6.メアージュピース物語 第3部 果てなき旅を終わらせた冒険者達の章 外伝「世界中を震撼させた悲しみの記録」第6話
第6話 山脈の大陸フーペフープ ファドミルナ国 フォルチュナの村
キャメロン=ベルガモット(14)と
スフィーダ=グレンミスト(15)の物語
私は、フォルチュナの村にある教会の牧師の娘として生まれたの。スフィーとは幼馴染みでね、小さい頃は私の方が断然強かったんだよ。スフィーは男だし、1コ年上だし、あの『勇者グレンミスト家』の1人息子だって言うのに、私によく泣かされてたよねぇ?
お前…そ、そんな話、今更ぶり返さなくたっていいんだよ。ま、まあ、キャミの言う通り、俺は遥か昔に魔王を倒したと言う『伝説の勇者グレンミストの家』に生まれた。この村の名前『フォルチュナ』と言うのも『初代勇者フォルチュナ=グレンミスト』の名から取ったらしい。しかしそれもこれも今、この時代には何の意味も持たない。魔王だとか魔物だとかそんな存在はとっくに伝説と化し、赤ん坊に読んで聞かせる絵本の中の物語となってしまったからだ。ごく普通の何気ない生活を皆が送っている現在、グレンミストの家に生まれた俺自身もごく普通の子供にしか過ぎないんだ。
でもスフィー、一応それを誇りに生きるくらいはいいんじゃないかなって私は思うよ。
何だよキャミ、横から口を挟むな。
私が何言おうと、私の勝手でしょ。私、小さい頃は村の歴史書とか読んで、勇者様に憧れてたんだから。
俺だって、そうだ…その血を俺は継いでるんだって思って、スゲェ嬉しかった。
だから誇りに思いなさいって、私は言ってるの。
そうは言うが、必ずしもグレンミストの男全員が勇者の血を継ぐ訳じゃない。魔物のいる時代だからこそ、『占い師ルインドール一族』の存在によってその誕生が告げられたんだ。その占い師も昔は水の大陸にいたらしいけど、今は血が絶やされたって聞いてる。勇者だって、そうだ…この平和な時代に、勇者なんて要らない。グレンミストの人間も、俺で最後だ。実際家族は皆殺しに遭い、生き残ったのは俺だけなんだから…そうだろ。
そ、それはそうかもしれないけど…だからこそ、スフィーは生きなきゃ駄目なんだよ!
どうしてだよ…どうして、生きなきゃならないんだ!
どうしても、生きなきゃ駄目なの!あの日の事、覚えてるんでしょう?
当たり前だ、忘れたくたって忘れられる訳がない…。
あれは確か今から2年前、私が12歳でスフィーは13歳だったわ。
ああ…でも、その前から既に父さんの様子はおかしくなっていたんだ。ボーッとしている時間が多くなり、まるで生気を失ったかのようだった。
そ、そう、だったね…村の人達も皆、噂してたよ。
「グレンミストさん、急に痩せたねぇ…」
「確かに…顔色も、青白くなったしねぇ」
母さんは、そんな父さんにつきっきりになった。
「あの、貴方…具合が悪いなら、寝てらした方が…」
「うるせぇんだよっ!」
バシッ。
「キャッ!」
父さんは、母さんに手を上げるようになった…今まで、一度だって暴力をふるった事なんかなかったのに。
そう、だよね…今までのスフィーのお父さんは、私達子供にもとっても優しかったんだよ。
『あ!おはよう御座います、スフィーのお父さん!』
『おはよう、キャミ。今日も、元気だねぇ!ほら、この南瓜見てご覧?』
『うわぁ、お化け南瓜だぁーっ!』
スフィーのお父さんは、大人の男の人でもやっと両腕に抱えられるくらいの大きな南瓜を見せてくれたの。
