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ホームスクーリングを主体的に選んだらカラフルな世界に一変した我が家

我が家には小3、小1の2人の男の子がいます。
学校に行きたくない子どもたちを抱え、母親として本当に悩み、紆余曲折のストーリーがあった末に今年からホームスクーリングという道を選びました。

学校に行かない、行けない、いわゆる不登校児ということですが、あくまで我が家にとってコレはめちゃくちゃ前向きな選択です。

主体的に学校へ行かないという選択をし、家族で話し合った上で前向きな気持ちでホームスクーリングにしようと決めました。

多様な学びも認知されつつもまだまだ浸透していないホームスクーリングは、世間から心配されたり哀れみの目で見られたりすることもありますが、
「本当にそんなネガティブなことではなく最高なんです!」と声を大にして言いたい気持ちです。

学校が悪いとか、不登校推奨とかそうゆうことではありません。
ただ、色んな人間がいて色んな考えがあるはずなのに選択肢がないのは辛くない?と思うのです。

ネガティブに思われがちな不登校も、次のステージへ移行するチャンスや、他のやり方を探すいいきっかけと捉えられたら、家族の笑顔が増え 視界がダークグレーの世界からカラフルな景色に一変しました。

とは言ってもまだまだ謎だらけのホームスクーリング。


何がそんなにいいのか?
どんな生活をしてるのか?
学校との連携は?

などなど疑問がいっぱいあると思います。

そんな方々に届けば本望です。
少しづつホームスクーリングのことも記事にして『ホームスクーリングのすすめ』をマガジンにしていきたいと思います。

1組でも多くの親子が幸せに楽に生きれることが私の願いです。

我が家がホームスクーリングを主体的に選んだワケ


我が家は夫婦で自営業です。
仕事の繁忙期が終わり一段落した状態で夏休み明けから兄弟揃って登校しぶりは加速。

次男は1年生で1学期は休みたがることなく通っていましたが
長男は入学した頃から3年生までずーっと行きしぶりでした。

行きしぶりの中でも2年生の頃は先生との相性もよかったのか少し前向きだったので安心していましたが、3年生になり担任も変わりみるみる表情も暗くなり、毎日死んだ目をしながら学校へ仕方なく通っていました。

長男がなぜ死んだ目をしていたのか。
それは繊細でHSCの気質のある彼にとって学校は厳しいところだったのに、一切寄り添えなかった私の対応のせいでした。

↓↓繊細気質の長男が死んだ目になってしまった話や兄弟それぞれの発達特性はコチラに書いてるので興味があれば読んでいただけるとイメージが掴みやすいかもしれません。↓↓


2学期が始まりまもなく、小1次男はチックが出るようになりました。
首を傾げるような運動チックです。

一時的なものかなと様子を見ていましたが、ある時から「クラスの子が意地悪してくるから学校行きたくない」と言う様になりました。


先生にも掛け合いましたが、「ちょっとクセの強い子も多くてまだ1年生なのでね。都度声掛けしていきます。」という反応だったので、私が大げさ?次男が被害妄想強いだけ?みんなそんなもんなのかな?と相手の子も分からないし、心配はしつつも様子を見ながら学校には通わせ続けるスタンスを取っていました。

しかしどんどん悪化するチックに不安を感じながらも学校に行ける日もあれば行けない日もあるような状況に。


そのうちに次男は夜布団に入るとシクシク静かに泣くようになり、朝になるとエクソシストばりにひっくり返っておかしいくらいに泣き叫ぶようになりました。

これはマズイと思い、休ませることにすると兄も俺も休みたいとメソメソ。


兄はHSC気質で学校に対して前向きな感情で、好んで通ってると見受けられることは小3に至るまでかつて一度もありません。

しかし、当時の私は母親として学校に通わせなきゃ行けないという固定概念から、子供の気持ちや状況はガン無視でした。


毎日行きたくない、あわよくば休みたいというスタンスの長男は、体調不良を訴えてくることもありましたが、いざ学校休めるとなった途端元気になる姿に私はイライラし、演技?嘘ついてる?と子供を信じられなかったのです。


あまりにも毎朝の行く行かないのやりとりがしんどすぎて決めたルールが熱基準。

腹痛や頭痛は自己申告で不透明なので「熱がない人は学校行く!」と叱咤激励していました。


周りのママ友に聞いてもみんな朝は行きたくないとか言うよーと言われ、そうゆうもんか?と鵜呑みにしていたのです。
本人たちの特性も完全に無視して。


そんな毎朝地獄のやり取り。
コレなんのため?誰のため?なんの意味があるの?と内心思っていた節もありましたが、母親として
どうにか学校に行かせないと!
普通の子にしないと!
最低限でいいからせめて学校くらいは!
と必死でした。

そしてある日。
いつまでも起きてこない次男を起こそうとしてユサユサしていても全然起きようとしないので「ねぇ!起きて!もう学校の時間だよ!」と抱えて起こした途端、次男がガクンッとしたんです。

え? え?


