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2.メアージュピース物語 第3部 果てなき旅を終わらせた冒険者達の章 外伝「世界中を震撼させた悲しみの記録」第2話

第2話 砂漠の大陸レーニレーネ ナイジェルト国 港町ルタニーエ
    レオンハルト=オズリバー(25)の物語


 僕には、2人の姉がいました。

 9歳年上で、2人は双子でした。

 1人は、ライラ。

 彼女は、小さい頃から機械をいじるのが大好きでした。

 多分、父の影響かな。

「お父さぁーんっ!私、ぜぇーったいお父さんと同じ工場で働くからっ!」

 僕達の父は、世界的にも有名な森の大陸ティアティーオのトゥーレペリ国にある巨大施設「トゥーレペリ機械工場」へ、単身赴任していたんです。

 だから『自分も大きくなったら、お父さんと一緒に働くんだ』なんて、ライラはいつも言っていました。

「おいおい、本気か?女性は、数えるほどしか働いてないんだぞ?」

 父は困った顔をしながらも、内心嬉しそうでした。

「嫌だわ、ライラったら…」

 母としては、女の子なんだから一緒に家事を手伝って欲しかったらしいんですけど。

 まあライラに家事なんかやらせたら、確実に洗濯機や掃除機はバラバラに分解されていたでしょうねぇ。

「ちょっと、ライラ!また、お父さんの髭剃りを分解して!」

「だぁーって、面白いんだもぉーんっ!いいじゃん、別にぃーっ!お父さんだったら、またすぐに元通りに直しちゃうって!」

 いつも、この調子です。

 この頃の僕は銃に興味があって、3歳の時点で既に玩具の銃で射撃の練習をしていました。

「ぼくねぇ、大きくなったらこのお話に出て来る、さすらいのガンマンになるんだ!」

 なーんて、絵本見ながら張り切ったりして…ちょっと可愛いと思いませんか、僕。

 え、えーと…ライラは、そんな僕にいつも言っていたんです。

「ねえ、レオン。私が工場で働くようになったら、レオンに本物の銃を作ってあげるよ」

「ほんとっ?」

「ほんとだよ。その銃で世界中を旅して、さすらいのガンマンみたいに悪い奴らをバンバン撃っちゃいなよ!バンバーンッ!」

 と、僕の玩具の銃でカッコよく撃つ真似をしながら、ライラまで物語の読み過ぎみたいな事を言ったりして。

 でもこの時から、僕にとってはそれが将来の夢となったんです。

 絶対実現させて見せるんだって、僕的にはかなり意気込んでましたけど。

 僕とライラがそんな調子だったので、その分アクアがしっかり母の右腕となってくれていました。

 もう1人の姉、それがアクアです。

 ライラとは正反対で大人しく、家事も進んでやっていました。

 自然に興味があって草木や花、空の雲や海なんかを眺めるのがとても好きでした。

「ほら、レオン。これ、見てご覧」

 僕はよくアクアと2人で、庭に出て遊びました。

「レオンと2人で植えた花、蕾が出てるよ!」

「ほんとだ、すごぉーいっ!」

 僕とアクアが、2人で植えた花…何の花だったか当時の僕は分かってなかったけど、蕾が出たあの日は物凄く嬉しかったな。

「レオンが、毎日きちんと世話してくれたお陰だよ」

 そう言って、アクアは僕の頭を優しく撫でてくれました。

「じゃあ、ぼくがこのお花のおかあさんだね!」

 アクアは最初キョトンとしていましたが、すぐに笑って言いました。

「アハハハハ!そうだね、レオンがお母さんなら私はお父さんかな?」

「えーっ、アクアがおとうさん?うーん…なんか、変だなぁ」

