3.メアージュピース物語 第3部 果てなき旅を終わらせた冒険者達の章 外伝「世界中を震撼させた悲しみの記録」第3話
第3話 水の大陸サートサーチ ジルウォーズ国城下町
ラルゥール=パリスメン(13)の物語
本当に悲しい時って、涙は出ないんですね…僕、初めて知りました。
僕の一族は、昔から占い師として有名でした。
『ルインドールの家系』と呼ばれ、魔法も使えたので当時は各国で重宝されていたようです。
しかし、それは魔物と呼ばれる生き物が大地を支配していた大昔の話。
今はそんな血を継ぐ者も生まれず、普通の人間として平和に暮らしています。
ルインドールの血は、本来女性にしか現れません。
その血を絶やさない為に、継いだ女性は強制的に一族内の男性と結婚させられたそうです。
でもそれもまた大昔の話で、今はそれぞれが好きな人と結婚し、普通に家庭を築いている。
だから、当然の事ながら血を継ぐ人間も生まれない…筈でした。
突然変異…ってやつ、なのでしょうか。
僕は、その血をどうやら継いでしまったようなのです。
最初にそれが分かったのは、僕が3歳頃の事。
「ラルゥール、お昼寝の時間じゃないの?」
祖母にそう言われて、母は慌てて僕の部屋に入って来ました。
「あっ、忘れてた!」
祖母は、呆れて溜息をつくばかり。
僕の母、昔から忘れっぽいもので。
「ラルゥ、ごめんねぇ。今、寝かせてあげるからねぇ?」
母が慌てて部屋に入って来た時、僕はルインドール家に伝わる大切な水晶玉を戸棚によじ登って取り出した所でした。
「だっ、駄目じゃないの、ラルゥっ!それは、大事な大事な…って、えぇーっっっ?」
母は、大変驚きました。
何故なら僕が触れた途端、水晶玉は物凄い光を放ち始めたからです。
この水晶玉は、ルインドールの血を継いだ者以外が触れても何の反応も示さない筈でした。
「おっ、お母さぁーんっっっ?!」
母はとにかく僕を抱きかかえ、部屋を飛び出したと言います。
2度目は、僕が5歳の時。
「ラルゥ、お出掛けしましょうねぇ?」
「行かないっ!」
何故か僕は、激しく出掛けるのを拒みました。
「どうして?こんなにいい天気だし、昨日は公園に行きたいって言ってたじゃない」
母はそう言って、雲1つない晴れ渡った空を見上げました。
「だーめ!今日、雨ふるもんっ!」
僕の発言を聞いた母は首を傾げ、溜息をつくと呆れた顔で部屋を出て行きました。
しかし、それから1時間後。
「え…えぇーっっっ?!」
母の絶叫が、家中にこだましました。
何とあんなに晴れていた空が見る見る内に曇り出し、土砂降りになったのです。
僕の言う事など全く信じずに洗濯物を干した直後だった母は、それはそれは驚いた顔で僕を見つめました。
天気の予測は、世界中でもルインドールの血を継いだ者しか出来ません。
「おっ、お母さぁーんっっっ?!」
母はとにかく僕を抱きかかえ、部屋を飛び出したと言います。
「おかしいなぁ…」
ある日、父は僕を見つめながら首を傾げました。
「そうよねぇ…やっぱ、おかしいわよ」
母も、僕の頭を撫でながら呟いています。
訳の分からない幼い僕は、ポカンとするばかり。
そうなんです、絶対におかしいんです。
一連の僕が起こした騒動から、これは確実にルインドールの血を継いでいると確信した両親達だったのですが、少々おかしい部分がありまして。
1つは、母の実家は分家であると言う事。
分家からは、血を継ぐ者は生まれにくいと聞いています。
だって、血を継ぐ者が生まれた事がないから分家なんですもん。
