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【小説】忌憚のない奇譚~絵空事篇~

 あるところに、“下手の横好き”という言葉が似合う、絵を描くことが大好きな女の子がいました。幼いころからところかまわず落書きをしては、母親に怒鳴られます。

「またこんなところに落書きして!いいかげんにしなさい!」

 それでも懲りずに絵を書き続けますが、絵がうまくなることはありませんでした。

 そんな女の子も成長して、中学3年生になり、高校受験が迫っていました。しかし、女の子は勉強するどころか、暇さえあれば絵を描いていました。

「また書いてるや、ヘタ子画伯のヘタ絵!」

 同じクラスの男子は、彼女をそう、からかいますが、そんなことはどこ吹く風、ノートに絵を書き続けます。

 彼女の描く絵はけっしてうまくはありませんが、一目で彼女が描いたものだとわかる、個性的な特徴的なタッチで描かれ、近所でも有名になっていました。

「ママー!ヘタ子ちゃんの絵があるー!」

 なので、公園の砂場に描いただけでも、すぐに発見されてしまうのです。

「進学する気があるのなら、絵を書くのをやめなさい。このままだと進学できないぞ」

 担任の先生に注意され、それでもやめないでいると、親が呼び出されました。いまの成績でいける学校に行く、と言っても、勉強できるのだからもっと上を目指せ、と言われ、ついには親が泣き出してしまいました。

 仕方なく、彼女は起きているあいだは絵を描くことをやめました。その代わり、夢のなかで絵を描くことにしたのです。


 その日、眠りについた彼女は、夢に落ちるとさっそく絵を描きだしました。

 せっかくの夢なのだからと、空間いっぱいにペンを走らせ、巨大な馬を描きあげました。

 それは、短すぎる四本足で、胴が妙に長く、顔のバランスがいびつな、かろうじて生き物であろうことが推測される絵でした。

 彼女は満足した様子で絵の馬を撫でまわします。

 すると、馬は元気よく動き出し、彼女に甘えるようになついてきました。

 そんなことを数日くり返していたある日、事件が起こります。

「妖怪だ、妖怪がでた!」

「いや、あれは怪獣だ!」

「ちがう、恐竜が復活したんだ!」

 夜になると、正体不明の生物が街を徘徊し、田畑を荒らしまわっているという目撃情報が警察に多数寄せられたのです。

 あやふやな情報に警察も困惑しましたが、念のため、夜間に街を巡回することにしました。


 そして、未明。

「おい、あれを見ろ!」

 まだ被害の出ていない場所に張り込んだ警官は叫びました。

 どこからともなく現れた奇妙な生きものが、闇の中をゆっくり動いているではありませんか。

「信じられない、ありゃあいったいなんだ」

 それは短すぎる四本足で細かく歩き、その長い胴を妙にくねらせ、そしてなにより、顔のバランスがとてもいびつで、この世のものとは思えない、そんな生きものでした。

 まさしく、未確認動物、UMAです。

「応援だ、応援を呼ぶんだ!」

 警官はすぐさま街中の警察官を呼び寄せました。

「でたってよ、妖怪ドウナガタンソク」

 騒ぎを聞きつけ、深夜だと言うのに野次馬が集まってきました。

 その様子に気付いたUMAは、人が集まるほうへ近づいてきます。

「やばい、こっちにくるぞ!」

「逃げろ!」

 群衆はパニックに陥ります。警察官は発砲しますが、UMAの動きは止まりません。

 混乱が続く中、空がしらんじてくると、生きものはどこかへ消えてしまいました。

 それからというもの。

 夜になるたび、生きものが現れました。それも、日に日に数を増していくのです。

 さながら、UMAのサファリパークと化した街。大人たちは怖がって、夜間は外にでなくなりました。しかし、好奇心旺盛な子どもは、その目でUMAを確認するため、親の目を盗んで外に出ます。

 そして、ある中学生がふと気づきます。

「あれ、ヘタ子の絵じゃね?」

 その噂はすぐさま広がり、彼女は一躍時の人となります。

 調査団が組織され、原因の究明を急ぎます。


 そして、数日後、調査団による記者会見が行われました。

「確認されております未確認動物、UMAはある少女が夢で描いたものが、現実に現れ、動き出したものであることが判明しました」

 どよめきと共に質問が飛び交います。

「そんなことあり得るのですか!?」

「その少女はどこの誰ですか!?」

「対処方法は見つかったのでしょうか!?」

 少しの沈黙のあと、団長はこう宣言した。

「ご安心ください。これからはもう、UMAが現れることはないでしょう」

 記者会見のあと、本当にUMAは現れませんでした。


 次の日。少女は休み時間、ノートに絵を描いていました。

 誰にからかわれるでもなく、誰に止められることなく、好きな絵を思う存分描きあげるのでした。

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