 子供らしい、バカな会話でしょう…ほんと可愛いなぁ、僕。

 え、えーと…アクアはとても心が広かったですから、こんな子供の会話にもじっくり付き合ってくれていました。

 もし、ライラなら『バカ言ってんじゃないよ、レオン。アンタ男だから、お母さんじゃないじゃん!』で、会話が終わってそう。

 植物にも、僕達と同じ命がある…それを教えてくれたのが、アクアだったんです。



 2人の姉が20歳になった時、僕はまだ11歳でした。

 ライラは希望が叶い、父と共にトゥーレペリ機械工場へ行く事が決まったのです。

 それと同時にアクアも1人、世界中で唯一雪の見られる氷の大陸イーザイーゾへ行きたいと、突然荷造りを始めました。

「じゃあ、行って来るね」

 出発の日、ライラは笑顔でそう言いました。

「ねえライラ、考え直せないの?機械工場って、何人も犠牲者が出てるんでしょう?そんな危険な作業をしている工場に、何も貴女が行かなくたって…」

 母は、昔からライラの工場行きには反対でした。

 父のコネで工場に就職が決まったライラを送り出すこの日も、こうしてギリギリまで引き止めていたのです。

「お母さん、何年前の話してんの?今は科学が発達して、安全な機械ばっかなの。現にお父さんだって、こうして毎日無事に働いてるじゃない。そんな事より、またいつもの調子でボーッと雪でも眺めてみたいだなんてとんでもない事を突然言い出した、アクアの方を心配しなさいよ」

 そのライラの言葉にハッとした母は、隣のアクアに向かって言いました。

「そうよ、アクアっ!貴女も突然、何を言い出すのっ!雪なんて、今じゃなくても見られるでしょっ!」

「もう、ライラったら…話を、私に振らないでよね。またお母さん、心配しちゃうじゃないの」

 アクアは、笑いながら母に言いました。

「お母さん、私もう決めたの。今じゃなきゃ、見られないのよ」

「どうして…」

 母は、眉間に皺を寄せています。

「ライラやお父さんを、否定する訳じゃないけど…」

 アクアは言いました。

「科学技術が発達しているせいで二酸化炭素の濃度が増え、世界は温暖化が進んでいるの。氷の大陸までその影響が及んだら、私は二度と雪を見られないまま寿命を迎えちゃうかもしれない。だから、後悔しない内に見ておきたいのよ」

「そんな…」

 母は、納得が行かないようでした…しかし。

「まあまあ…」

 父は、母を宥めながら言いました。

「2人とも20歳になったんだし、自分の好きな事を悔いのないように進んでさせてやろうじゃないか。ライラはともかく、普段は大人しいアクアまでもが珍しくこう言ってるんだから…」

「貴方、そんな無責任な…」

「と・に・か・くっ!」

 ライラは、母の肩をポンと叩きました。

「海底列車の時刻があるから、もう行くね!」

「ちょっと!話はまだ、終わってな…」

『行って来まーす!』

 こうしてライラとアクアは、声を揃えて家を出て行きました。

「じゃ、じゃあ、行って来るよ…」

 その後を、苦笑いした父が追います。

 母は、唖然としながら3人の後ろ姿を見送っていました。

 こうして僕と母、2人きりの生活が始まりました。

 ですが年に4回、1ヶ月間ずつ父とライラは長期の休みを取って帰って来てくれていたので、淋しくはありませんでした。

 しかし…アクアはすっかり雪に魅せられ、暫く氷の大陸に滞在する事を決めたのです。



 驚いたのは、旅立ったその年にライラとアクアが2人ほぼ同時に結婚してしまったと言う事!