血を継ぐ者が生まれた事がないから、分家の女性は普通の男性と結婚してしまい、尚更血は薄くなる。
それで、分家からは血を継ぐ者が生まれにくいと言う訳です。
そしてもう1つ、僕は歴とした男であると言う事。
先程も言いましたが、この血は女性にしか現れません。
お陰で僕は幼い頃から有名人ですよ、ハハハ。
しかし両親と祖母は心配になり、一族で一番長生きしているババ様に相談を持ちかけました。
「おお、そなた達か…そろそろ、来る頃だと思っとったよ」
「ババ様、こんにちは!」
僕は、元気よく挨拶をしました。
確か、7歳の時です。
この頃には、僕は既にルインドールの占い師が使えると言われている魔法を、独学で勉強していました。
先日も、近所に住む物知り爺さんの髭を火の魔法で焼いて、怒られたばかりです。
「あのぉ、ババ様。これは一体、どう言う事なのでしょうか…」
父は、真剣な眼差しでババ様を見つめました。
祖母と母も、不安そうな表情を浮かべています。
ババ様も悩んでいる様子でしたが、やがて口を開きました。
「残念ながら、私にも理由は分からないんじゃよ」
「え…ババ様にも、分からないんですか?」
母に訊かれて、ババ様は僕を見ながら言いました。
「しかしな、これだけは言える…この子は、我々の支えとなる子じゃ。我々一族の、最後の希望の光かもしれん!全員総出でこの子を守り育てて行くのじゃ、良いな!」
このババ様の言葉は、あっと言う間に一族中に広まりました。
こうして僕は、一族の皆に守られながら大事に大事に育てられて来たのです。
スクスクと何の問題もなく僕がいい子に成長して行く中、僕の存在を何処かで疎ましく思っている輩がいたようなのですが…。
この時の僕達は、まだ何も知りませんでした。
「ラルゥールっ!」
祖母の声です。
「ラルゥールっ、何処なのっ!ラルゥールっ!」
あの年、僕は13歳になったばかりでした。
「ラルゥールっ!」
「此処だよ、お祖母ちゃん!」
「ああ、ラルゥールっ!」
物凄い勢いで、祖母が部屋に駆け込んで来ました。
「ラ、ラルゥール、いいかいっ!今から、お、お祖母ちゃんの言う通りにするんだよっ!」
何だか、ただならぬものを感じました。
いつもの穏やかな祖母とは、明らかに何かが違ったのです。
「今、お隣のジェイクお兄ちゃん呼んだから、身の回りの物を持ってジェイクお兄ちゃんと一緒に行きなさいっ!分かったっ?」
僕は、何が何だか訳が分かりませんでした。
「ど、何処へ?」
「ジェイクお兄ちゃんが、知ってるからっ!いいねっ?」
祖母は、必死でした。
僕が言われるがまま荷造りをしていた、その時。
「遅れましたっ!」
隣に住んでいて、1人っ子だった僕といつも遊んでくれた10歳上のジェイクお兄ちゃんが、僕の部屋に入って来ました。
「ジェイク、お願いしますね!」
「任せといて下さい!」
ジェイクお兄ちゃんは、自信ありげに胸を叩きました。
「ラルゥール…」
祖母は突然僕をきつく抱きしめ、震える声で言いました。
「お祖母ちゃんの事、忘れないで、頂戴、ね…お願いよ?」
「え…」
ど、どう言う事なのでしょうか。
「お母さんっ、何処なのっ!ラルゥはっ?」
母の声です。
「お母さ…ああ、ラルゥ!まだいたのね、良かった!」
母が僕の部屋に入って来て、祖母と入れ違いに僕を抱きしめました。
「ああ、私の可愛いラルゥ…」
父も後から入って来ると、厳しい顔をしてジェイクお兄ちゃんと何かを話し始めました。
「ね、ねえ、お母さん。一体、何が…」
「『魂を奪う者』が来るの…」
「え?」
魂?奪うって……何っ?
