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美しい距離

うちの娘たちは、毎朝自分で着替えを選びます。

小学2年生になった長女は、毎朝TVのデータ放送で天気予報を開き、気温をチェックしてセレクト。少し前まで「20℃???」という感じだったようですが、毎朝繰り返すうちに「20℃以上の晴れだったらこれを着て、それくらい温かいけれど曇りだったり、17~20℃くらいのときはこっち」と経験値をお洋服に置き換え始めている様子。

対して5歳になりたて、年長の次女は、徹底的にお気に入りのお洋服を着倒すタイプ。そのため、それを着るのを前提に、気温に合わせてなにをどこまで重ねるか・・・というコーディネイトの選び方。(幼稚園で撮ってもらった写真を見ても、あまりにも服装が変わらないため、果たしてそれがいつ頃のことなのか全く不明・・・。まるで幼稚園に泊まり込んでいるかのように・・・。)

そんなわけで、今日も洋服を選び始めた(正確には重ねる洋服を選び始めた)次女。しとしとと春雨で煙る朝の空を見て、「ちょっとどうだか感じてくる!」と一人ベランダへ。間もなくニコニコ戻ってきました。「あったかいのはこれからだって!もうすこしだよ~って、じいじがお空から教えてくれた!」と言いながら。

じいじというのは、先月末に亡くなった義父のこと。

言葉を選ばずに言えば、もともと次女は生前、そこまでじいじの存在を話題に出すことはありませんでした。
けれど、亡くなる直前に頻繁に義実家に行き来する機会があり、そうして亡くなってみると、毎日のように口にするのです。
「天国はラッキーだよ、世界の全部が見えるからね」
「じいじは桜が散るまでに天国まで階段のぼりきれたかなぁ?」

そうして今朝は、ベランダでお空のじいじと相談して・・・。

そこに「いる」のに娘の心に「いなかった」生前と、「見えない」のに近くに「感じる」死後と。
そんな姿を見るにつけ、「いる」ってどういうことなんだろう?どこまで大事なんだろう?とぼんやり考える日々。


そんな中、先日一冊の本を手にしました。山崎ナオコーラさんの、「美しい距離」。

桜色の表紙に、ガンで闘病する妻のもとに足を運ぶ夫の目線で紡がれたストーリー。
意図せず選んだものでしたが、その装丁といいテーマといい、桜が満開の中義父を見送った最近の出来事や私のふわふわした考え事にコトリとはまり、出会うべくしてであったと感じるような一冊でした。

死の瞬間を、今こんなふうに希望を持って過ごしている日々よりも大事な時間のように捉えたくないし、他人からもそう思われたくない。〜マラソンをしているとき、テープを切る瞬間は特別かもしれないが、その瞬間を見守っている人たちだけが選手にとって大切な人ではないだろう。練習に付き合った人、スタートの背中を押してくれた人、沿道で応援してくれた人、どの人も大事に違いない。そして、走っているすべての瞬間がきらめいていたはずだ。

菜の花模様のワンピースを幸せの象徴のように捉えるのはこちらの感覚に過ぎなかった。過去に戻るような幸せの探し方をしてしまった。未来が見えないからといって、過去を見るのは違った、と思った。

「死」というものを身近に引き寄せている本人のそばにいる人間が、どんな気持ちでそこにいたらいいのか。残された未来がわずかだということは絶望と等しくはなく、「長く生きる」のとは違う形の優しくも芯を持った希望を見出す様子・・・。
ベッドサイドで静かに進む毎日の向こうには、妻がこれまで営んできた日々、いや、今も営み続ける日々と、多くの人とのかかわりあいが確かに感じられる小説です。

その最後のページに書かれた文章。

出会ってから急速に近づいて、敬語を使わなくなり、ざっくばらんな言葉で会話し始めたとき、妻との間が縮まったように感じられてうれしかった。でも、関係が遠くなるのも乙なものだ。

淡いのも濃いのも近いのも遠いのも、すべての関係が光っている。遠くても、関係さえあればいい。

あぁ、こういうことだなぁ、とじんわり沁みました。

人は、距離が近くなることに喜び、安心する。
けれど、そこから遠くなることは恐れることはないのかもしれない。
相手との間にある糸が、太いかどうか、短いかどうかではなく、つながっているかどうか。
「そこにいる」かどうかではなくて、「人の心にどれだけ確かに息づく存在」であるか。

そう考えると、今日こうして「書く」ことも、私にとって「美しい距離」をつくる営みなのかもしれません。
そうして「いる」ようで「いない」より、「いない」けれど「感じ続け」てもらえる存在でありたいなぁ、と思います。
遠くてもいいから。見えなくてもいいから。娘が空に向かってじいじとお話しするように。

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