『昨日、城下町の市場で買って来たんだよ。だから牧師様、じゃなかった。キャミのお父さんにも、おすそ分けしようと思ってね』
『おはよう御座います、グレンミストさん』
その時、丁度私のお父さんが教会から出て来たんだ。
『おはよう御座います、牧師様。この南瓜、宜しかったらおすそ分けしますよ?』
『おお、これはこれは…また、立派な南瓜ですねぇ。どちらでお求めに?』
『昨日城下町の市場に寄った時に、小さな子供が懸命に売ってたんでつい同情してしまって…思わぬ出費でしたが、美味しそうなので村の皆さんにもお分けしようと思いましてね』
スフィーのお父さんは、皆から好かれてた…勇者グレンミストの末裔だったからって訳じゃない。この村の村長として、いつも村の人達の事を考えてくれてたし、信頼も厚かったんだよ。優しい笑顔をする人で、そう言う所はスフィーも似てたね。
そ、そう…か。
そうだよ…だけど、おかしくなってからは道行く子供にまで手を上げてた。何もしてないのに、手当たり次第に人を…殴って…。
「あ、村長さんだ!村長さん、おはようございま…」
「朝から、でけぇ声出してんじゃねぇよっ!」
バシッ。
「えーんえーん、痛いよぉーっっっ!」
「なっ、何なさるんですか、村長っ!ただうちの子は、挨拶しただけじゃないですかっ!一体、どうなさったって言うんで…」
「うるせぇんだよっ!」
そう怒鳴って、その子のお母さんを睨みつけた時のスフィーのお父さん…物凄く、怖かった。それを見て以来、2度とスフィーのお父さんに声掛けらんなくなっちゃったんだ。ご、ごめんね、スフィー。
な、何で俺に謝るんだよ…仕方ないだろ。
う、うん…何か、徐々に近所の人達の評判も落ちて行っちゃった、よね。
ああ…村長だった父さんは、すぐに解雇となった。代わりに、教会の牧師だったキャミのお父さんが村長になったんだ。
ほら、な、何か牧師ってだけでうちのお父さん、皆から信頼されてたからさぁ…普段は、物凄ぉーっく頼りないんだよ、ほんと。だからさ…そ、それだけの理由なんだよ、うん。ほんとは、スフィーのお父さんの方が何倍も何十倍も村長に相応しかったよ、ほんとにほんと。
だから、何でキャミが言い訳すんだよ。別に、俺には何の関係もない事だし。
だ、だって…ご、ごめん…。
はぁ…謝んなよ。
俺は問題のあったあの日、教会にいた。父さんのせいで、俺や母さんまで村の人達から冷たい目で見られて…普段通りに接してくれるのは、キャミとキャミの家族だけだった。だから教会だけが、唯一の俺の逃げ場所だったんだ。
私、その時…ドアの隙間から、ずっとスフィーを見てたよ。
え…ほ、本当か?
うん、だってスフィー、祭壇に跪いて泣いてたから…ほんとは出て行って声掛けようと思ったけど、泣き顔見られたくなかったでしょう?
で、でも、結局見てたんじゃないか。
そ、それは、まあ…ね。
何かさ、急に悲しくなって来たんだ…そして、何もかもが嫌になった。だから、先祖である代々の勇者達に問いかけてたんだ…俺の存在って、一体何なんだって。
スフィー…。
その時だった、よな…あの事件が、起こったのは。
「キャァーッッッ!」
「なっ、何者だっ!」
教会の外が突然騒がしくなり、俺はすぐさま外へ飛び出した。
わ、私もすぐにスフィーの後を追ったよ。そう、したら…ああ…もう、わ、私、あの時の事は思い出したくないよ!