「ラルゥ…生きなさい!」
「え…」
ちょっぴりドジで、忘れっぽい所があって、頼りない母が、この日だけは強い女性に見えました。
「必ず…必ず、生きるの!」
「お母…さん?」
母は僕の頬にキスをし、部屋を飛び出して行きました。
母の涙を見たのは、後にも先にもこの時が初めてです。
祖母も目に涙を浮かべ、母の後を追って行きました。
ジェイクお兄ちゃんと話を終えた父は、僕の頭を撫でて言いました。
「いつの間にかこんなに大きくなってたんだなぁ、ラルゥ。お前が酒を飲めるような年になるまで、一緒に生きていたかったのだが…」
「ね、ねえ、お父さんっ!何があったん…」
「お前は…お前は、一族の誇りだ。立派な息子を持って、父さん…幸せ、だった、ぞ…っ!」
父さんまで、そんな、涙を流すなんて…。
何となくだけど、薄々感づいていた。
僕が原因で何か悪い事が起ころうとしているんだ、きっと。
知りたかった、けど…知りたくなかった。
父の後ろ姿を見送った後、僕は荷物を持ってジェイクお兄ちゃんと部屋を出ました。
僕の部屋は何ともなってなかったのに、廊下に出た途端…壁一面、傷だらけでした。
そう、それはまさに爪痕でした。
何か大きな怪物が、此処一帯を引っ掻いて回ったような。
『魂を奪う者が来るの…』
僕は、母の言葉を思い出していました。
これは…爪?
魔物のようなものだとしても、大昔に絶滅した筈…。
じゃあこの爪痕は、誰が。
母が言っていた、『魂を奪う者』とは一体。
「走るぞ、ラルゥ!」
ジェイクお兄ちゃんは、子供の時にしてくれたように僕の手をギュッと力強く握りしめました。
「う、うんっ!」
ジェイクお兄ちゃんに手を引かれ、僕は我が家を後にしました。
走って、走って、走って…。
ジルウォーズ城下町を出て平野を抜け、僕達は深い深いルインドールの森の中へと入って行きました。
ルインドールの森の中心に着くと、目の前には見た事もない大きな白い塔が聳え立っていました。
13年もこの地で暮らして来て、このルインドールの森にこんな大きな塔が建っていただなんて…。
僕は、全然知らなかったのです。
ジェイクお兄ちゃんは相変わらず僕の手を握ったまま、塔へ向かって走って行きます。
「この中だ…」
塔の中に入った途端、周りの空気が澄み渡って行くのを感じました。
「ジェ、ジェイクお兄ちゃん、此処は…」
「此処まで来れば、もう安心だ」
そう言って、ジェイクお兄ちゃんは胸を撫で下ろしました。
「ね、ねえ、ジェイクお兄ちゃん…」
僕は、恐る恐る訊きました。
「お父さんやお母さんやお祖母ちゃんは、何処へ行ったの?他の皆は…」
「いいかい、ラルゥール…」
ジェイクお兄ちゃんは僕の肩に手を乗せ、優しく言いました。
「此処は、大昔から俺達ルインドール一族が守り続けている結界の塔だ」
「結界の…塔?」
「そうだよ。此処はね、ルインドールの血を継いだご先祖様達が一族に何かあった時の為にと、何年も掛けて結界を張り守り続けて来た場所なんだ」
僕は、辺りを見回しました。
石で出来た床には、本で見た事があるような大昔の結界文字が書かれていました。
でもその文字はかすれて汚れ、埃が被っていてよく見えません。
「此処は、ルインドールの血を継いだ人間が一族をあらゆるものから守る場所なんだよ」
「血を継いだ人間が?」
僕も…そうだ。
「理由は分からないけど、ラルゥール。お前は、何百年ぶりにその血を継いだ。そして今、お前の命を狙う者がこっちへ向かって来ている。一族として生まれたからには、俺達はお前を守る義務があるんだ。だから俺は、お前を此処へ連れて来たんだ」
「ジェ、ジェイクお兄ちゃん…」
ジェイクお兄ちゃんは、微笑んで言いました。
「俺の家は、代々この塔の管理を任されていたらしいのでね…それで俺が、お前を此処まで連れて来る大役を仰せつかったと言う訳だ」
ジェイクお兄ちゃんは僕の頭を撫でると、入口へ向かって歩いて行きました。
「ジェ、ジェイクお兄ちゃんっ、何処行くのっ!」
僕が叫ぶと、ジェイクお兄ちゃんは振り返って言いました。
「俺も、戻らなくちゃいけないんだ。お前の家族や一族の皆が、必死で戦っているだろうからさ」
