のように、僕の心に浮かんだ質問に答えた。

 「そこはここから近いのか?」

 どうせ答えらしい答えは返ってこないだろうと思いつつ、僕は聞く。

 「近いと思えば近いし、遠いと思えば遠いやねぇ。」

 どうやら僕を冷やかしているわけでないようだ

もっとみる
連載小説 魂の織りなす旅路#7/洞窟⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#7/洞窟⑴

【洞窟⑴】

 陽が傾いてきたせいか、あんなにも痛かった陽射しは弱まり、急激に寒くなってきた。薄い布を一枚纏っているだけの僕は、ブルッと身震いする。

 「寒いかや? そらそうやねぇ。寒いに決まっとるやねぇ。でもほれ、あすこの山。あの崖下に着いたらあったかいやね。」

 歩き始めたときは小さな点でしかなかった岩が、今は巨大な山として目の前に聳えていた。緑に覆われた山頂は平らかに広がり、ここから見え

もっとみる
連載小説 魂の織りなす旅路#8/洞窟⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#8/洞窟⑵

【洞窟⑵】

 洞窟は、どんなに歩いてもちっとも暗くならなかった。どこかに蝋燭や松明があるに違いないと、あたりを見回しながら歩いてきたが、その反面、この明るさが蝋燭や松明のそれとは異なることにも、僕は気がついていた。

 「ここは境目さぁね。暗いも明るいもないやね。」

 僕の疑問を察した男が、穏やかな口調で言う。ここが、見えるものと見えないものの境目。境目からやって来た僕を知っている男が、境目に

もっとみる
連載小説 魂の織りなす旅路#9/洞窟⑶

連載小説 魂の織りなす旅路#9/洞窟⑶

【洞窟⑶】

 僕がこの男を呼んだとでもいうのだろうか? いつ? どうやって? 僕は一体誰なんだろう。なんだって、あんなところで寝ていたんだろう。

 「そりゃぁあんた、教えたとおりさね。生まれたてのほやほやだったんさね。」

 「始まりの者から?」

 「そうそう。」

 結局は、創造主様のお話に戻るのか。この男の言うことは、なにもかも僕にはさっぱりだ。

 「あんな辺鄙なところに生み落とすなん

もっとみる
連載小説 魂の織りなす旅路#10/胎児

連載小説 魂の織りなす旅路#10/胎児

【胎児】

 胎児は見えない夢をみる

 見えない母親の夢をみて

 見えない父親の夢をみる

 見えない母親に波長を合わせ

 見えない父親に波長を合わせる

 そうして 

 見えない羊水に身を浸し

 見えない羊水に身を溶かした胎児は

 始まりの者と一体になる

連載小説 魂の織りなす旅路#11/胎内⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#11/胎内⑴

【胎内⑴】

 私は私に境界線があることを知らなかった。

 無限に広がる胎内は、たくさんのさまざまな波動で満ちていて、私はこれらの波動と繋がり、混じり合う、無限に広がった大きなひとつの生命体だった。この生命力に溢れた穏やかな無限の広がりが、胎内にいる私をいつも優しく包み込んでくれていた。

 母はいつも、私に話しかけてきてくれた。母の意識が波動を通じて伝わってくると、私も波動を通じてそれに応じる

もっとみる