資本主義と音楽|ポップミュージックが描く現代社会の光と闇
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資本主義と音楽|ポップミュージックが描く現代社会の光と闇

北村 花

今回は、資本主義と音楽というテーマで、現代の資本主義を鋭く風刺したRina Sawayama「XS」と、現代の全体主義的社会を皮肉ったKaty perry「Chained to the rhythm」について、書いていこうと思う。

前回、前々回のnoteではフェミニズムと音楽というテーマで和訳しつつ歌詞解説していく形で紹介していたが、今回は資本主義と音楽、というテーマを軸に書いていきたいと思う。

血縁を超えた愛情関係を肯定したRina Sawayama「Chosen Family」

 さて、いきなり本題からはずれてしまうが、Rina sawayamaといえば、オリンピックの閉会式で「chosen family」(Elton Johnとのコラボバージョン)が使われていたことで知った人もいるかもしれないので紹介しておく。私は閉会式を見ていなかったので後からニュースで読んでなんともいえない感情になったのを覚えている。「chosen family」は、苗字や血のつながりがなくても”選ばれた”家族であることを歌い、性的マイノリティの方々や血のつながりのない人々の愛を高らかに肯定した曲である。

 Chosen familyは、LGBT+のアンセムとも呼ばれる。性的少数者だけでなく、例えば養子縁組であったり、不妊で悩んでいる方であったり、夫婦別姓で違った苗字を共有している人であったり...あらゆる家族のかたちを包括して「選ばれた家族」であると歌った曲である。
 しかしそれをあろうことか、同性婚も認められず、夫婦別姓すら実現されない、LGBTなど性的少数者をめぐる「理解増進」法案ですら了承が見送られるような日本のオリンピックで堂々と流してしまうのには、かなり抵抗を覚える。曲自体は本当に良いものであるのに、こうして薄っぺらい”多様性”促進にこの曲が使われてしまうことにやるせなさを感じてしまう。この多様性をめぐる考えについては、また別の機会に書きたい。

資本主義を皮肉った Rina Sawayama「XS」(2020)

 いよいよここからは、資本主義と音楽というテーマで紹介していきたい。次に紹介するのは、RINA SAWAYAMAの「XS」。資本主義の問題点を鋭く風刺した曲である。タイトルの「XS」は、過剰、余剰を意味するexcessと掛けられている。

曲はHey, I want it all,don't have to choose(ねぇ、全部ちょうだい、選ばなくていいから)という出だしから始まり、Gimme just a little bit (More) little bit of (excess)(もっとちょうだい、もっと)という歌詞がなんどもリフレインされる。止まらない消費への欲望と引き起こされる渇望を表現している。

Flex, when all that's left is immaterial
自慢しても、もう大事なものは何も残ってないのに
And the price we paid is unbelievable
払った代償は信じられないくらい大きい
And I'm taking in as much as I can hold
そして持てるだけのものをすべて手に入れるの
Well, here are the things you'll never know
ほら、あなたが決して知らない事実

 払った代償は信じられないくらい大きい..というのは、資本主義の大量生産によって環境破壊が進み、それによって気候変動がもはや引き返せないところまで進んでしまっていることを意味している。
そして最後の一文では、それを消費者側が知らない(知らないふりをしている)というのを皮肉っているのだろう。インタビューでは、プラスチックゴミの問題や、オーストラリアの火災の問題にも触れられている。

Make me less so I want more (More)
もっと貶めて、もっと欲しくなるから(もっと)
Bought a zip code at the mall
ショッピングモールの住所を買うの
Call me crazy, call me selfish
頭がおかしいって、自分勝手だと言っても構わない
Say I'm neither, would you believe her?
私はそんな人間じゃないって言っても信じる?

make me less~の部分は、自分自身の価値を貶めることで商品を買わせるというのを意味していると解釈した。
以下のvideoでは、歌詞に込められた意味についてRina本人が解説している。

It's just like the modern capitalism monster. We all have a little bit of that though because we're taught that that is what gives us value,gives our lives value is productivity.I'm obsessed with technology but i feel like technology was invented to make our lives easier and make us do less and so we've got more spare time to do stuff but actually it's done the opposite.where it's actually made us work harder and longer and so more productivity and consumerism. it's like a hyper speed because we're able to cram more stuff into the day.it's just kind of sentiment of more,more,more