俺だってっ…でも、見てしまったんだ、瓦礫の山と化した俺の家を。そして…父さんと母さんの死体を。
「とっ、父さん…かっ、母さぁーんっっっ!!!」
俺は、2人の元へ駆け寄って行った。村の人達は皆、遠巻きに俺を見ていた。
私とお父さんも、すぐさまスフィーの元へ駆け寄ったよね。
ああ…そして、牧師様は言ったんだ。
「スフィーダ…君のお父さんは、どうやら麻薬をやっていたようだね」
「えっ…」
父さんが、そんな事をしていたなんて…全然、知らなかった。
私のお父さんは、スフィーのお父さんの様子を見て薄々感づいてたみたい。でも村の人達もお父さんの言葉を聞いて、ようやく納得したみたいだったね。スフィーのお父さんが、何故あそこまで変わってしまったのかを。
ああ、俺も納得したよ…あれは全部、麻薬のせいだったのかってな。
「で、でも、どうして父さんが麻薬を?」
俺が訊くと、牧師様は険しい顔をした。
「私も、よく分からないのだが…港などへ行くと、外国から悪い人達もいっぱい来るんだ。中には、麻薬の密売人もいる。そう言う人達にけしかけられて、麻薬中毒に陥ってしまう精神的に弱い人もいると聞くよ」
「父さんは…父さんは、精神が弱かったのかな…」
「分からない。けど、きっとお父さんは何か悩んでいたのかもしれない。麻薬に逃げず私に相談して下されば、少しは何かいい知恵を貸してあげられたかもしれないのに…私は、そんなに頼りない牧師だったかな…」
悲しい顔をする牧師様に、俺は言った。
「そっ、そんな事、ありませんっ!父さんがおかしくなって村の人達が僕達家族を避ける中、牧師様達だけはいつもと変わらず接してくれた。僕や母さんは、勿論…きっと父さんも、牧師様の事を心の底から頼りにしていた筈ですっ!」
「有り難う…本当に有り難う、スフィーダ…」
牧師様は、涙を流しながら俺を抱きしめてくれた。
ね、ねえ、スフィー…その時私が驚いたのは、スフィーのご両親の遺体に付いてた胸の傷、なんだけど。
あ、ああ、俺もそれには気付いてた…かなり、大きな爪痕だったな。
「あの、ぼ、牧師様…」
村人の一人が、牧師様に近付いて来て言ったんだ。
「あ、あの、これ、ひょっとして…の仕業では?」
「えっ?ま、まさか…」
牧師様と村人は何か小声で喋ってたけど、俺にも所々聞こえた部分がある。もしかしたらこれは、ある有名な殺し屋の仕業じゃないかってな。
スフィー、その殺し屋の名前聞いたんでしょう?
ああ、勿論聞いたさ。けど…どうして父さんと母さんは、その殺し屋に殺されなきゃならなかったのだろうか。
その後、身寄りのなくなってしまった俺は、キャミの家で一緒に暮らす事になった。村の人達も、以前のように俺に普通に接して来てくれるようになった…但し、同情を付け足して。牧師様が港町フィガーナへ用事がある度、必ず俺もついて行った。俺は、港にいる人達から殺し屋や麻薬密売人の話を訊いて回った。
「おい、坊主。何があったか知らねぇが、そう言う行為は危険だぞ」
「そうそう。今すぐやめた方が、身の為だと思うがねぇ…」
でも、俺は諦めなかった。
わ、私だって、何度も止めたんだよ…でも、スフィーは全然聞いてくれなかった。
当たり前だ!父さんや母さんの仇を討つまで、俺は諦めないって決めていたんだから。
仇、か…危険だって分かってたけど、スフィーの気持ちを考えると、私も何も言えなかったな。だって私がスフィーだったら、多分同じようにしてたと思うから。
「え、フォルチュナの村の村長?」
俺は、ようやく父さんを知っていると言う人に出会った。
「ああ、そう言えばよく来てたなぁ…」
「誰かと、会ったりしてましたか?」
「うーん…まあ、会ってたような気もするよ」
きっと、そいつが麻薬密売人だ…俺は、瞬時にそう思った。
「あの、どんな奴でした?」
「ああ…若かったな。若い男だった。背が高くて、眼鏡を掛けていたよ」