「ジェイクお兄ちゃん…ほ、本当は、僕がこの塔で一族の皆を守らなきゃいけないんでしょう?だって、その為の塔だって今言ったじゃないか!」
僕が訊くと、ジェイクお兄ちゃんは言いました。
「でも、お前はまだ力不足。だからお前が血を継ぐ者として一人前になるまでは、俺達がお前を守るんだよ」
「いいよ、そんなのっ!僕の為に、一族の皆が犠牲になる事なんてないっ!どうして…そんなに、この血が大事なのっ?」
僕は、涙が止まりませんでした。
ジェイクお兄ちゃんは、首を横に振りました。
「俺達の願いはただ一つ、お前が優しくて強くて立派な大人に成長する事…それだけだよ。血を継いでいるとかいないとか、そんな事は関係ないさ」
「だったら!」
僕は叫びましたが、ジェイクお兄ちゃんは聞いてはくれませんでした。
しゃがみ込んで石の床に触れながら、何か呪文を唱えています。
「ね、ねえ、ジェイクお兄ちゃん。だったら、僕がそう言う大人になるまで見守っててよ…お願い、だから…っ」
僕は、声にならない声で呟いていました。
やがて、ジェイクお兄ちゃんの呪文によって掠れていた結界の文字が、たった今書いたかのように鮮明になりました。
結界文字は真っ赤に光り、辺りを明るく照らしています。
ジェイクお兄ちゃんは、優しく微笑んで言いました。
「ラルゥール…元気でな」
「ジェイクお兄ちゃんっ!」
ジェイクお兄ちゃんの腕を掴もうとしましたが、僕の体は突然動かなくなってしまったのです。
恐らく、僕が結界の中にいたせいでしょう。
僕は、真っ赤に光る床を見下ろしました。
よく見てみると、何と結界の文字は人の血で書かれていたのです。
「ま、まさか、これが…ル、ルインドールの、血…?」
僕は過去に血を継いだ女性達の事を思い、また涙が込み上げて来ました。
「ね、ねえ、ジェイクお兄ちゃ…」
「ラルゥ…俺達は皆、お前を愛してるよ…これからもずっと、な」
ジェイクお兄ちゃんは、結界を書いたのであろう自分の唇の血を親指に付けると、その親指を僕の唇に当てて呪文を唱えました。
そして僕をギュッと抱きしめ、悲しげに微笑んだのです。
僕だって…僕だって、皆を愛してるよ!って、言いたかった。
でも、結界のせいで、もう声も出せなくなって。
僕の唇に優しい温もりを残したまま、ジェイクお兄ちゃんは塔を出て行きました。
そして僕は、このままの状態で何日間かを過ごしたのです。
気が付いた時、僕は結界の上で倒れていました。
いつの間にか、結界の光は消えています。
文字も再び掠れ、薄っすらと埃が積もっていました。
僕はゆっくりと立ち上がり、塔を出ました。
木々の隙間から木漏れ日が射し、僕は目を細めました。
気力を振り絞って歩き出し、ルインドールの森を抜けてジルウォーズ城下町へ戻りました。
一族が住んでいた一帯は瓦礫の山と化しており、壁新聞の日付を見てあの日から1週間経った事を知りました。
城の兵士達が総出で後処理を行い、死体を担架で運んでいます。
「お、お父さんっ、お母さんっ…お祖母ちゃんっ!」
死体置き場に、3人の遺体がありました。
「ジェ、ジェイク、お兄、ちゃん…っ」
ジェイクお兄ちゃんの遺体も、其処に置いてあったのです。
「誰が、やったのかしら…」
「さあ…でも、これは酷過ぎるだろう」
町の人達が、ザワザワと騒いでいます…その時。
「…が、やったんですよ」
背の高い、眼鏡を掛けた若い男の人がポツリと言いました。
「そっ、それって、あの事件の時のっ…」
「まっ、まさか…本当かいっ?」
その男の人の言葉に、町の人達は酷く動揺していました。
「ええ…本当ですよ」
男の人は眼鏡の奥の瞳を光らせ、人込みの中へ消えて行きました。
僕は不審に思いながらも、その男の人が呟いた犯人の名前を頭に叩き込みました。
僕にとって、それは絶対に忘れられない憎い憎い名前となったのです。
全ての遺体に刻まれた、深い爪の痕…そして、母の言葉。
『魂を奪う者が来るの……』
僕は拳を握りしめ、1人で旅立ちました。
本当に、心の底から悲しかったのに…もう、涙は出ませんでした。
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