それはまるで現代の資本主義の怪物みたいです。私たちは皆、そのような要素を少なからず持っています。なぜなら、それこそが私たちに価値を与え、私たちの生活に価値を与えるものだと教えられているからです。
私はテクノロジーに夢中です。テクノロジーは、私たちの生活を楽にし、仕事を減らすために発明されたような気がします。つまり、何かをするための余暇時間を増やすことができると。
しかし、実際にはその逆です。テクノロジーは私たちをよりハードに、より長く働かせ、より多くの生産性と消費主義をもたらしました。そこでよりもっと、もっと、もっと!という感情を抱くようになったのです。
(Rina Sawayama "XS" Official Lyrics & Meaning | Verifiedより書き起こし&和訳)

「XS」の歌詞は過剰に消費する消費者を描いているが、MVの前半では過剰に商品を売り出す通販の販売員、つまり消費させる側が映し出される。さらにMVの後半では地下の製造工場で壁に縛り付けられた生き物(搾取される存在=地球の資源のメタファー)が描かれる。そして最後はまるで壊れた商品のように捨てられてしまう、という結末だ。

 Rinaがこの曲で訴えたことは、マルクスの『資本論』で書かれていたようなこととの類似点も見られる。マルクスの『資本論』では、人間と人間の社会関係がゆがめられ、物と物との関係となり(物象化)、貨幣そのものが価値をもつかのような錯覚が生じる(物神崇拝)と書かれている。

  MVでは、一見何の意味もない水にブランドのロゴが描かれ、それがさも価値のあるものかのように売られている。自分たちが価値があると思い込んでいたものが、その実際は...という皮肉が込められているのだ。

資本主義の批判を音楽で行うことの難しさ

Rina Sawayamaのインタビューより引用
XSは、沈没する世界での資本主義をあざ笑う曲です。
世界的な気候変動が加速し、人類の絶滅が私たちの生涯の中で、非常に現実的な可能性であることを私たちは皆知っているため、毎月ブランドが新作のメイクアップパレットを出し、著名人がInstagramでオーストラリアの山火事に関する悲しみをポストしているのと同じ週に、Calabasasにある彼らのゲート付きの巨大で高額なハウス・ツアーをしていることは、とても滑稽に思えます。
私が言いたいのは、目をつぶることも罪だということです。
でも目を開けることは、私を落ち込ませます。私たちはみな資本家であるため、私たちはみな偽善者です。それは私たちが抜け出せない罠です。私は、全てが上手くいっていた頃を思い起こさせる2000年代のR&Bビートの根底にある、燃え上がるメタルギターの突き刺すような痛みに、真実を超えた気候変動の世界を否定するカオスを反映したかったのです。

 Rina本人の、「私たちは皆資本家であるため、私たちは皆偽善者です」という言葉は、誰もが共感できるのではないだろうか。
私たちは資本主義経済の当事者でもあり、被害者でもあり、加害者でもある。だからといって、都会の生活と隔絶されたコミューンに暮らし、自給自足の暮らしをする…といったことも実現が難しいし、それが実現したからと言って、資本主義へのカウンターになるとは言い難い。

アメリカのドラマ「アロー」のセリフ(「お金になぜこだわるの?お金が全てじゃない」というセリフに対し「金持ちに言われてもな」と返す)に見られるような、「資本主義の恩恵を多大に受けてきた人」が「資本主義の批判」をすることによる心理的な反発も当然起こるだろう。Rina本人も、そのあたりはかなり自覚的であるように思える。
私たちは資本主義と一種の共犯関係にあり、少なからず環境破壊に加担しつつ生きている。そのような矛盾の中でもがきながら、どうにかして最善の道を探っていくしかないのだ。

歌詞について、Rinaはまたインタビューで以下のように語っている。

心理的に起こっていることは、政治学や社会学においてはひとつのファクトなんです。(中略)いつも考えていたことですが、何よりも大事なのは教育と読書で、ポップカルチャーはその次だと思うんです。いいですか皆さん、「一に教育、二にポップス」ですよ。

SNSに踊らされる人々を風刺した「Chained to the rhythm」Katy perry (2017)

 最後に紹介するのは、Katy Perryの「Chained to the rhythm」である。
Chained to the rhythmは資本主義社会というよりも、全体主義社会そのものを皮肉った曲である。また、昨今盛んに行われているようなソーシャルメディアへの批判をいち早く行っている。