硬直し、軽く痙攣。
オエッオエッと吐きそうな素振りをしながら目がめっちゃ横向いて戻ってこない。


声をかけても反応なし。
やばい、意識なし。


そのまま朝学校の準備をしていた兄に今日学校休み!と言って救急車を呼び病院へ搬送されました。

病院についた頃にはだいぶ意識も戻ってき、様子見となりそのまま入院する事になりました。

てんかんの疑いと言われ、MRIや脳波の検査もしましたが結果は異常なし。


一安心ながらも原因不明という曖昧な診断でした。
お医者さんに聞くところによると睡眠レベルの問題とのこと。

過度なストレスや緊張などで睡眠レベルがどうこうなったこともありえますか?と聞いたら、「うーん、絶対無いとは言い切れないよね」と言われました。


驚くことに、この入院、療養期間の数日の間にあんなに激しく悪化していたチックが治まったのです。


コレを見て、療養期間は学校に行かなくていいと確定してるから安心からチックが治まったのかもしれないと私は思いました。

そして、原因不明の救急車騒ぎも学校へ行くということが引き金だったんじゃないかと思うようになりました。


療養期間が終わり、体調も戻ったことで改めて学校へ行く日の朝。


再びエクソシスト状態で泣き叫ぶ次男を見て私はやっぱり良くないと思い、次男は学校休ませるから、お兄ちゃんは準備して!と言ったその時でした。


長男がこれまで溜めてきたたストレスが溢れ出したのです。
普段自分の気持ちをずっと抑えて生きてきた長男は滝のように号泣でした。


俺は1年生のときから今までずっとずっと耐えてきたんだ。
俺が行きたくなくても熱ないから行けって母ちゃんが言うから仕方なくずっと行ったんだ。
学校で嫌なことされてもずっと我慢してきたんだ。
俺はずっと頑張ってるんだ。頑張ってきたんだ。
なのに母ちゃんは頑張れ頑張れってそればっか言ってくる。
俺だってずっと頑張ってたんだ。
なのに全然休めないじゃないか。
なのに弟は熱なくても休んでるじゃないか。
なんで弟だけすぐ休めるんだ。
俺のことは心配じゃないんだ。
俺のことが嫌いなんだ。
俺なんか死んでいなくなればいいんだ。

今思い出しても長男の涙の訴えは、心が痛すぎて泣けます。


このときです。


私は何をやってたんだろう。
何を目指してたんだろう。
毎日に追われただ目の前のタスクをこなしてただけの毎日だった。

長男はこんなに心を痛めて自分の気持を隠していた。
次男は意識を失うほどのストレスを抱えていた。


死ぬほど反省しました。
そしてある種、洗脳が解けたような感覚がありました。


全身の力が抜け、
あ、私だめじゃん、これ全然違うよ。私がやりたかったことじゃないよ。
と思ったのでした。

今思えばもう取り憑かれていたとしか思えません。笑


学校という呪縛。
宗教じゃないけど常識という大きな渦の中にいたような。

今思い返すとそんな感覚です。



ゴールが見えたら本質がわかった


子どもたちがこうなったことで私は子育てのゴールを見つけることが出来ました。

ゴールが定まった私は最強でした。笑

子育てにブレブレだった私は、他人軸で人と合わせることに必死で、子供のことは見ているようで、出来ないところを出来るようにすることばかりに注視していて子どもたちの良いところすら見失っていたのです。