 最初に手紙を寄越したのは、ライラでした。

 同じ工場で働いている、同い年の20歳の男性とお付き合いする事になったと。

 しかし彼は、その後すぐに工場を辞める事が決まったんだとか。

 上層部からある研究所を任され、秘密任務なので場所や仕事の内容は一切明かせないらしく、恋人であるライラにも詳細を教える訳には行かないと言ったそうです。

 折角、知り合えたと言うのに…悲しむライラに、彼は言いました。

 『結婚しよう』

 ライラは、それは驚きました。

 ですが、過酷な遠距離恋愛も『結婚』の二文字があれば、何とかやって行けるかもしれない…ライラは、そう考えました。

 ライラは、彼のプロポーズをOKしました。

 同じ工場の寮で暮らしていた筈なのに、父はその一部始終を全く知らなかったと言います。

 結婚したと言う報告は受けたそうですが、工場内の誰と結婚したのか、どんな男なのか、ライラは口を割ろうとしなかったのです。

 秘密だと言う研究の件が絡んでいるらしく、ライラは僕や母にも話してはくれませんでした。

 しかし消印のない彼からの手紙は何処からともなく届き、定期的にライラの手に渡っていたようでした。

 近況報告も細かく記載されていたので、ライラも安心して彼が迎えに来るのを待っていられたのです。

 ライラからそのような内容の手紙が家に届いた頃、今度はアクアから手紙が来ました。

 アクアの住む村に、同い年の20歳の青年が訪れたと。

 彼は孤児で、自分の居場所を見い出せず各地を転々としていました。

 その旅の途中で、彼は氷の大陸に辿り着いたようなのです。

 彼は、生きて行く事に疲れていました。

 アクアと同じで雪が好きだった彼は、どうせ死ぬなら雪の中で死にたいと考え、氷の大陸へ来たのです。

 彼が自ら命を絶とうと決めた場所、そして旅の最終目的地として決めた場所が、アクアの滞在する村でした。

 死を覚悟した彼の話を聞き、同情したアクアはすっかり彼に魅せられてしまいました。

 そして何と2人は、その日の内に結婚を決めてしまったと言うのです。

 あの、大人しかったアクアが…僕と母は、その手紙を読んでそれは驚きました。

 どんな人なのかもっと詳しく聞きたかったのですが、アクアは教えてはくれませんでした。

 彼は孤児と言うだけで様々な心無い人達から罵られ、辛い思いをして来たようなのです。

 しかし彼は、やっとアクアと言う心を許せる女性に巡り会えました。

 だから、暫くは他人と関わりたくなかったらしいのです。

 それがたとえ、アクアの家族だったとしても。

 彼は、アクアに何度も謝ったそうです。

 彼の傷付いた気持ちは、アクアの手紙から僕や母にも十分伝わって来ました。



 それから、1年後。

 何故か、ライラとアクアからの連絡はパッタリと途絶えました。

 父の話によると夫からの手紙が来なくなったらしく、ライラは工場の寮で塞ぎ込んでいるとの事でした。

 休みになっても父は帰って来るのですが、ライラが家に帰って来る事はなくなりました。

 アクアには手紙を送ったのですが、返事は来ずじまいでした…。




 そして、10年後。

 ライラとアクアが、30歳を迎えた年。

 父は定年の50歳を迎え、既に工場を辞めていました。

 僕は、21歳。

 去年の20歳の誕生日に貰ったライラからのプレゼントを宝物にし、毎日練習を欠かさずこなしていました。

 そのプレゼントとは…何と、本物の銃です!

 ライラお手製、その名も『ライラックLA―2000』。

 ストックの部分には自然に興味のないライラが、アクアに教えてもらって唯一好きになった花、ライラと言う名前の由来でもあるライラックの花の絵が彫刻されていました。

 Lは僕のイニシャル、Aはアクアのイニシャルです。

 失敗を繰り返し、ようやく完成したこれが丁度2000台目だった事からこの名を付けたそうです。

 夫から連絡がなく淋しい毎日を送っていただろうに、ライラは15年も前の僕との約束を忘れずに、本物の銃を作ってくれたのです。

 本当に…本当に、嬉しかった!

