見出し画像

なぜ「出版社のウェブメディア」には未来がないのか 〈後編〉  成功に見える失敗

なぜ「出版社のウェブメディア」には未来がないのか 〈前編〉 の続きです。

〈前編〉では、ウェブメディアビジネスは出版社が注力すべきものではない理由を、
1.収益 2.集客 3.運営
という点から説明しました。

こちらの〈後編〉では、
・旨味の少ないビジネスに出版社が傾倒してしまった理由
・未来がないと気づいても止められない理由

そして、
・今、まずすべきこと
さらには、
・それでもウェブメディアには未来を感じる理由
を記していきます。

■【前編の振り返り】超レッドオーシャンなウェブメディアビジネス

〈前編〉に記した内容をざっくりまとめると以下になります。

ウェブメディアは参入障壁がゼロでありながら、
収益を上げる手段は極めて少なく、しかも、
集客は他者に委ねられている要素が極めて高い
超レッドオーシャンなビジネス。

よって、コスト競争になるのは必然なのですが、
出版社はコストを上げて
コンバージョン率を下げる施策
に傾きがち。

なので、出版社運営のウェブメディアの大半は、売上こそたっていても、利益は出てない。

将来性のない消耗戦です。

■なぜ、出版社はウェブメディアに傾倒してしまうのか

しかし、そもそも、こんな旨味の少ないウェブメディアというビジネスに、
なぜ出版社は2010年代、傾倒してしまったのでしょうか。

以前の記事 「コンテンツの価値を最大化」視点から「出版社ビジネスモデルの変遷」を図解してみる でも記した通り、
メディアを取り巻く状況が大きく変わったのに、相変わらず
「たくさんの人に、いっぱい見てもらおう!」
くらいしか方針がなかった
ためです。

ウェブメディアは、なにしろ「たくさんの人に、いっぱい見てもらえる」のですから。


有料の本ならばまだしも、
無料のウェブメディアにおいて「たくさんの人に、いっぱい見てもらおう!」だけでいいわけがありません。


情報の寡占が崩れているのに、
相変わらず「たくさんの人に、いっぱい見てもらおう!」一本槍のまま、
新たな流通網を築くことを早々に放棄して
集客・収入獲得の大部分を他者に依存して
小銭稼ぎに走ったのですから、現在の苦境は当然の結果です。

■成長途中、という「錯覚」を抱かせるから止められない

「あれ?? もしかして、これって、いくら続けても将来性はなくない…??」

そう感じるウェブメディア運営者は少なからずいます。

しかし、止められない構造になっているのです。


前述の通り、ウェブメディアは労働集約型です。手間とコストをかければ、PVと売上は、ある程度上がります。

頑張ったら頑張っただけ「成果っぽいもの」を得られるのです。

出版社の人たちは基本的にマジメで、それなりに優秀な人たちが大半なので、定められた目標を目指してコツコツと積み重ねていく、というのは案外、性に合っています。

これが危険なのです。

あたかも「まだ成長途中。このまま続ければ、いつか利益が出る」かのような錯覚を抱いてしまいます。


そして、「100万、1,000万…」と分かりやすい数値が出るので、
なんだかすんごい仕事をしているかのように周囲にアピールしやすいという悪しきメリットがあります。
「うちのメディアは、こんなにも、たくさんの人に見られているんだゼ!」と。

管理職者は「うちの部署はこんなに右肩上がり!」と喧伝できるので、止めることはまずありません。

「じゃあ、うちも…」と新しく始めてしまう部署が後を経ちません。


知名度が高い雑誌でさえも、数万部…ということも珍しくない昨今、
「100万PV、1,000万PV…」と聞くと、なんだかすごいメディアみたいに感じますが、実際は全然たいしたことありません。メディアパワーとしては、数万フォロワーのTwitterアカウントよりも弱いくらいです。


こんな状態を、いくら止めようと言葉を尽くしても、のれんに腕押しです。

だって、「たくさんの人に、いっぱい見てもらえる」のは事実なのですから。
出版社の基本方針(「たくさんの人に、いっぱい見てもらおう!」)に、しっかりと合致していることに抗うのは不可能に近いのです。