実は公開当時は割と批判されていたらしいのだが、近年になって再評価の流れも出はじめている。実はこのMVにはたくさんのメタファー(原子爆弾型の綿菓子、固定化された家族観、エネルギーの枯渇...)が込められていて、ぜひいろいろと探してみて欲しいのだが、その中で少しだけご紹介。

Are we crazy?
Living our lives through a lens
Trapped in our white-picket fence
Like ornaments
So comfortable, we live in a bubble, a bubble
So comfortable, we cannot see the trouble, the trouble
私たちっておかしい?
レンズを通した世界で生きている
白い柵に閉じ込められて
飾り物みたいに
泡の中に住んでいて快適なの
問題事なんて私たちには見えないから

レンズを通した世界=メディア を表しているのだろう。MV中でもSNS中毒の人々が描かれ、そうしたものに踊らされて肝心なものが見えなくなっている、ということを皮肉っている。

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最近では、Netflixで「監視資本主義」という映画が公開され、Facebookが反論したりと話題になっていたが、いまではもはやソーシャルメディアは生活になくてはならないものになっている。

「監視資本主義」については、若者の自殺との因果関係をソーシャルメディアの台頭に強引に結びつけていたり、特定のSNSに責任を押し付けてしまっているような構成となっていることなど、全てを信じ込むには危うい部分もある。
ただ、今何気なく使っているSNSが、どのような仕組みで、何を意図して作られたものであるかを考えるのにはある程度有用だろうと思う。

 Katyが当時この歌とMVでも示唆したような人々が盲目的に陥っている状況は、当時よりも拍車がかかっていると言える。メディアによるエコーチェンバー現象によって、私たちはますます見たいものしか見えなくなり、まさにバラ色のメガネをかけさせられている状況に陥っているのだ。

    So put your rose-colored glasses on
   And party on…
薔薇色のメガネをかけて
さぁパーティの始まり

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タイトルの「chained to the rhythm」も、「リズムで繋がっている」というのと、「リズムに縛られている」というダブルミーニングになっている。

Turn it up, it’s your favorite song
   Dance, dance, dance to the distortion
   Turn it up, keep it on repeat
   Stumbling around like a wasted zombie
   あなたのお気に入りの曲で盛り上がって
   歪みに合わせて踊って踊って踊る
何度も繰り返して
   よろよろしたゾンビのようにね

サビの部分で「ゾンビ」というポップ・ソングになじまない引っ掛かりのある言葉を挟むのが Katy Perryらしい。聴く人にどういうこと?と意味を考えさせる効果を持っている。

そして見て欲しいのがこの場面。

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  お気づきだろうか、みんなが並んでいる列の待ち時間が”1984時間”になっているのである。MVと歌詞が描こうとしているものから見ても、全体主義社会を描いたジョージ・オーウェルの「1984」から取ってきているのは明らかだろう。
最近では品川駅の広告が「ディストピアっぽい」とか「1984の世界だ」と話題になったりもしたが、トランプ当選時や、ことあるごとに参照される小説でもある。
現在のコロナ禍でのテレワークの状況であったり、先ほどの「監視資本主義」で出てきたような内容など、現代に通づる部分は非常に多い。

 オンラインでのやりとりが当たり前となった今、私たちはもはや「薔薇色のレンズ」なしに生活を送ることは非常に困難になっている。
絶え間ない情報が流れてくる中で、何が正解かわからずに右往左往してしまうこともあれば、「真実」を見極めようとして陰謀論に陥ってしまう人もいる。そしてこのご時世間違った情報を信じてしまうと、ときに命を落としかねない。

 対話が途絶え、分断された社会の中で、私たちはつながりを求めて彷徨い続ける。孤独は人を惑わせ、人と足並みを揃えることで安心感を覚える。
繋がっている、というつもりが、実は縛られてはいないだろうか、ということを、私たちは都度考え直さなければいけないのかもしれない。

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北村 花
京都市立芸術大学在学の22歳。主に映画や本や音楽といった文化の表象と社会問題とを絡めて解説記事を書いています。英語の勉強を兼ねて歌詞和訳をしたり、日頃の思考について綴ったりもしています。Instagram/twitter ID→@hanakitamura_