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小説一覧

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#短編小説

【小説】傘も差さずにハローグッバイ

【小説】傘も差さずにハローグッバイ

―チリンチリン。

 入口のドアが開く。

「いらっしゃいませ。」

 私はコーヒーを淹れる手を止め、来訪者へ笑顔で声をかける。

「お好きな席へどうぞ。」

 入ってきた男は一目散に窓際の席へと足を運び、腰をおろした。

 時刻は午後3時。雨天のくせに忙しかったランチタイムを終え、店は閑散として、広い席はたくさん空いているのに、わざわざこの店で一番狭い、窓向き横並びの二人席を選んだ。待ち合わせ、

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【小説】2次元なんて救えない

【小説】2次元なんて救えない

 私の大切な人は世界を救った。

 私は過疎化の進んだ辺境の村で生まれた。村に住む全員が顔見知りであり、みんながみんな親兄弟のような、家族同然の関係で過ごしてきた。

 同じ年頃のこどもは私ともう一人、隣りの家の男の子トーマだけだった。

 十五のある日、私とトーマは冬支度に町へ買出しに出かけた。
 
 そこで彼は、地面につき立った聖剣を引き抜いてしまい、勇者に認定された。

 あっけに取られた私

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【小説】ヒコウショウジョ

【小説】ヒコウショウジョ

「飛べるよ、君にも」

その日、彼女は屋上から飛んだ。

文字通り、“飛んだ”のだ。

 長い金髪に不健康そうなメイク、マキシ丈まであるロングスカートのセーラー服、昭和のヤンキーを思わせるその姿は、公立の進学校では目立つ存在で、一度も話したことのない僕でも知っている。

 しかし、だ。

 彼女は決して、不良なわけではない。

 レイラ・フィリップス。それが彼女の名前である。

 その金髪も、父親

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【小説】僕はそれを口にする

【小説】僕はそれを口にする

 桜が散った新年度。入学式やら新生活の慌ただしい空気が落ち着き、ゴールデンウィークを迎えるまでの週末の土曜日、僕は山登りにきた。

 大きな川沿いに位置するこの山、標高は313メートルで、いつくかはあるが短いルートだと4~50分ほどで登りきることができるので、初心者にもやさしい。

 毎年、正月には初日の出を望みに多くの人が山頂に集うが、それ以外は比較的、静かな山だ。近年の登山ブームもあり、昔より

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【小説】誤読のグルメ

【小説】誤読のグルメ

「はい、茶屋ヶ坂です。あ、今、到着しました。駐車場に車を止めたところです。はい、すぐにお伺い致しますので」

 電話を切り、車を降りる。

 名古屋市某所。

 何年ぶりだろう。昔、まだ学生の頃、このあたりに住んでいた。近くにはいくつも大学もあり、貧乏学生に優しい、安くて古めかしい飲食店が多く立ち並ぶ、昔ながらの繁華街だ。そのぶん、治安は決して良いとは言えなかったのが玉に瑕。

 だが、近年の再開

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【小説】御祝い申し上げます

【小説】御祝い申し上げます

 その日、私ははじめての個展をむかえていた。

 芸術大学を卒業後、イラストレーターとして働きながら、コツコツ作品づくりに勤しみ、一年前に独立。フリーランスの絵描きとしていろんなものを描いてきた。

 描きたいものだけ描けるわけではない。それでも、自らの個性を、想いを乗せて、すべての仕事に全力を注いできた、つもりである。

 そして、今日。

 オープンから数時間経つが、ギャラリーはまだまだ賑わっ

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【小説】読書感想文の審査員を務めているのですが

【小説】読書感想文の審査員を務めているのですが

 私は、全国読書感想文コンクールの審査員を長年勤めている者なのですが。少し、お話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?

 その、なんといいますか、今年応募のあった感想文のなかで、ひとつ、判断に困るものがあるのです。これは、感想文なのか、と。

 その感想文はこんな書き出しで始まります。



むかーし、むかし。あるところにおとうさんとおかあさんとぼくがいました。

おとうさんは会社へ仕事に、

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【小説】忌憚のない奇譚~絵空事篇~

【小説】忌憚のない奇譚~絵空事篇~

 あるところに、“下手の横好き”という言葉が似合う、絵を描くことが大好きな女の子がいました。幼いころからところかまわず落書きをしては、母親に怒鳴られます。

「またこんなところに落書きして!いいかげんにしなさい!」

 それでも懲りずに絵を書き続けますが、絵がうまくなることはありませんでした。

 そんな女の子も成長して、中学3年生になり、高校受験が迫っていました。しかし、女の子は勉強するどころか

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【小説】おぼれるふたり

【小説】おぼれるふたり

―恋はするものじゃなくて、落ちるものだ―という書き出しで始まる恋愛小説を読んだことがある。とすれば、私は今、恋に落ちているのだろうか。

 彼は、私が働くコーヒーショップの常連客だった。平日の昼間にラフな服装でやってきて、季節に関係なく、ホットのコーヒーを注文する。そして、テーブルにパソコンを広げ、1~2時間ほど画面に向かい、一仕事終えると、席を立ち、コーヒーをお代わりしに、カウンターへやってくる

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【小説】灯台もと暮らし

【小説】灯台もと暮らし

 これは、ある灯台守の男とその娘の話である。

 ある岬には古い灯台があった。

 その昔、灯台といえば、海を渡るものたち、漁を生業とするものたちの“みちしるべ”として、なくてはならない存在であった。

 だがそれも過去のこと。衛星通信による位置測定の技術が発達し、また、それ自体の老朽化も進み、役目を終えるものがひとつ増え、ふたつ増え、もはや風前の灯、この灯台を残すのみとなっていた。

 男の一家

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【小説】鬼さん、こちら

【小説】鬼さん、こちら

  あるところに、バツイチコブつきの男がいました。

 3LDKで一人暮らし。元嫁と子どもは遠く離れた街に暮らしており、面会できるのは年に一度。駆け落ちして結婚したため、周りに頼れる家族や知人などいません。

 会社でもいつも一人で、友人と呼べる存在もいませんでした。

 仕事が出来ないわけではないのですが、必要以上にコミュニケーションを取ろうとしないため、職場では敬遠され、最低限の仕事だけを任さ

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【小説】僕、体調悪くならないので

【小説】僕、体調悪くならないので

 “3月はライオンのようにやってきて、子羊のように去っていく”とはイギリスのことわざらしいが、それは日本でも通用するようだ。肌を刺すような寒さは感じられなくなり、日照りに暑苦しさすら感じるものの、一度風が吹けば、それはライオンの叫び声のような音とともに激しく吹き荒び、途端に冬を思い出させられる。

 こんなことわざ、一介の中学生が知っているはずもなく、とある将棋漫画の受け売りである。

 将棋を熱

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