私が定めたゴールは子どもたちが死ぬまで幸せに生きること。

親なら誰しもがそう思っていると思います。
経済力や将来の仕事を考え、学力をつけることを優先にしている親御さんも多いと思います。


しかし私はゴールを目指すために必要なことは、自分を大切にして幸せに生き抜ける力をつけてあげることだと思いました。


このゴールを掲げたら、学校へ行く行かないの問題は私の中でどうでもいいことになりました。

学校側は支援級もあるし、自由登校でいいから来てほしいということでしたが、先生たちとの五者面談の際に「学校行かなくていいや」と吹っ切れました。

その理由は
私の目指すゴールのためのプロセスで、今の息子たちに授けたい力や伸ばしたい力が学校では育たない。と確信したからです。

これは学校が悪いと行っているわけではありません。

長男に今必要なのは、自分の存在はとても価値があると認識すること。


HSCの特性を持ち、人と比べて劣等感を感じたり、自分の意見が言えなくて我慢して人に合わせたり自分を否定し犠牲にすることで自分のポジションを守りこれまで生活を送ってきた子に、学校生活で得れる物はなんだろうと考えました。


もちろん学校でしか得られないこともあるのは重々承知です。
その上で長男の場合、学校で得れるものより何か大切なものを失ってしまうことのほうが多いような気がしたのです。

長男はうまく合わせながら学校生活をすることは出来ます。
しかしそれは=今の彼にとっては我慢することでもあり、長男の良いところはすべて潰れてしまうかもしれないという視点で見た時、今の長男に必要なことは学校では得られないんじゃないかと思ったのでした。


次男においては、まだ一年生で学校の行事や学校生活をまだ一通りやっていないこともあり、正直少し世間知らずになるかもという気持ちはあります。

しかし、次男の言った「意地悪じゃない子と友達になりたいだけなんだ」という言葉は私の心にものすごく刺さりました。

隣の席の子、ご飯を一緒に食べる子、やりたいこと、やりたくないこと、全て自由に出来ない。
友達すら自分で選べないと訴える次男の「自分で選びたいんだ」という
この感性を私はとても大切にしたいと思いました。

学校は席替えしたり手は尽くしてくれたようでしたが、次男の心の傷は癒えていないのもありつつも、それ以上に当たり前にやらなければいけないとされること一つ一つに理不尽さと疑問を持っていました。

なんでみんなと同じにしなきゃいけないの?という次男の視点もまた、素晴らしい個性で潰したくないと思ったのでした。

鉛筆を両側からやたらと削りたがる次男は、学校に両側削った鉛筆を持っていったら怒られたとのこと。

危ないから怒ったのかな?と私が聞いたら、「振り回したら危ないけど使うだけなら危なくないよ。しかもこれなら折れても反対側ですぐ使えるからめっちゃいいでしょ?」って言ってました。

確かに。笑

ユニークな発想だなと思いましたが、学校では良しとされない行動です。
こういう経験が1年生になってすぐに積もり積もって不調和を起こしたのかなと思うと、自分軸で自分で納得した選択をしたい次男には尚更学校以外の選択もあるよと教えてあげたかったのでした。


我が家は現在学校とは完全に距離を置いています。
週◯回通うとか、療育、支援級に通うこともしてません。
スクールカウンセラーや心理士との話し合いもありません。

子どもたちに無理に登校刺激はしていませんが、「〇〇あるんだってー。行く?」くらいは聞きます。

本人たちには学校行きたいなら行けばいいよ。
行きたいときだけ好きな時間に行けるようになってるよ!とは伝えてあります。

しかし今のところ兄弟揃って「今はまだいい〜、行かなーい」と言います。
今はまだ?そのうち行く気なのかな?笑

行っても行かなくても全然どっちいいです。
学校への強制をすることはやめました。
本人たちの意思を尊重しますと学校にも伝えました。

目指すところは復学ではありません。

あくまで健全な心を育てるための子育てでありたくて、自分を押し殺してまで学校へ行ってほしいとは思いません。

行きたくなったら行けばいい。
学校は必ず行くところではなく、あくまで1つの選択肢としてとらえたいと思います。


そして
学校行きたくないなら、他になんかやろうよ!
こんなにたっぷり時間があるんだし、どうせなら超充実させようよ!
と私が完全に学校への未練を経ち、吹っ切ることができたら驚くほど生活が一変しました。

家族の時間、笑顔もむちゃくちゃ増えました。
かといって1人の時間がないなどのストレスも全然ありません。

時間がたっぷりあると、とにかく心に余裕が生まれます。
各々が自分ののやるべきことを自分のペースでやり、お互いを尊重しながら自分の時間を大切に楽しく暮らせるようになりました。


あの学校に縛られていた憂鬱な毎日は何だったのかと思うほど、毎日に幸せを感じれるようになりました。

私は憑物が落ちたかのように穏やかになり、笑顔が増えました。
子どもたちもこんなに可愛く笑うんだと思うほどよく笑うようになり、死んでいた目もキラキラした瞳に戻りました。