そして、赤字を垂れ流しながら、自転車操業的な徒労が繰り返されてしまうのです。

「成功に見える失敗」(糸井重里『ほぼ日刊イトイ新聞の本』より)です。


こうして、2010年代は出版社にとって「失われた10年」となりました。

■「出版社のウェブ活用」=「ウェブメディア」という勘違い

「そうはいっても紙の本は売れなくなっている。書店はどんどん減ってしまっている。
ウェブメディアに未来がないって言うなら、出版社はこの先どうしたらいいんだよ。このまま手をこまねいていろって言うのか」

そんな声も聞こえてきそうです。

ここにこそ、出版社の人が陥りがちな大きな勘違いがあります。

ウェブを活用しなくては
→ウェブメディア展開しなくては
となってしまっているのです。

「ウェブ活用」を「ウェブメディア展開」とつなげるのは極めて短絡的です。
本来、選択肢の一つに過ぎないのです。

■解決策っぽいものに飛びつく過ち

では、具体的にどうすればいいのか。

それを考える際に、出版社の人間(当然、私も含みます)が自制しないといけないことがあります。

なんとなく解決策っぽいものに、十分な検証無しに飛びついてしまう習性です。


出版社のウェブ活用が本格的に議論され始めた2010年ごろ、
多くの選択肢がある中で、解決策っぽく見えたものに安易に飛びついた結果がウェブメディア展開だったのです。


したがって、ここでは「解決策っぽく見えてしまうものに安易に飛びつく前に、まずすべきこと」を記すに留めておきたいと思います。

■「準備段階」として、まず止めるべきこと

今、まずすべきこと、それは、
ウェブメディアの膨張を止める
ということです。

ウェブメディアを止める、ではありません。
むやみな拡大を目指すことを止めるのです。

「たくさんの人に、いっぱい見てもらおう」一本槍で、
ひたすらアクセス数を上げることに人員とコストを投入するのは、一刻も早く停止する必要があります。


そして、わかりやすい数値の上がり下がりに一喜一憂するのではなく、
「そのアクセスは、一体どんな価値があるのか」
を都度、熟考していくことが肝要です。

コンバージョン優位の思考に変えていかなくてはなりません。

そのためにはまず、ただひたすら大きくしていくことの徒労から、社員・スタッフたちを解放しなくてはなりません。


■それでもウェブメディアに未来を感じる理由

勘違いなきよう、大切なことを最後に付け加えておきます。

私は、ウェブメディア全てに未来がないと言っているのではありません。

ここで述べているのは「出版社のウェブメディアビジネス」についてです。


情報そのもの、もしくは、情報を活用した広告を収入源としない会社にとっては、
ウェブメディアは活用し甲斐があると思いますし、ビジネスとしても可能性があると思います。

「オウンドメディア」は一過性のブームとなってしまった感がありますが、
むしろ2020年代こそ価値が向上するはずです。


また、ここまで記したことは、
あくまで、ウェブメディアを「ビジネス」の観点から見た話です。

ジャーナリズムという観点では、ウェブメディアにはまだまだ大きな可能性があると思います。

各種専門家が情報そのものによる対価を求めずに発信していくことで、
知の新たな集積地として機能していく道には、挑戦し続けていくに足ることだと思います。
(だからこそ、私もこうやってnoteに記しています)


アクセス乞食に陥ることを避けがたい現状のウェブメディアの構造には、あまりに多くの改善すべき点がありますが、
全く別の仕組みが、いずれ生まれてくるはずです。(その萌芽は随所に出始めています)

それらが実ったとき、ジャーナリズムや、知識・情報の共有は大きな進歩を遂げていくと期待しています。

■「失われた20年」にしないために

2010年代、多くの出版社は「とにかくPVが伸びる記事を、なるべく安価で量産する」というアクセス乞食に陥り、
長年積み重ねて来た「信頼」という貴重な財産を切り崩し続けてきました。

そして、売上も利益も影響力も信頼度も低下させる「失われた10年」となりました。


激動の始まりとなった2020年、
情報流通、情報集積の新たなる仕組み作りに、出版社がリソースを最大限に投入していく時期がいよいよ本格的に訪れていると感じます。

このタイミングを逃すと、いよいよかなり厳しいことになるでしょう。「失われた20年」になる危険性もかなり高くなります。


プラットフォーマーになることを早々に放棄して
小銭稼ぎに走った2010年代の反省を活かすべき時機です。


その先には、適切な規模でのプラットフォーマーとなる道も残されていると考えています。

【関連記事】

※こちらのnote、および私が個人で運用する各種SNSに記されている内容は一個人としての見解です。所属する会社としての発表や見解ではありません。社の方針等とは異なることもあります。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?