 僕はその銃をこの1年間、肌身離さず身につけていたのです。

 この日の夜も、僕は遅くまで射撃の練習をしていました。

 父は仕事を辞めてから家にいる事にまだ慣れていないせいか、夜になっても所在無く部屋の中を行ったり来たりしていました。

「貴方、お願いだから落ち着いて下さいな」

 夕食の支度をしていた母はそんな父に呆れ、溜息ばかり。

「ああ、分かっている。分かっているんだが、どうも落ち着かなくて…」

「だったら、電球でも取り替えて下さいません?する事がないから、落ち着かないんだわ」

「いや、何だか…」

 この日の父は恐らく、何かを感じていました。

 そんな事は知らず、僕はいつも通り射撃の練習から帰って来ました。

「ただいま」

「お帰りなさい、レオン。丁度良かったわ、お肉足りないのよ。買って来てくれない?」

「ああ、いいけど」

 僕は、取り敢えず顔を洗いました。

 遠くで、電話の鳴る音が聞こえたような気がします。

「なあ、レオン…」

 振り返ると、父が青い顔で立っていました。

「父さん…どうしたの?」

「やっぱり…やっぱり、嫌な予感がしたんだっ!」

 父は、壁を拳で突然叩いたのです。

 僕は、父の言いたい事がよく分かりませんでした。

「と、父さん、一体どうしたん…」

「工場が…爆発した」

 僕は、耳を疑いました。

 工場は、寮と向かい合っているらしいのです。

 工場が爆発したと言う事は、もしかしたら寮も…。

「嘘…だ、ろう?」

 僕がそう呟くと、父は震える声で言いました。

「りょ、寮の管理人から、今、で、電話があったん、だよ…こ、工場は壊滅的、だけど、りょ、寮は無事、だって…」

 それを聞いて、僕はホッと胸を撫で下ろしました。

「じゃ、じゃあ…ふ、不幸中の幸いだったね。こんな遅い時間だし、ライラだってもうとっくに寮に戻って…」

「そ、それが、ライラ、は…」

 僕は、その先を聞きたくはなかった。

「と、父さん、もう、いい、よ…」

「ライラは、ざ、残業していて、それで、それで…っ…」

 父は無表情でしたが、その目からはとめどなく涙が溢れていました。

 僕のガンホルダーの中で、ライラックLA―2000が泣いていました。

 この手に、ライラックの泣き声が伝わって来ます。

 そして…僕も、泣きました。



 翌日、早朝。

 ライラの詳しい状況も分かっていないと言うのに、何故か久しぶりに氷の大陸から手紙が届きました。

 それは、アクアの死を知らせる手紙。

 村の皆さんが、手厚く葬って下さったとの事でした。

 何と…アクアは、殺されたと言うのです。

 僕は、真っ先にアクアと結婚したと言うあの男を疑いました。

 しかし村の方の手紙には、アクアの夫は眼鏡を掛けたとても温和な性格の男だと書いてありました。

 じゃあ、誰がアクアを…。

 僕は、不思議でしょうがありませんでした。

 どうして、アクアは殺されなければならなかったのか。

 森の大陸と氷の大陸、離れた土地でどうして僕の姉が2人同時に死んだのでしょう。

 ただ2人の遺体には、共通点がありました。

 それは、胸についた大きな爪痕。



 昔、庭にアクアと植えた花。

 初めて蕾が出たあの日、アクアから聞きました。

「これはね、ライラックって言う花なんだよ」

「ライラック?へぇーっ、ライラの名前に似てるね」

「うん、そうだね。花になんかぜーんぜん興味ないライラも、この花だけは大好きなんだって。私も、大好きなんだ…」

 アクアは、いつも愛おしそうにこの薄紫色のライラックを見つめていたっけ。

 毎年咲いていたこの花も、今年は咲かなかった。

 初めて植えたあの日から今まで、僕は毎日欠かさず世話をしていたのに…。

 おかしいと思ったんです。

 でも……でも、まさかこんな事になるなんて…。

 ライラックの花は、この悲劇を暗示していたのでしょうか。

 2人の死以来、父も母もすっかり元気を無くしてしまいました。

 ライラとアクア、2人が20歳になったあの日、行くのを止めていたらこんな事にはならなかったのに…。

 両親の心の中は、後悔の念でいっぱいでした。

 今、僕の手の中でライラックLA―2000は叫んでいます。

 僕の夢を叶える時が、ついに来たと。

 僕の夢……あの日、絵本を見ながらライラと話したあの夢。

 あれはライラとアクア、2人の夢でもあると僕は思っています。
 



 そして、悲劇から4年後の今日。

 25歳になった僕は、両親の了解を得てライラックLA―2000と共に旅に出ました。

 ライラ、貴女の作ったこの銃できっと犯人を撃ってみせる。

 そしてアクア、貴女と植えたライラック、きっとまた咲かせて見せるよ。

 だから…だから2人とも、もう少しだけ待っててくれないか。

 もう少しだけ、天国で。



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