そしてホームスクーリングを選んだことで私自信が子育てを楽しめるようになったことが何よりも子どもたちに良い影響を与えている気がします。


比較すること無い。
自分軸で自分の道を進めばいい。
いいお母さんを演じずに私は私のやり方で。

これでいい。
これがいい。

我ながら驚きますが、私が本気でそう思えるようになったら、子どもも自然と良い方向に向かっています。


死んだ目をしながら無心で必死こいてストレスフルマックスでこなす生活をするより、今の生活のほうが明らかに伸びを感じるんです。
子どもたちにとって、とても必要な学びなんじゃないかなと思うのです。
そんなホームスクーリング生活を我が家は送っています。



理解されないけどいいの! だって家族が笑顔で過ごせるから!


子供の同級生ママ達からは「大丈夫?」「元気してる?」「よかったら子どもたち遊ばせようよ」と子どもたちが辛く塞ぎ込んでるだろうという設定の憶測で心配の連絡が届きます。私に対してのお茶やランチの誘いも。


心配してくれてるのはありがたいのですが、家族で悩み果ててどん底にいるからどうにか助けてあげたいと思われているのが不本意ではあります!笑


学校の個人面談に行った際も、先生からお子さんは外に出てらっしゃいますか?と聞かれ驚きました。

いやいや、学校行ってたときより活力アップして勉強に運動によく頑張ってますと言うと、「え!?昼夜逆転でゲーム漬けじゃないんですか?」って驚かれました。

あげく、お子さん勉強の方はどうですか?と聞かれ、「あ!毎日ギュッと集中してマンツーマンでやってたら3年生の単元全部おわったので、今おさらいで学校の進行に合わせて分数やってます」と言ったら、先生は本当に驚いていて、「今まさに分数やってるんですけど、概念がないのか分かる子が少なくてどう教えるのがいいのか悩んでるんです。どうやりました?」って逆に相談を受けました。笑

面談で思ったのは、やっぱ学校のシステムってそろそろ無理あるんじゃないかなと正直思うところがありました。

それはともかく昼夜逆転ゲーム三昧
どんなイメージ。笑


ここは地方の田舎で狭いところなので、同級生ママたちからは憶測で心配頂いていますが、わざわざ説明するのも面倒なので、本当に仲の良いママ友にだけ主体的にホームスクーリングをしていることを伝えています。

この前そのママ友に誘われてランチに行った際も、他の親が我が家の子が不登校になったと知って、「うちの子がいじめたんじゃ?」「うちの子は原因なんじゃ?」とめっちゃ聞かれると言われました。


あはは!迷惑かけてごめんね!と言ったら、「あのねー、そんなノリノリで前向きに不登校してる人、異例すぎて誰も理解できないんだよ。」と言われ大笑いでした。

そういえば学校にも「前例がないので」と言われたな。笑


まだまだ異端児な扱いのホームスクーリングですが、海外では当たり前の選べる学びの場の一つです。

このように色んな考えややり方があることが1人にでも多く伝われば、もっと柔軟な思考で楽に生きれる親子が増えるかもと思うとどんどん発信していきたいと思うのでした。


さいごに

ホームスクーリングのことやマインドの持ち方、子供との接し方などリアルタイムで経験している私だからこそ伝えられることを背伸びせず等身大の私の言葉で伝えていければと思います。

母親になり、常識でしか物事を考えられなくなっていた私に、子どもたちが不登校になり身を持って思い出させてくれたことが山程あります。

運命とか直感とか好きな私は、ある意味この状況は子どもたちが与えてくれた私の使命なんじゃないかとさえ思います。笑
さらに我が家はちょうど夫婦で自営業であることも、ホームスクーリングへ踏み出しやすかった要因でした。

せっかくこのホームスクーリングという今はまだ珍しい道を子どもたちと選んだのだから自信を持って良さを伝えていきたいと思い、少しづつ広めていけたら良いなと言う気持ちで今後も記事を書いていきたいと思います。


少しでも誰かの役に立っていれば幸いです♡




「不登校の対する考え方」について私が書いた記事をまとめているマガジンです。子供の不登校で悩んでいるお母さんに是非読んでいただきたい内容です。随時更新中〜♪




自己紹介も兼ねてる記事なので、もし私に興味が湧いてくれたら読んでもらえたら嬉しいです♡


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