若くて背の高い、眼鏡を掛けた男…それ以上は、何も聞き出せなかった。そいつが父さんと母さんを殺すよう、殺し屋に頼んだのだろうか…でも、何故?全ては、謎に包まれていた。
そして今度はその殺し屋について調べ始めたんだよね、スフィーは。
ああ…色々訊いて回る内、一人のおじさんが俺にあるものをくれた。
「ほらよ」
「え…」
それは、新聞だった。
「これは…」
「岩壁の大陸で発行されてる、ヴァフーガ新聞だよ」
「岩壁の大陸の?」
俺は、それを広げて読んでみた。
「こっ、これは…っ?!」
その新聞は、俺が探している殺し屋の情報のみが掲載されている、専門の新聞だったのだ。
「各地にいるらしいんだな、その殺し屋の被害に遭った人間が。その遺族の為に、岩壁の大陸ヴェンヴェーユにある港町ヴァフーガの新聞社ではその殺し屋の専属諜報員ってのを置いて、殺し屋の動きや最新情報なんかを載せた新聞を、こうして定期的に発行してるって訳だ」
その新聞は、俺にとって重要な役割を果たした。そして俺は、殺し屋を追う事を決意したんだ。
「牧師様…」
「何ですか、スフィーダ」
「お、俺、あの…」
俺が口ごもっていると、牧師様は優しい笑みを浮かべた。
「スフィーダ、君の言いたい事は分かっていますよ」
「えっ…」
俺は驚いた。
「フィガーナへ行く度、色々と訊いて回っていましたね」
「あ……」
俺は、思わず顔を赤らめた。
「さあさあ、温かいミルクをどうぞ」
キャミのお母さんが、ホットミルクを持って来てくれた。
「あ、有り難う御座います…」
「ねえ、スフィーダ…」
キャミのお母さんは、俺に言った。
「私達ね、貴方を本当の息子として一生育てて行くつもりでいたのよ」
「お、おばさん…」
「だからそろそろ、そのおばさんって呼び方もやめさせようと思ってたんだけど…」
キャミのお母さんは、俺の頭を撫でた。
「行くのね、仇を討ちに…」
俺は、目を丸くした。
「ど、どうしておばさんまで、それを…っ?」
「私達は君の目を見れば分かるんだよ、スフィーダ…」
牧師様は言った。
「君は、ご両親思いのとてもいい子だ。フィガーナでの行動といい、いつか旅立つだろうと覚悟はしていた…」
「キャメロンには、何て言ったらいいのかしら…」
溜息をつくキャミのお母さんを見上げ、俺は静かに言った。
「キャミには、言わないでおいて下さい…」
「で、でも…」
「アイツには、心配掛けたくないし…誰か、知り合いの家に引き取られる事になったとでも言っておいて下さい、お願いします」
牧師様とキャミのお母さんは、悲しそうに顔を見合わせていた。
翌日の早朝。俺は、1人で旅立った。
スフィーは、本当に何も言ってくれなかったね…お父さんもお母さんも、私には何も言ってくれなかったよ。
お前に言ったら、絶対について来るだろ。
よく分かってるじゃない、私の事。でもね、想像はついてたんだ…スフィーは、絶対に仇を討ちに行ったんだって…けどさ、アンタだけを危険な目に遭わせる訳には行かないもの、私も覚悟を決めたのよ。
バカ言ってんじゃねぇ!
バカはそっちでしょ、ったく。たった1人で殺し屋相手に立ち向かおうってんだから、バカ以外の何者でもないわよ。
う、うるせぇなぁ。
だから私、その日の夜にアンタの後を追って旅立ったの。
よく、牧師様やおばさんが許してくれたな。
お父さんもお母さんも私の気持ち、よく分かってくれてるから。
お前の気持ちって、何だよ。
な、何だっていいじゃない。とにかく、早くスフィーのお父さんとお母さんの仇、討ってやろうよ!
お、おう…つーか、大体お前は関係ないのにどうして此処まで親身になれんだよ。
いいの、私にとっても将来両親になる筈の人だったんだから。
あぁ?今、何か言ったか。
なーんでもないっ、行こ行こっ!
な、何だよ…変な奴。
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